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43/reboot  作者: 煌洲 桜子
43/restart
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43/後片付け

 トーマスは一週間滞在し、PUCS病棟のメンバーと別れる日が来た。

 女性陣達は最初は残念がっていたものの、むしろそのトーマスの誠実さと女性の扱いの上手さに、心を鷲掴みにされた者が数多くいた。そして、トーマスとの別れを実に名残惜しそうにしていた。


 「私も・・・イタリアに移住しようかしら?」


 中にはそんな事を言う女性もいた。

 そんな最後の日、トーマスはイトマキのカウンセリングを1日見学していた。

 イトマキの今日1日の最後のカウンセリングが終わったあと、トーマスはイトマキに向かって思ったことを口にした。


 「イトマキ先生のカウンセリングは、まるで教会の懺悔室のようデス。アナタの言葉には慈悲がこもってイマス。」


 そう無邪気な笑顔で言うトーマスに、イトマキはやや苦笑いをしてみせた。


 「ありがとうございます。そんなに褒めてもらって嬉しいです。ところで・・・。」


 イトマキは真剣な眼差しでトーマスを見つめる。トーマスはとぼけた表情でイトマキを見ている。


 「イタリアには、正式には精神科の医師はいないらしいですね。」


 そのイトマキの言葉にトーマスはニヒルな笑顔を浮かべた。


 「あなたは何者ですか?」


 トーマスは周りを見渡し、誰も居ないことを確認すると、いつもの表情とは違った真剣な顔を見せた。


 「私は、ヴァチカンから遣わされたエクソシストです。この一週間、このPUCS病棟にいまだに住み着いて居た、悪魔のおこぼれをもらっていた下級の悪魔達を退治していました。」


 トーマスは流暢な日本語で一気にそう捲くしたてて、イトマキの様子を観察した。トーマスが思っていたより、イトマキは真剣に信じているようだった。


 「私が言ったことを嘘だと思わないんですか?」

 「精神科医は嘘だと思いましたけど、エクソシストの方にはお会いしたことがないのでよくわかりません。」


 トーマスの問いに、イトマキは曖昧に答えて微笑んだ。


 「実に日本人らしい、上手な曖昧なお答えですね。」


 トーマスは苦笑いをしながらイトマキを見た。


 「よかったら、これから私の最後の仕事を見に行きますか?」

 「でも、これから送迎会じゃ・・・?」

 「大丈夫です。それは、後からどうにでもなります。」


 トーマスはそう言って、診察室から出て行った。慌ててイトマキもその後を追った。

 ナースセンターには当番のナースが数人いるが、なぜかトーマスとイトマキ達の存在に気がついていないようだ。

 イトマキは不思議に思いながらトーマスの後を追う。そして、病棟の一番奥にたどり着いた。

 まだ消灯の時間ではないのに電気が消えて、患者たちが静かになった。そして、そのベッドの下からおぼろげな影が次々と現れた。そして、トーマスの後をおぼろげな影が追うと、灯りは戻り、患者たちは至って普通にしていた。

 イトマキはまた慌ててトーマスの後を追う。

 そしてたどり着いたのは屋上だった。トーマスは満月を背にして、片方の手首に付けていたシリコン素材のような伸縮性のあるホワイトバンドを外した。するとホワイトバンドは真っ白な細い棒状に変化し、その棒を使ってトーマスは自分の周りを囲うように正円を描いた。そして棒を元のホワイトバンドに戻すと、両手の拳を自分の胸の前まであげて、何か呪文のような言葉を唱えながら拳に力を込める。

 すると、その両手の甲には、なにやら複雑な文様の紅く輝く正円が浮かび上がって来た。

 その間にも、おぼろげな影達は集まり、一つの大きな塊となってトーマスに襲い掛かろうとした。

 さすがのイトマキもこれには腰を抜かし、震えながらトーマスを見つめていた。

 やがて、その大きなおぼろげな影は地に響くような音をあげながらトーマスを飲み込んだ。

 イトマキは見ていられず思わず目を閉じた。そして、ゆっくりと目を開けると、大きなおぼろげな影の中から、トーマスが白く輝く剣で影の胴を真っ二つに斬っていた。

 影達は散り散りバラバラになり、砂が風に舞うように静かに消えていった。

 イトマキはその一部始終を目撃し、トーマスが無事なことに安堵の溜息をついた。

 トーマスが持っていた剣はまた先程のホワイトバンドに変化して、トーマスの手首に収まった。


 「どうです?信じていただけましたか?」

 「は、はい」


 イトマキは動揺しながら頷いた。


 「でも、どうして私に見せたんですか?私が嘘を見破ったからですか?」


 そうイトマキが言うと、トーマスは少し寂しそうな目をしていた。


 「実は、私はあなたの父に助けて頂いたのです。」


 それからトーマスは、死んで彷徨い続けたイトマキの養父が、トーマスの代わりに自分の魂を犠牲にして悪魔を封印してくれたことを語り、その恩に報いるために一週間、イトマキのいる病院で悪魔が残した連中達を祓っていた。


 「そうだったんですか・・・。お父さんが・・・トーマスさんや、みんなを助けてくれたんですね。」


 イトマキはトーマスの言葉に涙を流した。養父は死してなお、人を助け続けた。そう思うと、イトマキは切なさと嬉しさと誇らしさで溢れる涙を堪えられなかった。


 「おっと、トーマス君、女の子を泣かせるとは罪な奴だなぁ。イタリア人ってのはそんなもんなのか?」


 いつの間にか、屋上の扉から岩見が現れた。だが言葉と裏腹に足がガクガクと震えている。


 「送迎会前に一服しようと思ったら、なんだこれ・・・?」


 岩見の顔は完全にひきつっていた。その岩見の驚いている姿を見ながらトーマスは微笑む。


 「なんでしょうね?あまり気にしない方が岩見先生のためです。」

 「なんだよ、普通に日本語はなせんじゃん。」


 岩見は強がり、煙草を取り出そうとするが、指先が震えて煙草を出すのに苦労している。


 「煙草は体によくないですよ。お止めになったほうが賢明です。」


 そう言ってトーマスは岩見に向かってニッコリと笑いかける。岩見は鼻で笑いながら、仕方なくポケットに煙草を仕舞った。


 「あ、トーマスさんはエクソシストだそうです。」


 イトマキは腰をぬかしたまま、岩見を見上げて改めてトーマスの本職を紹介した。


 「ああああああ、そう。」


 岩見は先程扉の隙間から見た光景を思い出し、動揺を隠しきれなかった。


 「でも、そんな職業を偽るほど大切な仕事を教えてもいいんですか?」


 イトマキの問いに、トーマスはしばし黙る。そして、寂しげな笑顔で答えた。


 「私は、人の記憶を操作できるので、明日になれば、私の存在を覚えている人はいないでしょう。だけど、時に思うのです。私が生きた証を、誰かに覚えていてもらいたい。そんな自分勝手な私がいるのです。」

 「人の記憶改ざんするほうがよっぽど勝手だと思うけどな。」


 岩見はようやく落ち着いたようで、煙草を加えながらトーマスを睨みつける。

 それは正論ですね、とトーマスは笑った。


 「ところで、こんな非科学的な私が、イトマキ先生が仰っていた集合的無意識に関して思うことがありました。それは、集合的無意識とはミトコンドリアが経由している世界だと思うのです。」

 「ミトコンドリアって、あのミトコンドリアか?」


 トーマスの言葉に岩見はさっぱりわからなかった。なぜミトコンドリアと集合的無意識が繋がるのかを。だがイトマキはふと考え込み、一つの言葉を思い出す。


 「ミトコンドリア・イヴですか。」

 「ラッキー・イヴとも呼ばれています。はるか何万年も前の、ひとりの女性のミトコンドリアを、母系を介しながら今なお世界中の人々が共有しているのです。そのミトコンドリアは、おそらく集合的無意識の根幹であり、つまりは有事に備えて作られた連絡網みたいなものだと思うのです。ですが、その連絡網と繋がれる人は残念ながら数少ない。それでも、人類が生き延びるためにはそのミトコンドリア経由の集合的無意識が必要だったのではないかと、私はPUCSの患者さん方の病状や、イトマキ先生のお話を聞いて、結論を導き出しました。」


 トーマスはそう言いながら、アカシックレコードのナビゲーターのイヴを思い出す。彼女こそ、『ミトコンドリア・イヴ』『ラッキー・イヴ』なのだ。


 「そう、そして集合的無意識というのはアカシックレコっ」


 トーマスが何かその後の言葉をいいかけたその時、全身漆黒の西洋の甲冑姿の騎士が満月を背負って舞い降りた。

 イトマキと岩見はその光景に一瞬唖然とした。

 漆黒の騎士に気づいたトーマスは、なぜだか嬉しそうに駆け寄る。


 「会いたかったよー!ユ」


 トーマスが言葉を言い終える前に、漆黒の騎士は、黒く光る剣の鋒をトーマスの喉仏すれすれに向けた。


 『ここで名前を言うな。』


 顔全体を覆っている漆黒の兜から濁った声がする。トーマスは嬉しそうにしながらも、渋々黙った。漆黒の騎士は剣を鞘に収め、トーマスの胸ぐらを掴んだ。


 『例のものかと思えばお前が付けてたやつか!何こんなところで油を売ってる?!5年間、日本に戻らないで私に仕事を押し付けやがって!この借りはたっぷり返して貰うぞ。』

 「そ、それはママンが」

 『言い訳無用!キビキビ働け!今から働け!』

 「そんなぁー。」 


 イトマキと岩見は、トーマスと漆黒の騎士の会話を呆然と見つめることしかできなかった。


 『お二方、邪魔して済まなかった。』

 「あ、いえ・・・。」


 イトマキと岩見の返事を聞き、漆黒の騎士はトーマスの襟を掴んだ。トーマスはイトマキ達を振り返り、笑顔で手を振りながら漆黒の騎士と共に満月へ向かって飛んだ。

 そして、その姿が消えると、二人は急いで金網越しから下を見た。

 下には誰の姿もなかった。


 「なんだったんだろうなぁ・・・。」


 岩見はとうとう腰がくだけ、イトマキと共にため息をつきながら座り込んだ。


 「世の中、不思議なことだらけですね・・・。」


 そういって二人はしばらく寒空の下、満月を眺めていた。

イタリアには、正式には精神科医はいないらしく、代わりに保健福祉センターのようなところがあるらしいです。

「イタリアの精神科事情ってどうなってるんだろう?」と思ってググったら、患者の自由と自立のために廃止されたらしいです。

おかげでトーマスが偽物の医者という名目を作れてラッキーでした。

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