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43/reboot  作者: 煌洲 桜子
43/reboot
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43/岩見耕太

「43/猫」で伏せられていたイトマキのセリフ


「本当に、どうなっても知りませんよ?それにこれ以上奥さんーーーーーーーーーーーー?」

 あの日、岩見と休憩室でぶつかって以来、イトマキは『生理休暇』という名目で一週間ほど仕事を休むと言って姿を消した。

 その間、こんなことが起きた。

 中島遥香が面会時間中に嘔吐したとナースコールが入り、岩見は緊急オペで中島遥香の胃ろうの除去手術をした。中島遥香はしばらくはICUで栄養の点滴だけで様子を見ることになった。ちなみにその面会に来ていたのは珍しく中島遥香の父親だけだった。

 意識不明で胃ろうの患者が嘔吐するなどありえないことで、PUCSのプロジェクトチームはそのことで頭を抱えていた。さらには、胃ろうなしに栄養点滴だけでは、いずれ早い段階で衰弱死してしまうかもしれないこともあり、再び開腹して胃ろうを再開するか、それとも点滴だけにするかということでも討論になっていた。

 そんな事態の中、岩見は仕事を終え、ヨレヨレのシャツにヨレヨレのチノパンに着替えて更衣室を出た。


 「今日も当直ですか?」


 偶然通りがかった豊平は岩見の姿を見かけて声をかけた。


 「いつものことだろうが。子供がいると金がかかるんだよ。」


 そう岩見は言い捨てて京帝大学病院を後にし、当直先の外科のある個人病院の当直のアルバイトに出た。

 岩見は約3年ほど前から不眠症の自覚があり、布団でダラダラするくらいなら仕事して子供の将来のために金を稼ぐと言って当直のアルバイトを積極的にこなしてきた。

 家に帰るのは着替えとシャワーを浴びる時くらいで、たまに帰ることもなく当直先から京帝大学病院に直行することもある。そんな時は大抵来ている服がヨレヨレになっている。

 やがて当直先に到着し、いつものように救急患者の連絡を待っていた。しかし、この日は珍しく電話が鳴らない。

 静かな当直室で手持ちぶたさにそわそわしていたが、古びたソファーが目に入ってそこでしばらく横になろうと岩見はソファーに向かって横になった。

 どうせ横になってもいつものように眠くならないだろうとぼんやりと考えていた。そして、白衣のポケットから写真を取り出す。岩見の妻の未来みくと、娘ののぞみ、そして岩見の三人で娘の誕生日にテーマパークに行った時の写真だ。

 岩見は当直室の午前0時を刺した時計を見て、また写真に戻る。


 「明日は望の3歳の誕生日か。たまには早く帰ってお祝いしないとな。」


 岩見は嬉しそうに写真を見る。写真は約3年前の、岩見の娘が3歳の時の誕生日のものである。

 ふと、岩見は珍しく眠気に襲われ、ゆっくりとまどろみながら眠りの世界へと落ちて行った。


 岩見がゆっくりと目覚めると、来ているシャツも服も世界も、すべて柔らかな白に包まれていた。狭さは感じず、むしろどこまでも白い世界が広がっているように感じた。

 岩見は起き上がり、ゆっくりとその場を散策する。

 すると、いつか見た少女が目の前にいた。京帝大学病院で、かかとにローラーの入った靴でうろついていたあの時見失った6歳くらいの少女だ。

 岩見は少女の近くまで駆け寄って声を掛ける。


 「そこの子!」


 そう岩見が言って少女が振り返った時だった。少女のその顔に娘の面影が重なる。岩見は思わず絶句してその場に跪いた。

 少女は首を傾げて不思議そうに岩見を見つめていたが、やがて無邪気な笑顔で嬉しそうに岩見に抱きついた。


 「パパ!のぞみが見えるんだね!嬉しい!」


 岩見は『のぞみ』と名乗る少女に抱きつかれ、思わず驚いて少女の肩を優しく掴んで離した。


 「君は・・・望なのか?」


 岩見の声は震えていた。動悸が激しくなり、だんだんと胸が苦しくなって心が張り裂けそうになる。


 「パパ、いつも心が痛い痛いって言ってたから、のぞみがいつも『痛い痛いのとんでいけ!』してたんだよ。」


 少女は震える岩見にそう言いながら無邪気に微笑んだ。よく見ると、岩見と少女の胸は透明な鎖で繋がれている。鎖の鍵穴は岩見の胸に付いていた。

 岩見は、娘が転けて泣いていた時に、よく『痛いの痛いの飛んでいけ!』と、医者らしくもないことを言っていた。

 そこから岩見の記憶が徐々によみがえる。


 娘の望の3歳の誕生日、テーマパークで遊んだ帰りに交通事故に遭い、望は亡くなった。

 妻はひどく泣いて落ち込みながらも娘の死を受け入れていた。一方の岩見は傍から見れば毅然としているように見えたが、心の中は既に崩壊していた。本当は娘の死を受け入れられなかったのだ。

 やがて法要が終わり、喪があけて職場に戻り、同僚からお悔みの言葉を貰った時、岩見の中で何かが切れる音がした。気がつけば同僚を殴っていた。


 「ふざけるな!望は死んでない!なにバカなこと言ってやがる!」


 岩見はその場で同僚たちに取り押さえられ、しばらく同病院の精神科に緊急入院した。妻の未来は懸命に岩見の世話をしたが、岩見は頑なに娘の死を受け入れようとしなかった。娘の死の事に関して言われた際は、暴れたり嘔吐したりと酷い様態だった。

 そしてさらに症状は悪化し、娘の事に関して岩見にとって不都合なことは耳に入らなくなった。妻はおかしくなってしまった夫のことで始めは嘆き悲しんだが、その後、岩見の回復は諦めて岩見の妄想に付き合うようになった。

 それが幸をそうしたのか、岩見の精神的な容態は安定し、職場復帰できるまでになった。だが、依然として娘のことに関して不都合なことは聞こえないことは続いた。


 『暴れなくなっただけマシか。優秀な外科医を失うのは我々にとって大きなダメージになる。しばらくは少し酷かと思うが、リハビリとしてPUCS病棟で働いてもらおう。』

 『どうせ子供の話を振ったって気がつきゃしない。都合の悪いことは聞こえない奴だが、あまり刺激しないでくれよ。』

 『本当に、どうなっても知りませんよ?それにこれ以上奥さんを悲しませてもいいんですか?』


 今まで忘れていた記憶や、聞こえて来なかった一般病棟の同僚・PUCS病棟の同僚・そしてイトマキの言葉が頭の中に蘇る。

 岩見の血の気が引き、顔色が真っ青になる。頭はクラクラし、心がひどく痛い。まるで身を切り裂かれるような思いが岩見を襲う。


 「死んでない!望は死んでない!」


 岩見は頭を掻きむしり地面に伏せる。少女は悲しげに岩見を見下ろしている。


 「パパ、まだ痛い?」


 その少女の労るような声と、自分と少女に繋がれた鎖を見て、岩見はふと気がついた。

 そして、震えて怯えながら顔をあげ、少女を見る。


 「望は・・・ずっとパパのことを心配してくれてたのか?」


 岩見の目から涙がこぼれ落ちる。少女は何度も頷く。


 「うん、ずっと、パパが心が痛い痛いっていってたから、パパの心の痛い痛いを治してたの。」

 「あれから・・・3年間もずっと?」

 「うん!」


 少女の無垢で無邪気な笑みに、岩見はようやく自分の過ちを知った。岩見は娘が死んでしまったことを受け入れられないあまりに、娘をずっと成仏させずに自分の心に縛り付けていたのだ。

 岩見は必死になって泣きながら少女を強く抱きしめる。


 「済まない!俺のせいで・・・お前をずっと縛り付けてたんだな。お前は天国に行かなきゃいけなかったのに、俺が引き止めたせいで・・・。ごめんな・・・ごめんな・・・望・・・。」


 岩見は少女を抱きしめ、号泣しながら謝り続けた。


 「パパ、『痛い痛いの飛んでいけ!』する?」


 泣き続ける岩見に、少女はいつものように岩見の胸に手をかざそうとした。岩見は少女から体を離し、少女の手を握った。


 「ずっと・・・こうして望はパパを治してくれてたんだね・・・。」


 岩見は愛おしげに、そして淋しげに大きくなった娘の手を握った。3年間も自分の心に縛り付けた自責の念と、娘の健気さに、岩見は娘の手に頬ずりしながら涙を流す。

 そして、静かに顔をあげて娘に優しく微笑んだ。


 「もう大丈夫だよ。パパは強いから・・・大丈夫だ。望はもう心配しなくていいんだ。」


 そう言った途端、二人を繋ぐ鎖は砂のように静かに崩れ去った。


 「パパ、もういいの?」


 寂しそうに言う娘に、岩見は涙を拭って強く頷く。


 「ああ、大丈夫だ。望は自由だ。ほら、あっちに行っておいで。」


 岩見がそう言うと、二人の彼方にテーマパークのゲートが現れた。あれがおそらく望にとっての天国への入り口なのだろうと岩見は悟った。


 「のぞみ、パパと離れたくない。」


 少女は急にぐずりだした。岩見は優しく少女を抱きしめて、優しく背中をさすった。


 「望・・・。いつかはみんなお別れするんだ。本当ならパパ達が先だったんだけど、順番が逆になっただけだよ。ちゃんと後から来るから、それまであそこで待っててくれ。」

 「本当?」

 「ああ、本当だとも。時間はかかるかもしれないけど、パパはちゃんと約束を守るから。」

 「本当に?」

 「うん、本当だ。よし、じゃあ指切りしよう。」


 岩見と少女は体を離し、お互いの小指を組んで、指切りをした。


 「指切りげんまん嘘付いたら針千本のーます♪」


 岩見は涙を堪えながら、名残惜しそうに絡めた指を離した。


 「あ!そうだ!パパに言わなきゃいけないことがあったの!」


 急に少女は何かを思い出したようだった。


 「パパのお友達が大変なの!殺されちゃうかも?」

 「なんだって?!誰のことだ?」

 「のぞみ、知ってるの。パパのお友達のイトマキって人が、大きなお寺で殺されちゃうかも!」

 「イトマキが・・・?なんでだ?」


 少女の予想外の発言に岩見は動揺する。


 「その人が、そうりだいじんって人についてる悪魔を殺そうとしてるの。パパ、助けてあげて。」

 「あのオカルト暴走特急、何考えてやがるんだ?!」


 少女は岩見のその言動に目を白黒させていた。


 「あ、ごめんな。びっくりさせて。望のお願いなら、パパちゃんと叶えてあげるからな!」


 岩見はしっかりとした表情で少女と約束をする。


 「パパありがとう!」


 少女は再び岩見に抱きつく。岩見はこの最後の別れを惜しみながら娘を優しく抱きしめた。


 「さぁ、あっちで遊んでおいで。」

 「うん!」


 岩見の娘は岩見から離れた。


 「あ、ちょっと待って。」


 岩見は娘に声をかける。いつの間にか岩見の手にはテーマパークのキャラクターの耳を模したカチューシャが握られていた。それを王冠を乗せるようにうやうやしく娘の頭に飾った。


 「1日早いけど、パパからの誕生日プレゼントだ。」


 娘は喜びながらくるくると回る。そして岩見に別れを告げてテーマパークのゲートへと走りだす。

 岩見はそのどんどん小さくなるその背中を見ながら静かに涙を流した。

 やがて娘がゲートに入ろうとした時、岩見は娘の名を呼んだ。娘は振り返り立ち止まった。


 「望のお願い、パパがちゃんと叶えるから、望もパパのお願い聞いてくれ!」

 「なぁにー!」

 「パパがそっちに行くまで、結婚しちゃだめだー!」


 岩見の絶叫にも似たお願いに、娘は遠くから笑い、手を振ってゲートの中へ入って言った。


 「さようなら・・・。元気でな・・・。」



 そこで、岩見のスマートフォンが鳴った。

 目が覚めると当直の時間が終わっていた。

 岩見は慌てて帰り支度をしようと更衣室のロッカーを開けた。すると、ヨレヨレだったシャツもチノパンも、おろしたての糊の効いたものに変わっていた。

 これが娘からの贈り物なのだろうと思うと、岩見の目頭は熱くなった。岩見は娘が用意してくれた服を来て、一旦京帝大学病院へ向かった。

 

実は岩見が一番精神的におかしな人でした。

現実的にはそうですが、実際は亡くなった娘さんが岩見を苦しめないために都合の悪いことは聞こえないようにしてくれていたのですね・・・。

小さいのに親孝行な娘さんだ・・・。


それにしてもイトマキがヤバい!どうすんの?!どうなるの?

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