43/支配者
休憩室で、イトマキ・豊平・岩見の三人は頭をつき合わせてタブレット端末のデータを見ている。
それは例の岩見が豊平に頼んだ患者数の推移のデータだった。
三人三様、難しそうな顔をしている。
「まぁ病院だから患者来るわけだけどさ、今まで満床になって断るってこと、なかったよな。」
「それは病床を増やしたからっていうのもありますけどぉ。」
「それでもこのデータもよく考えたら不思議ですよね・・・。」
三人は口々に思ったことを言う。
病院は、病室が満床(病室のベッドが全て患者で埋まる)になると、新規の患者を別の病院へ移すか、長期入院の患者を別の病院へ移す事が日常茶飯事である。
しかし、豊平が集計したPUCSの病棟だけは、ほとんど満床になったとしても満床になった時点で衰弱死する患者が発生してベッドが空き、そこを埋めるように新たに患者がやって来る。
「PUCS自体、患者の体力の消耗が激しくて衰弱死してしまうから満床になることなんてないですよぉ。」
豊平は岩見にこき使われたせいで、思わず刺のある言い方をしてしまった。はっと我に返って岩見を見ると、意外に落ち込んでいた。
「うん・・・そうだよなぁ。なんかの役に立つかと思ったんだけどさ・・・。俺にはお前らみたいな才能・・・やっぱりないんだな。」
岩見は乾いた笑いをしながら俯いていた。いつの間にか、岩見は次々と新しい発見をしていくイトマキや豊平たちに対して憧れと劣等感を抱いていた。
「やっぱ俺はお前らには着いていけねーや。って、お前らと仲間になったつもりもなかったけどな。」
顔をあげて剣のある事を言う岩見だったが、その表情は悲壮感が漂っていた。
「岩見先生!岩見先生が居てくださったからいろいろな事に気がつけたんですよ!だからそんなに自分を卑下しないでください!」
イトマキは岩見の気持ちに気づき、励まそうとしたが、岩見は無言で立ち上がって背を向けながら片手を振って休憩室から去った。
残されたイトマキと豊平は、岩見が思いつめていた事を改めて気づき、岩見の力になれなかったことに肩を落とした。
「うう・・・僕が、僕が文句なんかいわなかったら・・・。」
豊平は思わず泣き始める。すかさずイトマキはティシュ箱を渡し、豊平は大きな音を立てて鼻をかんだ。
「豊平先生、せっかくデータ集計したんですし、絶対無駄にならないですよ。むしろ、『ほら、俺の言った通りだろ?!』って岩見先生に言わせましょうよ!」
岩見の真似をするイトマキに、豊平は泣きながら笑った。
確かにイトマキにとっても、岩見の考えは鋭いと思っていた。自衛隊病院時代は軽度のPUCSの患者ばかり診ていたせいで、重度のPUCSの患者数の推移にまで考えが至らなかった。
それはやはり外科医である岩見だからこそ気づけたのではないかとイトマキは思っていた。
あとは、その岩見の考えた患者の推移が何を意味しているのか、イトマキはそれが分かれば岩見は自信を取り戻すだろうと考えていた。
やがて休憩時間が終わり、イトマキは午後の診察を始めた。
いつも診察に来るのは母親が多いが、時には両親揃って診察に来ることもある。平日に両親が揃ってまで診察に来るということは、母親だけに患者のことを任せるのではなく、夫婦揃って患者を見守るという良い傾向でもある。
しかし、だからと言ってそれが全て一概にいいというわけではない。イトマキはそのことで気になる夫婦が居た。
中島遥香という、元々言葉にハンディキャップのあるPUCSの患者が居るのだが、その両親は必ずと言っていいほど、いつも夫婦二人でイトマキの診察に訪れる。
周囲の診察待ちの母親たちからすれば、子供思い・奥さん思いのいい夫に見える。しかも父親はコミュニケーション能力も高く、すぐ周囲と打ち解けて仲良くなっている。反面、母親のほうは物静かだった。
中島遥香の両親が来た時は、必ず診察に訪れた他の母親たちは
「中島さんの旦那さんがうらやましいわぁ。」
と口々に中島遥香の父を羨ましそうに褒めていた。
最初はイトマキも中島夫婦のことを、子供思いの仲の良い夫婦だと思っていた。しかし、次第に回数を重ねるごとに、必ず夫婦二人で平日に診察を訪れることに違和感を感じた。
そしてもう一つの違和感は、妻が何か喋ろうとすると、夫が遮って代弁し、
「な、そうだろ?」
と妻に同意を求めて納得させていた。夫が妻に対してあまりにも過干渉すぎるのだ。言葉や言い方は優しいのだが、まるで妻に喋らせまいと監視・支配しているような印象を受けた。
イトマキはおそらくこの夫婦、そしてこの家族自体がかなり危険な状況にあるように感じた。
一旦、妻と夫と別々に話をしたいが、どう切り出すべきかイトマキは迷っていた。もしかしたら、本当は妻は何か言いたいに違いない。
しかし、夫は在宅の建築デザイナーのため、いつも自宅におり、妻も働きに行くほど生活には困っていないため、妻ひとりでこの診療室に来ることは恐らく難しいだろう。
もしかすると、これは最悪の場合、刑事事件に発展するかもしれない、そう思いながらも、表面上は穏やかに取り繕い、中島遥香の両親の診察をしていた。
できることなら早く、どうにかしてこの夫という支配者から妻を開放したいと、イトマキは内心焦っていた。
―岩見先生の強引さが羨ましい・・・。
イトマキは中島遥香の両親と話しながら、岩見のその強引さや他人の心に土足で入るようなお節介さが羨ましくてしょうがなかった。
かと言って精神科医は間違っても、相手の心へのアプローチの方法を強引にしてはならない。
イトマキは焦る気持ちと、精神科医としての正しいアプローチとの間で悩んでいた。




