コンキスタドール(征服者)
あれからメリッサは何事もなかったように、いつもの穏やかな笑みで俺たちに接してくれている。
でも俺はあの時、メリッサが苦しんでいたのに何も出来なかったこと、助けようとしたその手を二度も振り払われたことですごく落ち込んでいた。
「なんだよ俺、なんにも出来てないじゃん。チートでもないし、強い武器もないし、世界どころかメリッサすら救えてないじゃん!」
俺はいつもの池の釣り堀で頭を抱えて悩んでいた。ゲームの世界なら、なんでも自分の思い通りになると思っていた。チートでなんでも解決して、この世界なんて簡単に救えるなんて思っていた。
「なんでだよ・・・これじゃ・・・」
その後の言葉を言おうとしたその時、全体チャットがひどく騒がしくなっていた。
『コンキスタドールからボスが出た!やばい、ダークゼウスだ!女アバターは逃げろ!』
『男アバターは応援に来てくれ!』
コンキスタドールというMOBは、普通はそこら辺にいるようなMOBと変わりがないのだが、たまに”当たり”が出る。コンキスタドールの1体にボスが紛れ込んでいるのだ。このコンキスタドールを当ててしまうと、コンキスタドールがボスのダークゼウスに変身する。
このダークゼウスというのはとても厄介で、ボスの中でも最強クラスの強さを持っているだけではなく、女アバターを自分の体内に飲み込もうとする。だからできるだけ女アバターは近寄らず、男アバターが倒しに行くことが多い。
もし女アバターがダークゼウスに飲み込まれてしまうと、ダークゼウスと一緒に女アバターも死ぬことになる。
できるだけ女アバターはコンキスタドールの地には行くなということは皆に知られているはずだから、きっと女アバターはいないはずだ・・・。
『ジオサイドくん!助けて!リータちゃんがダークゼウスに捕まったの!』
「なんだって?!」
俺は思わずメリッサからの個人チャットに飛び起きながら通常チャットで答えてしまった。俺は周囲に謝りながら、メリッサに詳細を聞いた。
『リータちゃんが、コンキスタドールの地に独りで勝手に行ってたみたいで、ダークゼウスを当ててしまったの!お願い!早く来て!』
『わかった!』
俺は急いで釣り池を出ると、装備を整えてコンキスタドールの地へと向かった。
やがてコンキスタドールの地へ行くと、そこには山のようにでかい怪物がいた。ダークゼウスに向かう男アバターたちがまるで蟻のようだ。
それを遠くから見守るようにメリッサがいた。俺はメリッサの側に駆け寄ると、メリッサはあの時のように震えて泣いていた。
そして俺の存在に気がつくと、メリッサは俺の腕にしがみついて、泣きながら懇願した。
「お願い!ジオサイドくん、リータちゃんだけは、リータちゃんだけは助けて!」
メリッサが必死に俺に訴えかけてくる。メリッサが女アバターだから俺に頼んでいるというような感じではない。何か、メリッサ自身がダークゼウスに恨みや恐怖を感じているような様子だった。現にメリッサはひどく震えて顔色が真っ青になっている。
「わかった!絶対に助ける!」
俺はメリッサに力強く言うと、メリッサの手を振り払ってダークゼウスに向かった。
やがてダークゼウス付近から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「いやー!お願い!助けて!助けて!怖いよー!いやぁーーーー!」
リータの叫び声に、俺は思わず鳥肌が立った。まるでリータの嫌悪感に同調したように、俺は恐怖と言い知れぬ嫌悪感で足がすくんだ。
「くそっ!なんだよこれ!」
まるでリータの思いがどんどんと俺の中に流れ込んで来て、俺は全身が恐怖で震えはじめた。
『コワイ・タスケテ・イヤダ・パパ、ヤメテ!ママ、タスケテ!』
俺の頭の中に誰かの声にならない声がこだまする。体が震えて気持ち悪さで吐きそうだ。
―僕は何もできない弱虫なんだ。何もできっこないよ。
その時、俺の本当の声が聞こえた。幼くてか細い、ひ弱な僕の声だ。
僕の足は震えてそのまま崩れ落ちそうになる。鎧も剣も重たくて耐え切れない。
僕はとうとう防具や剣の重さに耐えられなくなってその場に崩れ落ちた。
ー僕はダメなんだ。僕のことだって救えないのに・・・。
僕は倒れこんだまま静かに涙を流す。
そう、僕は自分のことすら助けることができなかった。だから、きっとこういう世界に来れば僕は強くて誰にも負けない勇者になれると思っていた。だけどやっぱり、僕は僕なんだ。何もできない僕なんだ。
その時、思いつめたような顔で僕の横を走るメリッサが居た。杖を胸元で強く握って、死を覚悟でリータを救おうとしている。
ー僕は・・・俺は、メリッサと約束したじゃないか・・・!
「メリッサだめだ!行くな!」
僕は、俺は、ゆっくりと起き上がってメリッサを呼び止める。メリッサが振り向き、唇を噛んで震えていた。
「俺が・・・絶対にリータを助ける!だから待っててくれ!」
俺は恐怖心と戦いながらメリッサの横を駆け抜ける。鎧も剣も自然と軽くなってきた。
ー絶対に、絶対にリータだけは助けるんだ!
その思いがどんどんと自分の中で膨れ上がり、やがて闘志に変わっていく。血がたぎり、体から吹き出す汗が一瞬で蒸発していくような興奮に包まれる。
やがて討伐隊の中に到着すると、見上げるように巨大なダークゼウスの姿があった。そして、そのダークゼウスの腹の近くで、飲み込まれかけながらも必死で涙を流しながらもがくリータの姿があった。
男アバター達はダークゼウスの黒い雷に次々と負傷したり死んだりしている。
ダークゼウスの圧倒的な強さと巨大さに、思わず俺はまた恐怖に飲み込まれそうになった。
―大丈夫だ。僕。俺を信じろ!
僕と俺の心が一つになる。不思議と体の奥から強い何かがみなぎってくる。暖かくて熱くて強い力。
俺は目を閉じ、その力を体全体でじっくりと感じる。頭から指先まで、熱い血が巡り、心には鉄のように頑丈で強い決意がみなぎる。
―絶対に倒す!
俺は大きく目を見開き、背中の剣を抜き、除々に助走を付けて走りだす。野生の肉食獣のように素早く力強く、どんどん俺の体は風を切り裂いていく。
「うおおおおおおぉー!」
野獣の咆哮のように俺は叫ぶ。男アバター達の中を疾走し、ダークゼウスの、リータの側まで向かう。
そしてダークゼウスの足元近くで力の限り、跳躍する。体は羽を得たように軽くなり、俺はまるで吸い込まれるようにリータの近くまで飛んでいた。そして素早く剣を振り降ろす。
ダークゼウスからリータが斬り離された。
俺はほとんど気を失いかけたリータを、一緒に落下しながらも慌てて抱き寄せて地上に落下した。
「イテテテテっ・・・。」
俺は落下した痛みを堪えながら、リータを抱いて起き上がると、周りの男アバターたちは皆呆然として俺を見ていた。
「今だ!やるぞ!」
討伐隊の隊長をしている牙王の掛け声と共に、男アバター達の怒号が響き渡る。男アバターたちは俺とリータを避けながらダークゼウスに向かっていく。
ダークゼウスは腹を割かれたせいで暴れているものの、その動きは弱々しかった。
俺はリータを背負ってメリッサの元まで向かう。
メリッサは俺とリータの姿を見て、口元を覆いながら涙を流していた。
「約束通り、リータを助けたぜ!」
俺は息も絶え絶えになりながらメリッサに強がって歯を見せて笑いかけた。メリッサも泣きながら嬉しそうに微笑んでくれた。
「ありがとう・・・ジオサイドくん・・・。本当に・・・ありがとう。」
メリッサはその場に崩れ落ちて大声で泣いた。
俺はほっとして、リータをその場にゆっくりと寝かせて討伐隊の方を振り返った。
山のように巨大なダークゼウスはゆっくりと倒れて、男アバターたちの歓喜の声が俺達のいるところまで響いた。
ダークゼウスは倒せなかったけど、俺は約束通りリータを助けることができた。
―やればできるじゃん。
自分で自分に言いながら少し照れくさくなった。
その時だった。急にリータが咳き込み始め、目を覚ました。そしてメリッサの服を掴んで大声で泣き始めた。
「怖い、怖いよ、助けて!助けて!いや、いやぁーーーー!」
助かったはずなのにリータはまだ叫び声をあげて咳き込んでいる。そして幼い子供のようにメリッサにすがりついて泣いている。
メリッサは泣き止んでおり、すがりついて泣くリータを見ながら動揺している。メリッサからひどく汗が流れている。
リータはちゃんと助けられたのにどうしていまだに泣いているのかわからなかった。
メリッサはしばらく強くリータを抱きしめ、そして何か意を決したように俺を見上げた。
「ジオサイドくん、お願い・・・。リータちゃんを、助けて。」
今助けたばかりなのに、俺にはメリッサの言ってる意味がさっぱりわからなかった。
ようやくジオサイドは主人公らしいことをしてくれました。
こういうバトルシーンも書くと楽しいですね(自己満足ですいません)
そしてリータを救ったはずのジオサイドに、メリッサはまたも同じお願いをします。
敵を倒したはずなのにどうしてでしょうね?




