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43/reboot  作者: 煌洲 桜子
43/reboot
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スティグマ

 涼しい夜風の中、褐色の肌の青年が、首元に巻いたスカーフを解いた。そして、その首元を撫でる。ずっと苦しめられていた痛みから開放されて、青年は微笑む。


 「ようやく風向きが変わった・・・。」


 青年は嬉しそうに呟いた。

 そこへ、青年よりも年上の初老の男が慌てて駆け寄ってきた。


 「トーマス様、お呼びでしょうか?」


 初老の男はトーマスという青年に恭しく尋ねた。そして、その時、青年の首に付いていたあの悪魔のアザがほとんど薄くなっていることに気がついて驚いていた。


 「私のアザは今に始まったことじゃないだろ?」


 そうトーマスは言うと、両手を胸元まで上げて、強く拳を握った。その両方の手の甲には赤く輝く小さな魔法陣のようなものが現れた。

 初老の男はそのトーマスの甲に浮かんだものを見て、感涙しながら跪いて手を組んだ。


 「うーん・・・まだ首は痛いが、どうやら私の力も元に戻ってきているみたいだ。」


 トーマスは両手を開いたり拳を握ったりを繰り返し、自分の手の甲を見て満足そうにしていた。


 「それにしても、私に反発する輩には残念な結果になってしまったな。」


 トーマスは憂いを帯びた目で遠くをみながら初老の男性に言った。


 「とんでもない!あのイトウという男がトーマス様の代わりを買って出たのは、神の思し召しでございます。まだ、あなたは死んではならないという神からの信託でございます。」


 初老の男はそう言ってトーマスを慰める。


 「いいや・・・。イトウという日本の刑事の意地ってやつがすごかっただけさ。」

 「そんなご謙遜を・・・。」


 初老の男の言葉に、トーマスは頑なに首を振って否定する。そして、トーマスは憂いを帯びた目で遠くを見つめながら、法皇より計画の延期がなされたことや、法皇直々にトーマスに伝えられたことを思い出した。


 元々の計画は、米国の首相の協力あってのことだった。首相は敬虔なクリスチャンで、ほんの少しの霊感を持っていた。そして日本の総理大臣に悪魔が憑いていることに気が付き、米国が第二次世界大戦でヴァチカンから借りた恩を返すためと称して、ヴァチカンに空母を無償で提供することになっていた。

 悪魔はPUCSの子供たちを自分の糧としていただけではなく、日本全国のPUCSの子供たちを結界代わりにもしていた。そのため、日本全体に強固な結界が張られ、ヴァチカン関係者や他の国に滞在するエクソシスト達がどんな手段で入国しようとしても物理的に日本へ行くことができなかった。

 トーマスも一度、飛行機でイタリアから日本行きのゲートを通過しようとした時に、悪魔の刻印で首を締められてゲートをくぐることができなかった。更に、悪魔との戦いで消耗しきった精神力では、『別の方法』で日本に侵入することができなかった。

 そのため、日本の経済水域兼悪魔の結界の近くまで世界中のエクソシスト達を呼び寄せて、空母数艦から日本に向かって全ての力を使って悪魔を封印するということが、計画に参加するエクソシスト達には伝えられていた。

 だが本当は、世界中の優秀なエクソシスト達を集めたとしても結界に亀裂を入れるのが限界であるため、エクソシストたちが作り出した亀裂からトーマスを日本に送り込んで悪魔を封印する予定だった。トーマスを犠牲にすることはごく一部の上層部のみに伝えられていた。

 しかし、それを聞いた伊東という刑事は反対したという。


 『それじゃ、悪魔と一緒に封印されるトーマスって奴は、死んじまうってことだよな?!ふざけるな、バカ野郎!未来ある若者の命を使うだと?!そんなふざけたこと許せるか!』


 法皇に向かって暴言を吐くほど伊東という刑事は怒っていたのだろう。法皇もとても驚いたとトーマスに語っていた。


 『魂が必要なら、ほら、ここにあるじゃねぇか。』


 伊東はニヤリと笑い、自分の親指で自分を指し、代わりに自分が悪魔を封印すると買って出た。そして、伊東の犠牲のおかげで、悪魔は無事、仮にではあるが封印された。


 トーマスは、自分を犠牲にして悪魔を封印した伊東の弔いと、彼の思いに報いるためにも己の命をかけて天命を全うするまで戦い続けることを胸に誓った。


 「それより、先ほど呼び出した件についてだが、これより日本へ向かって残滓を片付けるための準備にかかれ。」


 トーマスは一変して真剣な面持ちで初老の男に言った。


 「しかし、まだお達しが・・・。」

 「もう法皇も気づいてらっしゃるだろう。すぐに行動できるよう備えておくことに越したことはない。」

 「また、トーマス様は日本へ行かれるのですか?」


 初老の男は乞うように言う。


 「まだ日本でやり残していることがあるんだ。それに、事態に気が付かなかった私にも問題がある。私はまず皆と共に責任を持って残滓を処理し、残った仕事を片付ける。」

 「私は、あなたのようなお方が、あんな辺鄙な場所に使わされる事に納得が行きません!」


 トーマスの言葉に、初老の男は反発する。


 「貴様、私に逆らうのか?」


 鋭い目つきでトーマスは初老の男を睨みつける。初老の男はその恐ろしい目つきに恐れおののいて恐縮する。


 「私個人の意志で日本に向かう。それだけだ。それに日本のほうが、私を毛嫌いし、認めない連中のいるここよりも居心地がいい。」


 先程よりうってかわってトーマスは嬉しそうにしている。

 初老の男はそんなトーマスを悲しげに見上げていた。

 昔、ヴァチカン近くの教会に、カゴの中に入れられて捨てられていた褐色の肌の孤児がいた。赤子の両手には、神からの祝福の証であるスティグマ(聖痕)が宿っていた。

 ヴァチカンは教会からの連絡ですぐさまその孤児を引き取り、ひっそりとヴァチカンの中で育てた。そしてそのスティグマを持った子は素晴らしいほどの力も授かっていた。

 それがトーマスだった。

 いまだにヴァチカン内ではキリストとは肌の色の違うトーマスを快く思っていない者がいた。さらにはトーマスの持つその力を妬む者も多かった。


―我々は聖職者というのに、なんと罪深い者が多いことか・・・。


 初老の男はトーマスの不憫さに思わずため息をついた。


 「しかしトーマス様、日本へ向かうにも結界が解かれないことには・・・。」

 「結界か・・・。おそらく時期、崩れるだろう。」


 悪魔が封印され、聖地ヴァチカンでトーマスは精神力を回復したことで、『別の方法』で日本の中にある悪魔が創りだしたまがい物の世界の内情をトーマスは知ることができた。これでようやく結界が崩れ始めるだろうとトーマスは確信した。

 初老の男は、トーマスがどうやら例の方法を使って結界が崩れる事を知ったのか気がついた。そして、トーマスが頑なにまで使わずにいた例の方法を使ったことに、トーマスの並々ならぬ思いが伝わって初老の男の目頭は熱くなった。


 「それでは、直属の騎士団に命令を伝えて参ります。」

 「ああ、頼んだぞ。だが、法皇の命があるまで待機だ。」

 「かしこまりました。」


 初老の男はそう言ってトーマスの側を去った。

 トーマスは初老の男が居なくなると、思いっきり背伸びをした。


 「あー・・・、ここは疲れるなぁ。早く日本に行きたい。」


 トーマスは観光にでも行くような調子で楽しげに呟いた。 

トーマス君、なんだかえらい人のようです。

トーマス君の特技(?)、『別の方法』ってなんでしょうね?

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