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43/reboot  作者: 煌洲 桜子
43/reboot
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43/チェックメイト

 会議を終えた後、イトマキは親たちの診察に戻る途中だった。次々と子供達は目覚め、静かだったルーム43は活気で満ち始めていた。親たちの喜びの声、子供たちの生きる喜びを取り戻した声、その賑やかな声をイトマキは嬉しげに聞きながら診察室へ入った。

 本当は子供たちの診療もしたいのも山々だが、今は真駒の指示でイトマキが親・保護者担当、ヘルプの一般病棟の精神科医達が子供たちの診療にあたっている。

 といっても、三沢少年以降、目覚めた子供たちはPUCSになる前の記憶しかなかった。真駒はこの事態に、思春期外来の医師達にも協力してもらおうと会議で言っていた。

 今日の診察予約に、中島遥香の両親が入っている。そして、いつものように中島夫妻がイトマキの診療室にやってきた。


 「可愛いヌイグルミですね。」


 診療室の椅子に座った中島遥香の父は、机に置かれたクマのヌイグルミに気がついたようだった。


 「ええ、こういう心が少しでも落ち着く物があると皆さんが喜んでくださるかと思いまして。」


 イトマキはそう言って中島遥香の父にそう言った。相変わらず母は無言のまま俯いている。


 「そうですね・・・。私達も、今のうちに心を落ち着けなければ・・・。」


 結局中島夫妻は、中島遥香の胃ろうをやめ、点滴だけにするという決断をした。また胃ろうを施したとしても、またいつか吐いて気管に吐瀉物が詰まり、呼吸困難になって苦しんで亡くなるよりは子供のためだと夫妻は結論付けた。


 「ですが、今、点滴だけでも十分持ちこたえていますし、現にPUCSの患者さんたちが次々目を覚ましています。もしかしたら、遥香さんも目を覚ます可能性もあるかもしれません。けして、諦めないでください・・・。」


 イトマキの言葉に、夫の側にいた妻が泣いていた。夫は泣く妻を優しく見つめながら背中をさすった。

 その時、島松とイトマキの診療室を仕切るカーテンから、車椅子に乗った少年と、少年の車椅子を押す岩見が姿を現した。


 「岩見先生、どうして伊東先生の診察室に?」


 突然現れた岩見と見知らぬ少年を見て、中島遥香の父は驚いていた。車椅子に乗った痩せこけた少年は中島遥香の父をきつくにらみつけ、そのやせ細った手を震わせながら中島遥香の父を指さした。


 「中島遥香さんから聞きました!中島さんのお父さんが、遥香さんとお母さんをいじめています!」


 少年は力いっぱい声を振り絞り、叫ぶように中島遥香の父に向かって言った。その少年の言葉に、中島遥香の父は顔を赤らめ動揺している。


 「それ、本当なの?」


 イトマキは少年を振り返って確認する。少年は頷き、中島遥香の父に敵意をむき出しにしている。


 「そ、そんなのデタラメに決まってる・・・。なぁ、そうだよな?」


 中島遥香の父はいつもの様に妻にそう尋ねるが、妻は俯いて黙ったままだった。


 「もしよければ、奥様と二人だけでお話させて頂けませんか?」


 イトマキが中島遥香の父にそう言うと、中島遥香の父は妻と、イトマキ、岩見を交互に見比べ、怒りを露わにして立ち上がった。


 「お前ら、図ったな!ふざけやがって!」


 その中島遥香の父の怒号に母は縮こまって小さな悲鳴を上げる。そして座っているイトマキの側へ中島遥香の父が怒りのままに詰め寄り、イトマキの胸ぐらを掴んで立ち上がらせた。


 「嫌です、やめてください!」


 イトマキがそう言うと、岩見がすかさず中島遥香の父の背中にまわって羽交い絞めをした。


 「豊平ー、警備員さんと警察よろしく。」


 岩見がそう言うと、豊平が島松の診療室のカーテンから顔を出し、了解ですと言って駆けていった。


 「くっそー、貴様らぁー!」


 イトマキの胸ぐらから中島遥香の父が手を離そうとした瞬間、イトマキは中島遥香の父が掴んでいる手に自分の手をガッチリと組み、そのまま重ねた手を強く握りながら中島遥香の父の手を開いた。イトマキが掴んだ手を開くことで、中島遥香の父の手はエビぞりになり、殴ることも抵抗することもできなくなった。岩見に羽交い絞めにされ、小柄なイトマキに地味に痛い拷問を受け、中島遥香の父は顔を赤くして必死に抵抗する。


 「中島さーん、この人こう見えて元軍医なのお忘れですかー?」


 岩見はイトマキを見ながら、もがく中島遥香の父の耳元で言った。


 「これはれっきとした護身術ですっ。関節キめたりしたら完全に過剰防衛になっちゃいますっ。」


 中島遥香の父とは対照的に、岩見もイトマキも冷静に対処している。


 「ふざけるな!これは暴行だ!」

 「いいえ、正当防衛です。」


 イトマキは中島遥香の父の手を今だエビぞりにしたまま、上目遣いで睨んでみせる。


 「おい、幸子、助けろ!なんで助けないんだ!」


 中島遥香の父は妻にそう呼びかけるが、妻は椅子に座ったまま固く目を閉ざしてじっと座っている。

 そこへ豊平と共に警備員がやってきて、中島遥香の父を拘束した。警備員に取り押さえられながらも、中島遥香の父は抵抗する。


 「警備員さん、これはデマです。俺は何もしてません!」


 その中島遥香の父を横目に、イトマキは少年にクマのヌイグルミを渡した。少年は中島遥香の父に向かってヌイグルミを向ける。そして、イトマキは机の中からA4サイズのタブレット端末を取り出して中島遥香の父に見せた。中島遥香の父はその映像を見て愕然としている。

 その端末に写っているのは、まさに今取り押さえられてる自分の姿なのだ。


 「証拠がありますので、あとで警察の方にお渡ししますね。」


 イトマキは中島遥香の父にニッコリとほほ笑みかけた。

 実はイトマキが持ってきていたヌイグルミにはあらかじめ小型のビデオカメラを仕込んでいた。そして、中島遥香の父を挑発して暴力沙汰に発展させ、警察に引渡して、夫婦を引き離すのが目的だった。

 目的は見事成功し、通報から駆けつけた警察が中島遥香の父を連行していった。

 もちろん事情聴取ということで、イトマキ・岩見・豊平・中島遥香の母もそのまま警察署へ連れて行かれた。診察室にいた少年は、まだ療養中ということもあり、病室で取り調べを受けた。

 先に岩見と豊平は聴取から開放され、急いで少年の病室まで戻った。岩見と豊平の姿を見た少年は、疲れがみえてはいるが、力強く親指を立てて笑ってみせた。


 「ありがとうな、三沢くん・・・。」

 「いえ・・・こちらこそ、中島さんを助けてくれてありがとうございます。」


 岩見はその三沢少年の健気さに思わず目頭が熱くなり、三沢少年の頭を優しくクシャクシャと撫でた。少年は嬉しそうに目を細める。


 「聴取、大変だったろ?」


 岩見の言葉に三沢少年は首を振って否定する。

 本当は、元々岩見達は三沢少年自体を計画に加担させるつもりはなかった。


 話は昨日の夜に溯る。

 岩見達は中島夫婦を一時的に引き離す為の作戦を練り、そのためには中島遥香の父を激昂させるような証言が欲しかった。

 そこで、コソコソと消灯の時間を狙って岩見達は三沢少年の病室に赴き、趣旨を説明したあと、元々三沢少年と中島遥香はPUCSになる前から面識があり、父親のDVの話を聞かされていたと証言して欲しいと頼んだ。もちろん病み上がりの三沢少年を無理やりイトマキの診療室に連れて行くのではなく、ボイスレコーダーに録音して三沢少年に被害や迷惑が掛からないようするつもりだった。

 しかし、三沢少年は自ら中島遥香の父と対峙し、全てを暴くと言った。岩見達が三沢少年に負担を掛けさせたくない旨を伝えても頑として受け入れなかった。

 三沢少年の強いその意志と眼差しに、岩見達もとうとう折れることになった。そして三沢少年には、中島遥香の父のDVの証言をしてもらうことにした。もちろん調書の際には、曖昧に答えるよう指示はしていた。たとえ三沢少年の供述が曖昧だったとしても、後々家宅捜索で証拠が出れば中島遥香の父は言い逃れできなくなる。

 そして、中島夫妻が離れている間、イトマキが中島遥香の母の洗脳を解き、カウンセリングをすることで、DVをしてきた夫に立ち向かい勇気付けることが早急の課題になる。

 また、この作戦で島松と真駒の協力も欠かせなかった。というより、真駒の『無記名の言語野サルベ―ジのレポート』の件と、島松の趣味の本を経費で落としていたことを強請りの材料にして許可をとったというのが正解に近い。

 真駒も島松も顔を真っ赤にして怒っていたが、弱みを握られた以上、岩見達に従うしかなかった。

 そして、もうひとりの重要な協力者は岩見の妻だった。

 イトマキのカウンセリングを中島夫婦が待つ際、夫婦を引き離し、中島遥香の母から事実を確認することが必要だった。

 そこで、岩見はまず豊平に中島遥香の父の仕事の情報を集めてもらい、それをなんとか暗記した。そして当日、岩見はカウンセリングを待つ中島遥香の父に声を掛け、建築について興味があるので教えて欲しいという事を言ってロビーのカフェまで連れて行った。

 その間に岩見の妻は、中島遥香の母に『あなたを助けます。女子トイレで待っててください。』と書いた紙を通りすがりにそっと渡し、中島遥香の母が女子トイレに行った事を確認すると、ロビーへ行って岩見に目配せした。岩見はイトマキにPHSでワン切りを入れ、イトマキは女子トイレへ行き、待っていた中島遥香の母から事情を聞いた。そして、中島遥香の母の体を見せてもらい、想像を絶するような傷の数々に絶句しながらもデジタルカメラで撮影した。あとは中島遥香の母に、必ず助けるからいつも通りに振舞って欲しいと頼み、その後、イトマキも中島遥香の母も素知らぬ顔をし、見事に中島遥香の父は捕まった。


 「本当に、三沢くんのおかげだ。ありがとう。」


 岩見の言葉に、三沢少年はくすぐったそうに笑って見せた。


 「ところで・・・中島遥香に会ってみるか?」


 岩見の言葉に三沢少年は一瞬戸惑ったが、ゆっくりと頷いた。

 岩見と豊平は三沢少年を連れてICUへ赴き、中島遥香の元へ案内した。中島遥香もまた、PUCSの患者たち同様やせ細り、骨と皮だけになってもなおいまだに目を覚ましていない。おそらくツヤツヤに輝いていたであろうそのセミロングの髪もガサガサになっていた。

 三沢少年は無菌テント越しの中島遥香を見て一瞬戸惑っていたが、本当の中島遥香に会えたことが嬉しかったのか嗚咽を堪えながら涙を流している。


 「リータ・・・、助けにきたよ。」


 自然と三沢少年の口からそんな言葉が漏れた。

 その時、中島遥香の頭が三沢少年達の方にゆっくりと動き、薄っすらと目を開けて微笑んだ。


 「リータ・・・!」


 三沢少年が思わず嬉しくなったのか、中島遥香に『リータ』と強く呼びかけた。中島遥香は安堵した表情で再び目を閉じた瞬間、中島遥香を繋いている機械から警告音が鳴った。

 ICU専属スタッフが駆けつけ、延命処置を始める。

 岩見達は彼らの邪魔にならないよう、大声を上げて泣き叫ぶ三沢少年を連れてICUを出た。

 

一難去ってまた一難・・・

リータは、中島遥香は・・・?


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ところで、胸ぐらを掴まれた際、相手の手のひら側に自分の手を重ねて無理やり相手の手を開くのは護身術の一つらしいです。かなり地味な感じはしますが効果は絶大だそうです。

例えば自分の左手で胸ぐらを掴むような仕草(半分指を折り曲げた状態)をして、右手で左手を組み、そのまま左手を右手でこじ開けるとアイテテテテな状態になります。

詳しくは「胸ぐら 護身術」あたりで検索すると動画付きで出てくるかと思います。

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