43/再会
昼間の休憩室がとても騒がしかったので、イトマキも休憩室に入った。休憩室はすし詰め状態で、皆テレビに釘付けだった。
そこでは藤枝総理大臣が記者会見を開いていた。藤枝総理は髪をオールバックにしており、頬は脂の乗った40代らしい、しっかりとした顔つきだった。
「おいおい、国民投票ってマジかよ?」
「憲法9条改正に、自衛隊から自衛軍に変更か・・・。」
「これが通ったら本格的に戦争になりそうだな。」
テレビを見ている者達は口々に藤枝総理の9条改正案についての国民投票の時期を明確にしていた。
ふと、イトマキはあることに気がつく。
―この人、痩せたら・・・。
そう思った時、思わず吐き気を催して慌てて休憩室を飛び出した。
「うぉっ。」
入れ違いで入ろうとした岩見に少しぶつかっても、口を手で塞いだままお詫びの一言もなくイトマキはトイレへ向かっていた。
「つわりか?」
遠ざかるイトマキを見て岩見はひとりごちた。
イトマキはトイレで嘔吐し、全て吐き切って胃液まで出してしまった。トイレットペーパーで口元を拭い、水を流してトイレを出た。洗面所で口をゆすぎ、水を吐いて顔を上げた時だった。
鏡に映る自分の後ろに、ペンキで塗ったような真っ白な肌に黒いスーツを着た神経質そうな男がいた。男はクシを取り出してオールバックの髪をとかした。そして、今イトマキの存在に気がついたかのように大げさに驚いて見せた。
イトマキは目を閉じようとするが、目を閉じられず、鏡から顔をそむけることができなかった。
「眠り姫のお嬢さん、久し振りだね。」
イトマキは藤枝総理に対する気持ち悪さの正体を、鏡に映る男を見て確信した。藤枝総理とこの男は似ているのだ。おそらく藤枝総理が痩せるとこの男のような容姿になるのだろう。
「そう、ご名答。藤枝総理の今の姿を昔から真似してたんだよ。」
男はイトマキがしゃべる前に答えた。そして男は楽しげに続ける。
「いやぁ、それにしても長かった。ようやくお前のおかげで準備が整った。」
「準備・・・?」
イトマキは鏡に映る男に向かって話しかけた。男は冷たい眼差しで微笑む。
「なぁ、どうしてPUCSなんて病気が流行ったと思う?」
「質問を質問で返さないで!」
珍しくイトマキの語気が強かった。男は大げさに驚いてみせるが、再び意に介さず話始める。
「PUCSとはな、元々俺たち魔族の非常食みたいなものだ。まぁ簡単な牧場みたいなものか?」
その言葉にイトマキは目を白黒させていた。
「戦後やバブルの頃はどいつもこいつも欲望だらけで食うに困らなかったんだが、その後どんどん欲のある人間が減ってきてな・・・。食い物が足りなくなったんだ。そこで、俺は試行錯誤してまずは非常食の調達から始めたんだ。それが、ちょうど思春期のガキどもという訳だ。成長期の欲求不満、破壊衝動、性衝動、現実への恨みつらみ、親への反発、それをゲームにしたててガキどもから栄養をだいぶ貰うことができたよ。」
「まさかPUCSとベルセポネオンラインは・・・。」
「そう、親や社会に対する敵対心がそのまま敵になって、その敵対心やアイテムへの欲望が俺の食い物になる。でも大人になって現実を受け入れて欲のない生き方をされちゃ困るから、子供のままで生きてその魂を貪ってたというわけだ。もちろん牧場には管理が必要だ。だから、サルベージされた連中に牧場の管理を任せて、俺はもっとこれから美味しものを食べようといろいろ動いてきたという訳だ。」
「もしかして患者さんが亡くなっても次の患者さんがまた来るのは・・・?」
「ああ、岩見だったか?あの男はよく鋭いところを突いてきたな。褒めてやりたいよ。もちろん、養分になるガキが死んだら次を補充する。それだけのことだ。」
「そんな・・・子供達の命を食い物にするなんて!」
イトマキは拳を強く握り、怒りと悲しみで目の前が涙でにじんでいた。しかし男は眉尻を片方あげて不思議そうにしている?
「そうか?みんな幸せそうに死んでいったぞ。なんといっても酷い家庭で虐げられたガキやいじめられて誰も助けてもらえないガキや反発心の強いガキばかり集めたからな。残酷で誰も救ってくれない現実世界より、みんなと幸せになれる仮想の世界で生きて死んだ方が幸せに決まってるだろ?それに大人になっても惨めな人生しか待ってないって、子供は子供なりに考えてるんだ。惨めな大人になる前に、幸せな仮想の世界で子供のまま死んだほうが子供の為にいいにきまってるだろ?」
耳に痛い言葉だった。確かに今でも大人の自殺率は戦死者よりも多い。子供達も、イトマキが子供だった時もそれを知っていた。知っていたけれども、年を取れば現実を受け入れざるをえない。仕方のないことだ。でも、それでも子供の頃はそれが受け入れられずにあがくのだ。
「お前だって、あの時ずっとあの幸せな世界で生きてたら、こんなところで身を粉にして働かなくてもよかったのにな・・・。」
男は懐かしげに昔の事を語る。
「あ、あのお姉さんは?」
イトマキは自分を逃してくれたあの時の女性の行方が気になっていた。
「あの女か?あの女はゲームの世界の依り代・・・人柱っていったほうが分かりやすいか。聡い女は好きだが、俺に無断でガキを逃がすようなイタズラのすぎる女は嫌いでね。
罰としてゲームの世界の基礎になってもらったよ。」
男は喉を鳴らしながら愉快そうに笑う。イトマキは耐え切れず大粒の涙をこぼした。
「ところでお前は、自衛隊病院の連中がどうして軽度で済んだか分かるか?」
それはイトマキにも今でも謎だった。なぜ自衛隊病院の患者だけが軽度で、市井の病院では皆重症なのか・・・。
「だいたいお前も察しがついているだろう?それは・・・ヘドが出そうな言葉だが『愛情』だよ。」
「愛情・・・。」
「そう、親の純粋で一途な愛情が子供を目覚めさせるんだよ。特に自衛隊なんかの命に関わるところじゃ特にな。というか、そういう設定に俺がしただけだが。」
男が鏡越しに挑発するように邪な笑みを浮かべる。
「親ってのは、本来自分の子供が可愛くて仕方のない生き物だ。そんな自分の子供がPUCSなんて不治の病に侵されるなんて嫌だろ?だが、自衛隊に志願徴兵すればPUCSに罹る率が下がる。それに、親からの愛情をたっぷり注がれた子は、親を守るために自分を犠牲にすることもある。例えば戦争とか、戦争とか、戦争とか?つまりは親を守るためってのが愛国心に繋がって、さらに志願兵が増える。」
イトマキの背筋に冷たい汗が流れる。
「ちなみにお前に任せていたのは、お前のカウンセリングで親に子供への愛情を再認識させて、親の愛で子供を目覚めさせる役目だ。これでどんどん目を覚ます子が増えて、医学会で発表されれば、親たちはPUCS予防の為に子供にたっぷり愛情を注ぐだろうなぁ。そして愛情を注がれた子は愛してくれた親を守るために死に地に赴くんだ。いい話じゃないか。」
男はハンカチを取り出して泣く仕草をしてみせた。
「つまりは・・・私はあなたの計画に加担していたということ?」
「まぁ誰に任せても良かったんだけどな。そんなの適当に決めただけだ。」
イトマキは男の陰謀に加担していただけだはなく、存在意義まで否定され、再び吐き気を催した。
「おっと、へこたれるのはまだ早いぞ。俺はガキどもを『非常食』って言っただろ?俺が本当に好きなのはこいつなんだ。わかるか?」
男はそう言ってポケットから長方形の紙を取り出す。
「1万円札・・・。」
「んー・・・惜しい!正解は日本銀行券、かつ、信用通貨だ。俺は人間どもの、このただの紙切れを崇め敬い、欲望や怨念や悪の匂いで充満したギットギトのドロドロしたこの野性的な感情が大好物なんだ。」
そう言うと男は1万円札をねっとりと舐めた。すると、1万円札は男が舐めた部分から真っ白いただの紙切れとなってしまった。
「俺は牧場の飼いならされた食い物よりも、人間の野性的で暴力的なほどの欲求願望が一番好きなのさ。これから戦争が始まれば、恨みつらみ苦しみ悪意だけじゃない。軍事需要でどんどん金がまわって欲望が膨れ上がり始める。そしてそれが弾けたとしてもまた復興事業でバブルが始まるんだ。今度は終わらせはしない。ガキも大人も欲望にまみれてもがき苦しみ俺の食い物になるんだ。素晴らしいだろ?」
男の話を聞きながら、イトマキは途方もないことに巻き込まれ、さらには自分がその片棒を担っていたことに呆然としていた。
「さて、伝書鳩がUSBメモリってやつを届けてくれたし、あとは教授どもが学会で論文で発表する手伝いをしないとな。これから順番にPUCSのガキどもを目覚めさせてやる。ただし、純粋に愛情の濃い奴だけな。お前はこれからどうする?カウンセリングをやめて子供たちが死んで行くのをただ見るか?それとも俺の食い物を調達するために今の仕事を続けるか?どちらも辛いだろ?苦しいだろ?」
男は笑いを堪え切れないのか口元を拳で抑えて我慢している。
イトマキはどうすべきか、このままこの男の言いなりになるのか、それとも患者たちを見殺しにするのか、苦渋の選択を迫られた。
「お前の答え、ぜひ楽しみにしているよ。糸巻きのツムで眠ったお姫様。」
男は優しく甘い声でイトマキの耳元で囁き、頬にキスをした。その瞬間、イトマキは膝から崩れ落ちた。体が自由になったが、イトマキは力尽きてしばらくそのまま座り込んだ。
周りを見渡すが、女子トイレには自分しかいなかった。
そして足元には真っ白な長方形の紙が落ちていた。
ようやく全貌が明らかになりはじめました。
イトマキ達はとんでもない陰謀に巻き込まれていました。
これからどうなるんでしょう・・・。
そしてイトマキの選択は?!




