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43/reboot  作者: 煌洲 桜子
43/reboot
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ホオジロとカッコウ

 私は多忙な仕事の合間を縫って、自宅に帰り、灯りもつけないリビングでケーブルテレビが放送している海外の自然ドキュメンタリーをぼんやりと見ていた。

 そこでは小さくて可愛らしいホオジロの巣に大きなカッコウが卵を産んでいた。カッコウなどのカッコウ科の鳥は、他の鳥の巣に卵を産み、その巣の主に孵化から子育てまでさせる。これは托卵という行為で、この場合はホオジロがカッコウの雛を自分の雛と思い育てるのだろう。

 孵化したカッコウの雛は先に孵化したホオジロの雛や孵化する前の卵まで、全てを巣の外へ捨ててしまった。そして、ホオジロに気づかれないよう、ホオジロに似た姿にカッコウの雛は擬態する。

 私は、巣を壊しかねないくらい大きく成長した雛がカッコウの雛と気が付かず、自分の雛だと信じてやまずに健気に育てるホオジロに、愚かさと悲しさを感じずにはいられなかった。

 このドキュメンタリー番組を見ているもののほとんどは、人間ならこんなことあり得ないと思うだろう。だが、私は人間もまた、同じ種族同士で托卵をすることを知った。


 私は父を反面教師に、結婚した相手としか愛し合わないことを固く心に近い、また自分が一生愛するに値する女性と結婚した。

 しかし残念なことに、私達夫婦には子供を作るのに問題があった。

 私の精子は普通の男性より動きが弱く、人工授精でない限り、自然と子供を授かるのは難しいだろうと産婦人科医から告げられた。

 それから私達夫婦は、定期的に産婦人科に通い、私は個室で虚しい思いを、妻は精神的にも肉体的にも辛い思いをした。

 そしてようやく子宝を授かった。とても可愛らしい娘だった。初めてガラス越しから見る娘の姿に自然と涙がこぼれた。

 私は育児に積極的に参加しようとあれこれ妻に娘の世話をさせてほしいと言ったが、妻は私が娘を風呂に入れたり娘の裸を見せるような用事をさせるのをやんわりと断った。

 おそらく産後の母性本能が働いて、自分の子供のことで神経質になっているのだろうと思い、なるだけ妻に快適に過ごしてもらえるようにと家事に勤しんだ。


 やがて娘が10歳になった夏の頃。娘が夏の暑さが堪えたのか、キャミソールを着てリビングで涼んで来た時のことだった。

 ふと見た娘の両脇は平坦できれいなものだった。

 そこで、私は急に違和感を覚えた。私は副乳という珍しいものを母親の遺伝子から授かっている。

 副乳とは、退化して消えるはずだった複数の乳房の一部が退化したまま体に残るものだ。人によっては、ほぼホクロのように目立たないものもあれば、私のように赤ん坊の乳房の出来損ないのようなものが両脇に盛り上がって付いている場合もある。私は自分の副乳が恥ずかしくてタンクトップなどの袖のない夏服を人前では着ないようにしていた。

 妻も娘には恥ずかしい思いをさせまいと、いつもしっかりとどんな暑い日でも短い袖のある夏服を着せているのだと思っていた。

 しかし知人と旅行に行くと出かけた妻から開放された娘は、妻の言いつけを破って暑さに負けてキャミソールを来て部屋をうろついている。


 私は娘のその両脇を見て、だんだんと気分が悪くなって、早歩きで書斎へ向かった。

 生まれた時に既に血液検査は済んでおり、娘の血液型は私と妻と同じA+だった。その結果を見て、まごうことなく自分の子供だと思っていた。しかし、遺伝するはずの副乳が遺伝していないのはなぜなのか・・・。

 この10年の歳月を経て、私は娘が本当に自分の子供なのか疑問を抱き始めた。

 遺伝子検査は夫婦双方の同意がないと出来ない。おそらく妻は遺伝子検査を様々な理由を付けて拒否するだろう。

 私は遺伝子検査以外のあらゆる方法で、子供が生まれるまでの経緯を徹底的に洗いだした。

 そして、私はその結果、驚愕の事実を思い知らされる。

 妻と産婦人科の男性医師はもともと知り合いで肉体関係にあったこと、妻は長い間ピルを服用して私と子供を作ろうとしなかったこと、そして私の精子は正常なものだったが男性医師が診察の際に他人のものとすり替えて私の精子に問題があるように見せかけたこと。

 私が個室で虚しく種を採取している間、妻は排卵剤の投与も卵子の採取もせず、ただ男性医師と次の逢瀬の約束をそこで交わしているだけだった。そして私の精子は虚しさを堪えながら採取した努力の甲斐もなく、全て廃棄処分されていた。

 不妊治療の頃からお互いの夜の営みも妻から断られ、女性にしかわからない不妊治療の辛さを少しでも和らげようとけして無理強いはしなかった。

 しかしそれはおそらく妻がピルを辞めたのと同時期であり、妻は産婦人科の男性医師の子供を身ごもる計画をしていたのだ。

 そして生まれてきた娘は、妻と産婦人科医との子であり、妻は娘に副乳がないのが私に見つからないよう必死で娘の肌を見せようとしなかったのだ。


 私は多忙な仕事の合間を縫って、妻や娘に精一杯愛情を注いできた。だが、本当は私はカッコウに托卵されて健気に自分の子供と信じて育ててきた愚かなホオジロだった。


 私は調べあげた証拠を妻に見せた。妻は泣き崩れ、自分の過ちを詫び、男性医師とは過去のことでもう今は関係がない、愛しているのはあなただけだと私に土下座した。

 もちろん私は妻が反省しているのは真っ赤な嘘だと知っている。最近行った知人との旅行も、その男性医師との旅行だということも本当は知っていた。


 さぞこの10年以上、妻は私を欺き続けて楽しかったことだろう。


 妻の姿をしたカッコウは私の巣に卵を産み、私の孵化する前の卵達を全て捨ててしまった。そして、娘の姿をしたカッコウの雛は、自分の出生の秘密も知らず、我が家の子として擬態している。人間の姿そのものなので、托卵されていたなどと気がつくことはもしかしたら永遠になかったかもしれない。

 いや、あの時あいつに聞かず、全く疑うことすらせず、無条件に妻が生んだ子を祝福してしまった私にも問題があるのだ。

 妻は、女というものは、父のように性欲に支配された醜い生き物だとは思っていなかった。そのことすら疑わなかった私も間違っていた。

 裏切られた事、嘘をつき続けられた事、この家族がまやかしだったこと。

 娘の小さな手が私の指を掴んだ時の喜び、テーマパークで駄々をこねたことを愛らしく感じたこと、おゆうぎ会で歌う姿に感動したこと・・・。その全ては、私の愛情は、全て無駄だったのだ。

 妻の長年の裏切りで、私の人間らしい温かな感情が、カッコウの雛に押しつぶされた小さなホオジロの巣のようにボロボロと崩れ去って跡形も無くなった。

 残ったのは冷たい心臓と、自分の身を切り裂き血の涙を流し、全てを燃やし尽くして無きものにしたいほどの憎悪だった。


 私は泣き崩れて謝罪する妻に、善き夫を演じて、全てを信じたふりをして、全てを許したふりをした。

 だが私は絶対に、妻も娘も男も許さない。


 書斎へ移り、ランプの灯りだけのほの暗い中、私は椅子に背を預けて独りごちる。


 「あの医者はさっさと片付けろ。」

 『女と子供はどうする?』

 「そう急くな。少し考えさせてくれ。たっぷりと苦しむような方法をな・・・。」


 ランプの灯りが作り出す私の影の中で、あいつが嬉しそうに舌なめずりをしている。


参考

托卵:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%98%E5%8D%B5

托卵たくらんとは、卵の世話を他の個体に托する動物の習性のことである。


副乳:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%AF%E4%B9%B3

対のほくろのようなものがお腹のあたりにあるいる人もいれば、脇に赤ちゃんの胸の出来損ないみたいなもの、妊娠を機に副乳からも母乳が出る方など様々なバリエーションがあります。


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