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43/reboot  作者: 煌洲 桜子
43/reboot
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希望

 公務を終え、深夜の総理公邸で藤枝智は秘書が用意した2mほどの正方形の紙を広げていた。

 そしてそこへ、過去に書いた魔法陣をもう一度書き始めた。随分と昔の事なのに、魔法陣の文字は藤枝の中で色褪せることなく色鮮やかに残っている。

 藤枝は一心不乱に魔法陣を書き続ける。そして、最後に魔法陣の中央の文字を入れようとしたその時だった。

 魔法陣の中央に、裸足の足が見えた。そして、そのまま足の主を藤枝は見上げる。

 どうやら、白いワンピースを着た女が魔法陣の中央にいるらしい。

 ロウソクの灯りだけでは顔が見えないため、藤枝はゆっくりと立ち上がった。ゆらめくロウソクの炎に照らされたその顔は、昔生贄にした幼い義理の妹の面影を残していた。

 女の外見は30代後半くらいで、腰まである髪がゆるくウェーブしている。


 「の・・・のぞみ!」


 藤枝は思わず女に向かって義理の妹の名を叫んだ。そして藤枝はゆっくりと後じさりしながら恐怖に怯えていた。


―まさか、復讐に?!


 そんな藤枝の思いとは裏腹に、『のぞみ』と呼ばれた女は優しく微笑んでいる。

 やがて、藤枝は魔法陣の内側まで追い詰められた。しかし、なぜか出ることができない。藤枝があたふたとする中、女は藤枝にゆっくりと近づき、優しく暖かな慈愛のある眼差しで怯える藤枝を見上げた。


 「ありがとう、お兄ちゃん。私を助けようとしてくれて・・・。」

 「どういう意味だ・・・?」


 女の言葉に藤枝は戸惑った。藤枝は義理の妹が憎かったから生贄に捧げたのだ。なのになぜ礼を言われるのか分からなかった。


 「私のせいで悪魔に奪われてしまったお兄ちゃんの心、返しに来たの。」


 女はそう言って、自分の胸の当たりで両手の平で何かを持つ仕草をしていた。そこからやがて光が生まれ、脈打つ透明な心臓が現れた。女の両手の平に大事そうに乗せられた心臓は、藤枝の胸の前に差し出されると静かに藤枝の胸の中へ収まった。

 その瞬間、藤枝の頭の中で過去の記憶が崩れ去り、本当の記憶が現れた。


 「ああ・・・。」


 藤枝は胸が優しく暖かくなるのを感じた。冷たかった藤枝の体の隅々に暖かな血が流れ、その巡る血の懐かしさと暖かさに涙を流した。そして、静かに女を抱き寄せた。女は藤枝の胸に頬を寄せて、藤枝の心臓の鼓動を聴きながら嬉しそうに静かに目を閉じる。

 やがて、魔法陣から青い光が放たれ、二人を包み込んだ。


 「お兄ちゃん、一緒に行きましょう。」


 女は嬉しそうに顔を上げて藤枝を見上げる。しかし、藤枝は涙を流しながら何か意を決したような眼差しになった。


 「行くのはお前だけだ。俺は罰を受ける。」

 「そんなっ!」


 女は藤枝の両腕に必死にすがりつくが、藤枝は穏やかな顔で決意を固めていた。そして、女をもう一度強く抱きしめた。


 「希望のぞみ、会えて嬉しかった。俺は愚かな兄で済まなかった。」

 「私も嬉しい・・・。お兄ちゃん、お願いだから自分を責めないで・・・。」


 女は藤枝の胸に抱かれながら涙を流す。


 「どうか、俺の命と引き換えに、希望を天国へ連れて行ってくれ!」


 藤枝は天に向って顔を上げ、命の限りに叫ぶ。

 そして、女を突き放すと、女は目を見開いたまま藤枝を掴もうとしたが、急に天から降り注いだ厳かな白い光に包まれて霞のように消えていった。

 そしてひとり残った藤枝は、魔法陣から放たれる深紅の業火に包まれた。


―さようなら、希望・・・。


 そして、藤枝はあの日の記憶を取り戻し、再び涙した。


********************************************************


 私は腹違いの妹が可哀想でしょうがなかった。

 私がこの家を継ぎ、この家に住むことになったのは、本妻が亡くなったのと、妾である母の子である私が男だからという理由だ。

 本家の連中は、体の弱い本妻がなかなか子供を産まないことを不服に思っていた。

 そこで、本家の連中は父に無理やり母をけしかけ、無事私が生まれた。

 その後、幸か不幸か、本妻も身ごもり、女児が生まれた。

 そしてとうとう本妻が亡くなったことで、男の子を生んだ妾である母が本家の連中に快く迎え入れられ、新しい本妻となった。

 それは私が12歳、元本妻の娘が7歳の頃だった。


 母子二人の生活が一変した。日本建築の豪華な家に住み、規律と厳しい教育を受けた。

 一見豊かな生活だが、これからこの家を継がなければならない私は、未来の跡継ぎとしての教養や躾や重責に耐えていた。

 だが、母にとってもそれは同じであり、私以上に政治家の夫人にふさわしくなるため教養を猛勉強し、さらには政治家夫人達との懇親会などで粗相のないよう必死で稽古などに励んだ。

 そんな時、こんな豊かな家の中で誰からも厳しく躾けられず、のびのびと楽しく暮らしている前妻の娘が、母にとって憎くて憎くてしょうがなかったのだろう。

 母は、ストレスのはけ口に前妻の娘を選んだ。

 ある時、母が家の立派な庭園にある池に妹を突き落としたのを目撃した。さらには廊下でうずくまる妹を心配して服を上げてお腹を見てみると、どうやら母がつねったと思しきアザの跡が沢山ついていたのを見た。

 しかし、この腹違いの妹はそれでも私の母がしたことを誰にも言わず、嬉々として


 「おにいちゃん、おにいちゃん」


 と親しげに呼ぶ姿に健気さを感じ、同時に苦しくてしょうがなかった。

 父にも池の1件や、つねられた跡のことを話してもとりあってくれなかった。

 本妻となった母は、前妻の娘をいじめていることを家政婦にも口止めし、知らん顔をしていた。

 私はこの酷い実の母に味方すべきか、それともこの罪のない腹違いの妹に味方すべきか悩んでいた。


 ある昼下がり、母が琴の教室に出かけている時のことだった。というより、この頃から母の悪い男癖がストレスのせいで始まったようで、好みの男の講師のいる茶道教室や琴教室に足を運んでは、講師の男をたぶらかしていた。私はそんな母の男癖の悪さに辟易していた。

 私は勉強に疲れ、ここに来る前まで習っていた剣道の竹刀を取りに、庭園の奥にある日陰の土蔵へ向かった。

 すると、土蔵は開いており、中から声が聞こえた。土蔵の扉の隙間から中を見ると、土蔵の奥の小さな窓から光が差し込んでおり、その光の中で父がアルバムを開いて嗚咽を堪えながら眺めていた。

 私はどんなアルバムを見ているのか気になり、土蔵近くに隠れて父が去った後に土蔵の中のアルバムを探した。父が見ていたアルバムは、前妻と妹と父との仲睦まじい写真の数々で、その写真には何点かまだ乾き切らない涙の跡が残っていた。

 私はその涙の跡のついたアルバムを元にもどし、土蔵のひだまりの中で一人泣いた。


ー僕さえ居なければ・・・希望は幸せになれたのに・・・。


 私は涙を拭き、土蔵を閉じて部屋に帰ろうとしたその時、池の側の飛び石に生えた苔に足を取られ、受け身をとれず倒れそうになった。

 その時、時間はスローモーションになり、私はじっくりじっくりと体が地面へ近づき始めた。

 目の前には真っ黒なスーツを着た男の足が見え、男の足の前に何か円に囲われた文字が書かれていた。その文字は私の目に、頭に強烈に焼き付いた。

 そして男は言う。


 「新月の夜に生贄を捧げよ。」


 そして私の意識は遠のいた。

 気がつけば、琴教室に居た母が私の側で泣きはらしていた。私は庭で足を滑らせて頭を打ち、脳震盪を起こして病院に運ばれていたようだった。念のため精密検査などうけたが、私は誰にも土蔵でのことや脳震盪を起こすまでの不思議な出来事を誰にも話さなかった。


 私はその後、1m四方の紙を購入し、あの時見た文字を書き写していった。正円を書き、その中にひたすら書き続けた。まったく読めない文字なのに、なぜか体が覚えているかのようだった。

 そして文字は完成した。その時点でこれが何か私にも薄々分かり、あとは新月の夜を待つだけだった。


 月の光のない、暗い新月の夜。皆が寝静まった頃を見計らい、眠る妹を抱きかかえて自分の部屋へ連れて行った。

 四方にロウソクを立て、大きな紙に書かれた円陣の中に妹をそっと置く。

 妹が目を擦りながら目覚めようとした瞬間、青い光が円陣と文字の中から差し込み、天井まで届いた。

 その青い光の円陣の中から、真っ白な肌に黒いスーツをまとった細身の男が眠そうな妹を抱きかかえながら現れた。


 「お前の妹を助ける契約はこれで完了だ。お前の魂は契約代として頂いていく。」


 私は死を覚悟し、唇を噛みながら深く頷いた。


 「さて、まずはお前の記憶から変えてやらなくてはな。父を恨み、妹をいじめたことにしておこう。古今東西、どこでも父への恨みというものは強い力になるからな。」

 「なんだよそれ?!僕が死ぬんじゃないのか?」

 「お前には生きてもらわなければ困るんだよ。」


 その男は狡猾な笑みを浮かべ、片手に妹を抱きながら、もう片方の手で私の心臓へ手を伸ばした。その手は私の胸に吸い込まれ、やがて戻ってきたその手には透明に光り輝き鼓動する心臓のようなものが握られていた。そして男がその透明な心臓を一口で平らげると、たちまち青い炎の柱に包まれた。

 私は消えゆく意識の中、妹が目を見開いてこちらを見つめながら静かに涙を流しているのが見えた。

 炎は勢いを増し、その場にあったロウソクも、円陣を書いた紙も飲み込んで消えていった。



********************************************************


 藤枝は業火に飲み込まれながら、その胸にようやく希望を取り戻した。


藤枝は、その胸に『希望(のぞみ/きぼう)』を取り戻しました。


妹(http://ncode.syosetu.com/n5410bn/24/)の話は、実は男によって作り変えられた記憶でした。

藤枝は妹を救うため、自分の命・魂を犠牲にして助けるつもりでしたが、まんまと男に利用されていた人のひとりだったのです。



物語の中で、あえて希望や望みという名前以外の意味の言葉をなるべく使わなかったのは、ここで「藤枝が『希望』を取り戻した」というダブルミーニング(希望と、のぞみという名の子)を使いたかったからです。


というのも後付みたいなもので、「43/歓迎会」「妹」でまだ岩見の娘も藤枝の妹の名前も思いついていなくて、「或る刑事の一生」でイトマキの義父はゴツいくせに名前が女っぽい『のぞみ』にしようと書いた後で思いつきました。

まったくの行き当たりばったりです(笑


・イトマキの義父が『のぞみ』で、岩見の娘が『のぞみ』。

・希望を失っていた藤枝の、義理の妹も『希望のぞみ』。

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