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43/reboot  作者: 煌洲 桜子
43/reboot
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43/手紙

 イトマキは個室に入り、用意した三脚付きのビデオカメラ置いて、三沢少年のベッド横に置いてある椅子に座った。

 三沢少年の脳波には今のところ異常はなく、目覚めてから酷い体力の消耗もなくなり、ほんの少しの流動食もしっかり食べたとのことだった。


 「おはようございます、三沢くん。気分はどう?昨日はよく眠れた?」

 「ちょっとまだ眠いです・・・。」


 PUCS時の酷い体力の消耗のせいで、おそらく骨がベッドに当って痛くて眠れなかったのだろう。


 「三沢くんがこれからしっかりご飯を食べて、リハビリすればしっかり眠れるようになるよ。」


 そう言ってイトマキは三沢少年を励ました。三沢少年は眠そうな目でニッコリと微笑んだ。


 「まだ会って間もないから、三沢くん緊張してるかもしれないけど、どんなことでもいいから、私に思ったことお話してもらってもいいかな?」


 そのイトマキの言葉に、三沢少年は少しためらう表情を見せて俯いた。それからしばらく沈黙が続いたが、ふと三沢少年が顔を上げた。


 「あ、あの、僕、知らない人から紙をもらったんですけど、見てもらえますか?」


 イトマキは三沢少年の言葉に不思議に思いながらも、手に握られた紙を受け取った。


 「三沢くんは見たの?」

 「いえ、僕はまだ見てません。」

 「私が見ていいの?」


 そのイトマキの言葉に三沢少年は頷く。


 「なんだか、僕じゃなくて伊東先生が見たほうがいいんじゃないのかなって思ったんです。」

 「そうなの・・・。それじゃ、読ませてもらうね。」


 そう言って、少しクシャクシャになった二つ折りのメモ紙を開いてイトマキは絶句した。

 そこには、とても綺麗な文字で『4312号室・中島遥香及び母親は、父親からDVを受けている。中島遥香に至っては性的ネグレクトの可能性も有り。』と書かれていた。しかし、イトマキは書かれた内容以上に、その字に見覚えがあった。


―お父さんの字と・・・そっくり。


 イトマキの養父は厳つい姿とは裏腹に、とても字が綺麗だった。


 「これ、知らない人から貰ったって言ってたけど、どんな人だった?」


 イトマキが身を乗り出して思った以上に真剣に聞いてくるため、三沢少年は慌てていた。


 「あ、あの、ダルマみたいな顔で、体が大きなおじさんでした。『これ持っていけ』って渡されました。」

 「ダルマみたいで、体が大きい・・・。体型は、柔道の選手みたいな感じかな?」

 「はい!そうです。」


 その言葉に、イトマキは小刻みに震える。気がつけば静かに涙がこぼれていた。


 「伊東先生、どうしたんですか?」


 三沢少年に言われ、ようやくイトマキは自分が泣いていることに気がついた。これは恐らく養父が書いたものではないかと思ったからである。しかし、10年ほど前に亡くなった養父が、なぜ今この三沢少年にこの紙を渡せたのか不思議だった。


 「あ、ちょっと、目にゴミが入ったみたいで・・・。」


 イトマキは目にゴミが入ったとごまかしてハンカチで目を拭った。


 「ところで、三沢くんは、この紙を今日、私に渡すまで見てないのよね?」

 「はい。あの、どんなことが書いてあったんですか?」


 一瞬イトマキは言葉に詰まった。録画している状態で、他の患者の事を話すべきかどうか迷っていた。


 「ちょっと、私、目薬さしてくるわね。」


 イトマキはそう言って、ビデオカメラの録画を一時停止した。そして、また椅子に戻って座った。三沢少年はそのイトマキの不可解な行動を不思議そうに見ていた。


 「ごめんね、今のは嘘。ちょっと大人の事情で、録画を止めさせてね。ここから先は、他の患者さんのプライバシーに関わることだから、本当はあまり公にしてはいけないし、話してもいけないの・・・。」


 真剣に話すイトマキの表情に、三沢少年はやはりこの人なら話を聞いてくれると思い、目を輝かせていた。


 「実は、あなたが言ったことより、もう少し細かいことがこの紙には書いてあったの。」


 イトマキはそう言いながら、三沢少年に見せてはまだ早い部分があるためメモを伏せた。


 「あなたが言った中島遥香さんは、今集中治療室で治療中なの。彼女もPUCSで、最近彼女は昏睡状態で胃から栄養を送ってたんだけど、彼女のお父さんが面会に来た時に吐いてしまったらしいの。それで、今は胃のチューブを外して、集中治療室で点滴だけで様態をみている状態なの。」

 「そうなんですか・・・。」


 三沢少年はため息をつきながらもそわそわとしている。おそらく何かまだ何か話したいことがあるのだろうとイトマキは三沢少年の様子を見守った。


 「あの・・・、どうして伊東先生は僕にそんな大事なことを話したんですか?」


 三沢少年に鋭いところを突かれて、イトマキはどう話すべきか迷っていた。


 「実はね、私も中島さんのお父さんは危険な人だと思っているの。だけど、今は証拠がなくて、どうやって中島さんのお母さんと遥香さんを助けたらいいか困っていたの・・・。」

 「そうなんですか?じゃあ、僕が言ったことと、そのメモが証拠になります!」


 三沢少年は意気揚々と言うが、イトマキはそれに反して困った顔をしている。


 「三沢くん、ごめんなさい。まだあなたはPUCS患者として扱われていて、一種の精神的な病気扱いされているから、証言や証拠としては不十分なの・・・。」


 イトマキがうなだれながらそう言うと、三沢少年は弱々しくもその布団のシーツを握って悔しげにしている。


 「だけど・・・、絶対、私が証拠を見つけて、中島さんのお父さんから、お母さんと遥香さんを助けるから。」


 悔しげにする三沢少年に少し酷なことを言ってしまったイトマキは、三沢少年を励ますように言った。

 その時、三沢少年は顔を上げて真剣で強い口調で言った。


 「僕は、リータ・・・中島遥香さんを助ける為に戻って来たんです。メリッサと、そう約束したから、僕も絶対中島さんを助けたいんです!どうか、僕にもできることがあったら手伝わせてください!」


 イトマキは『メリッサ』という言葉に動揺した。あの元PUCSで自分をゲームマスターだと名乗った女性の名前を三沢少年から聞くとは思わなかったからだ。


 「メリッサという人から頼まれたの・・・?」


 イトマキは半信半疑で尋ねる。その質問に三沢少年は真剣に頷いた。


―メリッサが絡んでいる・・・。これが何かの罠じゃなければいいけど・・・。


 イトマキは『メリッサ』という言葉に余計に慎重にならざるを得なくなった。

 しばらくイトマキは黙って考えたが、患者の前でそう長く考えこんでも患者を余計に不安にさせるだけだと思い、気持ちを切り替えてPUCSから目覚めた三沢少年の記録を撮ることに戻ることにした。


 「それじゃ、まずはお手伝いとして、何か目が覚めるまでに覚えていることとかあったら、話してもらってもいいかな?」

 「はい!」


 三沢少年はイトマキの言葉に素直に協力した。イトマキは少年を騙す事に良心の呵責を感じながらビデオカメラの録画を再開した。

 そして三沢少年は、ベルセポネオンラインという世界でジオサイドと名乗り、いろいろな経験をしてきたことを語った。


―メリッサ・・・、苺花が言っていた人物の名前も「ジオサイド」だった。


 イトマキは正直、メリッサと名乗る苺花の話と、三沢少年の話す事に恐ろしいほどの共通点があることに驚かされた。

 そして、三沢少年は目覚めるまでの経緯を話し、目覚める前に暗闇の中で知らないおじさんから手紙をもらったと語った。


 「ありがとう、三沢くん。起きたばかりなのに沢山喋って疲れなかった?」

 「いえ、大丈夫です。中島さんを助けられるなら、僕、なんでも話します。」


 そうはいいながらも苦しげに息をしながら語る三沢少年の使命を帯びた真剣な眼差しにイトマキは胸が痛くなった。

 自分もそういった経験者でありながら、メリッサが絡む以上、疑心暗鬼にならずにはいられなかった。


 イトマキは三沢少年の体調のことを考えて、今日の話はここまでにしましょうといって、録画を止めて個室を出た。


 養父と良く似た文字、そしてちらつくメリッサの姿。


 イトマキにとって次々と突拍子もないことが起きる。

 イトマキは廊下を歩き、ため息をついて、ひとけのない廊下の長椅子に力なく腰掛けた。

 そして、手紙をもう一度読んでみる。やはり養父の字に似ていた。養父はもしかしたら中島遥香の父と昔からなんらかの面識があって、この手紙を誰かに託して、10年後にその誰かが眠る三沢少年にたまたま渡したと考えるのが妥当かもしれないと考えた。

 もしくは、中島遥香の母親かもしれないが、トイレ以外はずっと夫が付いているらしく、4305室の三沢少年に手紙を託す時間などなかったはずだ。それに母親本人ならもっと細かい内容を書いているはずである。それに、もしトイレで看護師に打ち明けたとしたら、島松かイトマキにその話が伝わっているはずである。

 一週間前まで非現実的な事を目の当たりにしておきながら、今は三沢少年に託された手紙について現実的に考えようとしている自分と、メリッサの罠かもしれないという思いに、イトマキはため息をついた。


 「私・・・もうだめかもしれない。」


 そうつぶやいて紙を元の二つ折りにしたときに、イトマキはふと気がついた。二つ折りにした白紙の面の一番下に、文字が書いてあった。


 『真木子、頼む。どうか、あの子らを助けてやってくれ。』


 イトマキはその文章を見て、しばらく嗚咽を堪えながら泣いた。



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