recontinue
PUCSから目を覚ました僕は、しっかりご飯も食べられるようになって、すぐに元のチビデブに戻った。だけど、退院してしばらくすると、寝ている時に体の節々が痛くて眠れない日が増えた。更には寝ている時に骨がバキバキと音を立てることもあった。
気になって母さんに相談してみたら
「ああ、お母さんの弟もそんなんだったわよ。」
と嬉しそうに話してくれたが、夜眠れなくなったせいで、しばらく授業中に居眠りして先生に怒られたりした。
そして気がつけば、毎日母さんの背が小さくなっていった、じゃなくて、僕の背がひょろひょろと竹のように伸びていった。声変わりもして、ヒゲも濃くなってどんどん大人に近づいていく。
ある日、寝ぼけたまま顔を洗って鏡を見ると、ベルセポネオンラインに居た自分が映っていた。だけどよくよく見てみると、それはまだ少し幼さの残った僕の顔だった。
―あの世界の俺は、未来の僕の姿だったのかな?
目が覚めて、リータを、中島遥香さんを助けてくれるために、大人たちも、そしてベルセポネオンラインの中の俺も、僕に勇気をくれた。
さすがに中島さんの父親が怒ってるのは正直チビリそうになったけど、自分の身を呈して戦ったイトマキ先生や岩見先生は本当に尊敬できるすごい大人だと思った。ただ、岩見先生が煙草さえ吸わなければだけど・・・(僕はイジメのせいで煙草が嫌い)。
PUCSから目覚めって退院した後、母さんは学校を転校していいと言ったけど、あえて元の学校へ戻ることにした。
僕があれから堂々と振舞ったことと、僕の身長が急激に伸びたせいか、誰も僕をいじめる奴はいなくなった。
その代わりよくバスケットボール部やバレー部からお誘いが来るようになった。だけど仮入部した僕の運動神経のなさにみんな呆れてしまい、僕は空気を察してすぐに辞めた。
それでもリハビリしてた時に体を動かす楽しさを知ったので、最近はキングダム戦記もしないで、もっぱらジョギングをしている。
週に1〜2回はジョギングクラブに参加して、大人たちと一緒に走ったりもしている。みんな年上で、ご年配の人もいるせいか、ハードな練習よりもみんなで楽しくワイワイ喋りながら無理なく走るって感じなので、運動オンチの僕でもついていけた。
だけどそのクラブの中にもハードな練習も好きな人がいて、よく僕をフルマラソンやウルトラマラソン(100キロマラソン)に誘ってくる人がいる。今日の練習会にもその人はいた。
黒髪にポニーテールのきれいなお姉さんなんだけど、体を鍛えるのが大好きで、クラブに入ってくる若い人を見つけては一緒にハードな大会に誘おうとする。
「三沢くん、半年後にトレイルランニング(山登りマラソン)があるんだけど一緒に参加しない?ねぇねぇ絶対楽しいよ!」
由美子お姉さんはそうやって目を輝かせながら僕に迫ってくるが、その迫力が逆に怖かった。なにせ由美子お姉さんは元米国の陸軍に所属していたとかいう噂もあって、クラブでナンパする男の人はほとんどいない。いたとしても、由美子お姉さんのハードな練習デートでみんなギブアップしてしまうらしい。
「あーちょっと考えさせてください。」
僕は由美子お姉さんと一緒に走りながらやんわりと断った。
僕も大人たちの中で走りながら、少しずつオトナな対処法を身につけていった。昔はそんな大人は卑怯だと思ったけど、いざ自分の身を守ってさらには相手を気遣うためにもこういう対処法は必要なんだと大人たちの中で学んでいった。
その時、由美子お姉さんのスマートフォンが鳴った。
「ちょっとごめんね。」
そう言いながら息も切らさず電話に出る。その手首には黒くて細いシリコン製のリストバンドをしている。由美子お姉さんは、頑張れだの、自分でやれだの、最後にはサボってたトーマスが悪い、サボった分だけキビキビ働け!、とガラの悪そうな事を言って電話を切った。
「え?い、いいんですか?」
「なにが?ああ、さっきの電話ね。サボり魔の同僚が仕事が捌けなくて泣きついてきただけよ。」
由美子お姉さんはさっきの電話の事をさっさと忘れて、楽しく走ることに集中していた。
そんな新しい出会いもありながら、僕は久しぶりに検査の為に母さんと一緒に京帝大学病院に向かった。
「あー!三沢くん、久しぶりー!随分背が伸びたねー!」
気がつけば僕の真下にイトマキ先生が居た。イトマキ先生は背伸びして、僕がどれだけ伸びたのか確認しようとしているみたいだけど、ようやく僕の肩に頭が届く位だった。
そして、母さんとイトマキ先生は雑談を始める。どうやら、イトマキ先生は個人で開業したみたいだけど、ここでも精神科医のアルバイトをしていると言っていた。僕はお医者さんもアルバイトするんだと思ってびっくりした。
そして、イトマキ先生に久しぶりに会って、僕は以前から聞きたいことを思い出した。
「ちょっと母さん、イトマキ先生と二人だけで話したいんだけど・・・。」
「あらやだ、イトマキ先生に手なんかだしちゃ駄目よ!」
「そんなことしないよー!」
母さんの余計なお節介を受け流しながら、僕はイトマキ先生と少し立ち話をした。
聞きたかったのはメリッサのことだった。もしかしたら、イトマキ先生なら何か知ってて教えてくれるかも、と思って聞いてみたけど
「ごめんなさい、それは患者さんの個人情報だから・・・。」
と申し訳なさそうにしていた。
僕はがっくりと肩を落としながら半日かけて検査を受け、異常なしの診断をもらって帰ろうとした時だった。
「お、裕也ー、元気にしてたかー。えらく背が伸びたな。」
そこに偶然私服姿の岩見先生と出くわした。僕と岩見先生が並ぶと、まだ岩見先生のほうがちょっと背が高い。僕は入院してた頃、まさか岩見先生くらいまで背が伸びるとは思っていなくて改めてびっくりした。
「お母さん、ちょっと裕也くんお借りしてもいいですか?」
「え?は、はい。」
「前からちょっと男同士の話がしたかったんですよ。」
そう言いながら岩見先生は僕の肩を組んで、母さんに聞こえないところまで移動した。そして、岩見先生は僕に何やらメモを渡してくれた。
「就労継続支援施設っていう、社会復帰を応援する施設があるんだけどよ、そこのカフェでレモンバームってハーブのブレンドがすげー人気で売れてるらしいんだ。あ、そのハーブブレンド作ってんの、俺とイトマキと豊平の知り合いの、高田苺花って言うんだ。」
僕は岩見先生の言ってる意味がさっぱり分からなくて首をひねる。
「まぁこの紙はもっとけ。あと、レモンバームのこと、よく調べとけよ。」
そう言って呆然とする僕の背中を軽く叩いて置き去りにすると、岩見先生は母に軽く挨拶して去って行った。
僕は帰りのバスを待つ間、スマートフォンで『レモンバーム』を検索する。そして、検索結果をクリックして、ようやく岩見先生が何が言いたかったのか分かった。
『レモンバームの別名はメリッサ』
僕は思わず立ち上がり、
「母さん、ちょっとジョギング用品の店、見に行ってくる。夕方には帰るから。」
そう言って、母さんをバスに乗せて僕は岩見先生が渡してくれた地図とお店の名前を頼りにメリッサのいる場所まで向かった。
電車に揺られ、目的地へ着いた。そのカフェは昼を過ぎてもお茶をする人でいっぱいだった。
お店の中に入って店内を見渡す。すると、店頭販売しているハーブブレンドの棚の中で、既に空になっているスペースがあった。そこには『本日レモンバームブレンド売り切れました。』の札が刺さっている。
「あの、このレモンバームブレンド、もうないんですか?」
僕が店員さんに聞くと済まなそうにしながら、店頭販売は終わったけれど、店内で出す分は残っているので飲んで行かれますかと聞かれた。だけど僕は断った。
そして、このレモンバームブレンドを作ってる人と知り合いなので会いたいと言うと、カフェの店員さんは、ちょうど休憩中だったその人を連れて来てくれた。
やってきた人は、30代くらいの痩身の女の人で、どこか暗い影のあるような感じの人だった。でも会った瞬間から、僕はこの人がメリッサだと、なぜか確信できた。
「よかったら、外で話しましょうか。」
その女性はそう言うと、カフェの裏の日当たりのいいハーブ畑へ案内してくれた。僕は一旦知り合いにメールをして、それから案内してくれた女性の所まで駆けていった。
「どうして私に会いにきたの?」
「その、それは・・・。」
生身の本人を目の前にしてしまうと、どう言っていいのか困ってしまう。本当にこの人がメリッサだと思うけど、どこかよそよそしくて、あえて僕を近づけまいとしている。
そして迷う僕は、俺に助けてもらおうかどうか悩む。だけど、僕はもうあのジオサイドに頼ってばかりじゃ駄目だとずっと思っていた。
だから今、僕は、僕の言葉で、勇気を振り絞って言うんだと決意した。ジオサイドに甘えず、これからは僕は僕を信じるんだ、そう思って拳を強く握る。
「僕を、リータを助けてくれてありがとうございます。」
僕は真剣な眼差しで苺花と名乗るメリッサを見るが、メリッサは僕の言葉を聞いてないふりをしてハーブの手入れをしている。
「普通、ハーブって言うのはあんまり虫が寄ってこないし、防虫効果もあったりするの。でもこのレモンバームはね、よく虫が寄って来て手入れが大変なの。」
ミントのような葉っぱをその細い手のひらで愛おしそうに撫でるその人の仕草は、やはりメリッサそのものだった。
「ジオサイドくん、もう私に会わないで・・・。私は悪い女なの。前にも言ったでしょ?あなた達の命を自分たちの欲望のために弄んでいたの・・・。それに、もうリータちゃんは死んでしまったわ・・・。私の胸の中で・・・。」
メリッサはそう言いながら、肩を震わせて静かに涙を流していた。
そこへ、誰かが息を切らして駆けてくる音が聞こえた。僕はその音の方向を振り返ってニヤリと笑った。
息を切らしてやってきたその人は、セーラー服姿の僕より1歳年上の女の子で、カトリック系の聾唖学校に通っている。首のロザリオを揺らしながら僕らの側までやってきた。
前髪は、かけているメガネの邪魔にならないようヘアピンで止めている。
メリッサはその女の子の姿を見て唖然とする。女の子はびっくりするメリッサを見て嬉しそうにしている。
『メリッサ!久しぶり!』
女の子は手を動かして手話をし、その動きを女の子が掛けているPCメガネが翻訳して音声出力してくれる。
「もしかして、あなたは・・・?」
メリッサは唇を震わせながら大粒の涙を流して、信じられないと言ったように口をふさいでいる。
『リータだよー!今は、安平遥香になりました!』
女の子の手話の後、音声が流れる。
その女の子の言葉と、元気そうなその姿を見て、メリッサは思わずしゃがみこんで大声で泣いた。そして、落ち着くと立ち上がって安平遥香の頬を優しく撫でた。
「よかった・・・。生きていてくれたのね!」
メリッサはあの時の優しい笑顔を僕らに向けてくれた。
『うん、メリッサのおかげだよ!』
遥香はそう言ってメリッサに思いっきり抱きついた。メリッサは泣きながら優しく遥香を抱きしめて、そのぬくもりを感じているようだった。
遥香は終始嬉しそうにニコニコしてメリッサに甘えている。そして、メリッサから体を離すと、ハンカチをとり出してメリッサの頬を優しく拭った。
「ありがとう、リータちゃん・・・。本当に、私・・・生きててよかった。」
そう言ってメリッサは遥香の手を優しく握る。遥香は照れくさそうに微笑んでいる。
「と、ところで、遥香、ちょっとメリッサと二人だけで話し、したいんだけど・・・。」
『はいはい、わかりましたよー。』
遥香はそう言ってアッカンベーをしてその場から離れた。遥香の性格は相変わらずだった。
実はあれからICUで遥香は奇跡的に助かり、目を覚ますことができた。そして、父親の事件が終わって、遥香と遥香の母親が岩見先生たちや僕にお礼を言いに来たのが、遥香とリアルで友達付き合いするようになったきっかけだった。
メリッサに会いたかったのは、僕らを助けてくれたこと、リータが助かったことを教えてあげたこと、そしてもう一つの目的があった。
僕はもう一つの目的を言おうと、顔を真赤にしながらメリッサに向き合う。メリッサは小首を傾げて僕を不思議そうに見ている。
「あ、あ、あの、ぼ、僕は、メリッサのことが好きです!」
思わず声が上ずり、胸はドキドキ爆発しそうだし、お腹の中がむず痒い。恥ずかしくて耳まで真っ赤になって、自分の心臓の音が自分の耳まで響く。
「ごめんなさい。私、リータちゃんと同じで気の多い人は嫌いなの。それに、ずっと好きな人がいるから・・・。」
メリッサは申し訳なさそうに、そして僕を慰めるように言ってくれた。僕の初恋は終わった。
「い、いえ、ありがとうございます。」
僕は涙を堪えながらメリッサにお礼を言って、そのまま駆け出した。
畑の入り口で遥香が待っていて、ニヤニヤしながら僕を見ている。僕はその遥香の顔を見てほっとしたせいか涙が溢れてきた。
『残念だったね。ドンマイ。』
そう言って泣く僕に付き添いながら遥香は言った。
実は、僕はこのカフェに来る前にあらかじめ遥香にメールを入れた。どうやら遥香は『頭痛が痛いので帰ります』と言って勝手に授業を抜けて来たらしい。
僕の初恋は終わったけど、あとの二つの報告ができて僕は満足だった。
僕がぐずぐず泣きながら遥香と一緒に歩いていると、電話しながら歩く女の人とすれ違った。
「はい、稲村です。例の記事の件で・・・」
電話しながら過ぎ去る女の人の背中を見送り、僕と遥香は顔をあわせてお互い首をかしげた。なんだか通りすぎて行った女の人にお互い懐かしい気がしたからだった。
『もしかして、マユだったりしてね?』
「そんな訳ないだろー。」
僕らはそんな懐かしくて不思議な思いを今日二度も体験し、談笑しながら家路へ向かった。
**************************
遥香は裕也と一緒に家路に向かいながら、あの時の事を思い出す。
いつの間にかメリッサが消えて、ひとり暗闇の中で倒れていた時、知らない男性がヘアピンと本を交換しようと言いだし、勝手に遥香のヘアピンを取って本を置いていった。
けれどまた戻り、その男の人は両膝をついてこう言った。
『もし、君が会いたい人、側に居たい人が居れば、その本に強く願ってみてごらん。』
そう言って去ったあと、遥香は最後の力を振り絞り、目を覚まして本を胸に強く抱いて願った。
―ママの側に居たい。メリッサに会いたい。マユに会いたい。ジオサイド・三沢裕也の側に居て幸せに暮らしたい・・・。
そして、その本を渡してくれた男性の言う通り、願い事は叶った。
ただのヘアピンと、人の運命を書き記した本では物々交換にしては釣り合いが取れないように思ったが、その本を渡してくれた男に感謝すると共に、三沢裕也とこうして現実の世界でも一緒に居られるようになったことに感謝した。
―これからもこうしてずっと側に居れたらいいな。
遥香は微笑みながら、胸のうちでそう呟いた。
end
これで43/rebootはお終いです。
皆様最後までお付き合い頂きありがとうございました!
あとはぼちぼち番外編を載せていきます。
------------------------
物語を考えていて、カトリック系の聾唖学校ってあるのかな?と探していたら、日本で一番最初の聾唖学校がカトリック系なのに驚きました。江戸時代に海外から手話が伝わった経緯からカトリック系の聾唖学校が作られたみたいですね。




