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43/reboot  作者: 煌洲 桜子
43/reboot
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43/USB

 稲村米子その後順調に回復し、無事退院する運びとなった。稲村は今後、定期的な京帝大学病院での検査を受けつつ、自宅療養で自宅近くのリハビリ施設を併設した整形外科へ通院することが決まった。

 退院前日の昼下がり、リハビリ室から車椅子で出た稲村の前に、花束を抱えた豊平が真っ赤な顔をして汗を流しながら待っていた。


 「あ、あの、稲村さん!」


 豊平は胸の鼓動が耳の鼓膜まで聞こえるほど緊張していた。


 「ずっと前から・・・あなたのことが好きでした!よかったら僕とっ!」

 「豊平先生、以前お渡ししたUSB返していただけません?」


 豊平がその先を言おうとした時、稲村はあからさまに冷たく要件を伝えた。

 豊平は花束ではなく、ポケットの中にいつも大事に仕舞っていたUSBを取り出して慌てて稲村に渡した。


 「中身、見ました?」


 そう言いながら稲村はUSBを受け取る。豊平は見ていないと首を横に振った。

 稲村は廊下の窓辺へ向かい、車椅子から立ち上がって窓を開けようとするが、うまく立ち上がることができなかった。豊平には何の意図があるのか分からないがとりあえず稲村の代わりに窓を開けた。

 すると、稲村は豊平に窓を開けてくれた礼も言わず、USBを窓の外へ放り投げた。

 思わず豊平は窓から身を乗り出してUSBの行方を追った。


 「え?あんなに大事にしていたのに、いいんですか?」


 豊平は窓辺から離れて稲村を見る。しかし稲村な不機嫌な顔のまま答えようとしなかった。


 「あんなもの要りません。それにもう私に構うのやめていただけません?先生に私は不釣り合いです。」


 稲村はそう冷たく言い放ち、呆然と立ち尽くす豊平の横を車椅子で通りすぎていった。

 豊平は稲村の後ろ姿を見ることも出来ず、ただ呆然と立ち尽くし、花束に大粒の涙を落とした。


 結局その花束はナースセンター受付に飾られた。


 豊平は振られると自分でも予想していたものの、ここまで手ひどく振られるとは思っておらず、しばらくずっと目を赤く腫らしながらうつろな表情で仕事をしていた。

 看護師たちは豊平の顛末を知っており、皆腫れ物を扱うように接していた。

 しかしこのままでは島松の酒の肴になってしまうと危惧した豊平は、ふと思いついて廊下で立ち止まってイトマキに診察依頼のメールを送った。

 とにかく、今はイトマキに自分の苦しみを聞いてもらい、少しでもこの失恋から立ち直ろうと考えていた。

 その時、誰かが豊平の背中を平手で力強く叩いた。

 豊平が振り向くと、そこには患者の両親に術後の話をし終わった岩見が立っていた。


 「話は聞いた。そういう時もある・・・。俺はむしろお前が2次元を卒業してくれただけでも嬉しい!」

 「違いますVRIヴァーチャルリアリティアイドルです!」


 岩見は豊平の肩を組み、豊平を励ました。また豊平は稲村の言葉を思い出しポロポロとその場で泣き始めた。


 「おいおい、こんなところで・・・、あーくそっ、便所で泣いて来い!」

 「だって、だって・・・。」


 女々しく泣く豊平に岩見は動揺して肩から手を離して頭を掻いた。


 「だってだってて、なんだよ!お前だって俺に『振られるのは分かってます』とか言っておきながら今更大泣きかよ?!」


 岩見は腕を組んでため息をついた。


 「それもありますけどぉ・・・、稲村さんがあんなに大切にしてたUSBを捨てるなんて・・・。」

 「USB?とりあえず休憩室いこう、な。」


 岩見は豊平をなだめながら休憩室で話を聞くことにした。

 なんでも、豊平は稲村が退院する予定だった日『大切なものだから預かっていてほしい』と頼まれて、今の今まで稲村からUSBを預かっていた。しかもご丁寧にUSBの中身まで見ないという純情ぶりだった。

 そんな豊平の忠信までもを反故にした稲村に、岩見は怒りを覚えた。


 「いくらなんでもモテるからって、男ひとりの人生弄んでバカにしやがって!」

 「い、岩見先生落ち着いて!」

 「そんなもん落ち着いてられるか!今すぐあの女の鼻、明かしてやるぞ!」


 そう言って岩見は立ち上がった。


 「まさか、やめてくださいよ!稲村さんに何か酷いことしようとか」

 「心配すんなって、俺だってそんなに野暮じゃねーよ。」


 豊平は顔を真っ青にして、岩見の凶行をやめさせようと腰にしがみ付く。しかし、岩見はそんな豊平を慰めるように見下ろして、莞爾と笑った。


 「米子ちゃんはUSBいらないって捨てたんだよな?捨てたってことは俺が見てもいいってことだ。よし、豊平、落とした場所まで案内しろ!それとも島松センセイの地獄の風俗カウンセリングを受けに行くか?」

 「い、嫌です。島松先生だけには今は会いたくないです。」


 豊平は顔の肉を揺らしながら首を横に振り、しぶしぶ岩見に従うことにした。


 まだ日は暮れておらず、稲村が落としたUSBの場所付近に行くと、そこは膝丈の生垣だった。一応懐中電灯を持った二人は生垣の中を探し、USBを見つけることができた。


 「しかし、こんな時代にUSBでデータ持ち歩くなんて本当に名前負けしない古風な女だなぁ、米子ちゃんは・・・。」


 岩見は拾ったUSBをしげしげと見る。今ではデータは完全にクラウド化か、個人でも簡単に扱えるサーバー機能付きのPCを使って、どこでも情報を持ち運べるようになった。今ではUSBポートは周辺機器を繋ぐだけの役割しかない。

 その時、豊平のPHS(携帯電話)にイトマキから電話が入る。


 「あ、イトマキ先生からだ。はい、豊平です。あの、実は、その、えっと」

 「貸せ。」


 岩見は言いよどむ豊平のPHSを取り上げ、豊平と一緒にイトマキの診察室へ行くと告げて、豊平に断りもなく通話を切った。

 複雑な心境で豊平は岩見を見つめる。


 「よほどUSBで持ち歩かないとヤバいシロモノってことは、経済界の大物達の性癖でも収集してたのかなぁ〜。」


 岩見はUSBの中身にニヤニヤと思いを馳せながら大股で嬉しそうにイトマキの診察室へと向かった。豊平も慌てて小走りで罪悪感を覚えながら岩見の背中を追った。



 稲村の退院の日、ロビーで一般病棟で世話になった医師や看護師が稲村を見送りにきていた。稲村の目はなぜか赤く腫れぼったくなっていた。

 

 「お母さん・・・。」

 「なあに?」


 稲村は車椅子に乗りながら、後ろにいる母の方を振り返った。


 「ありがとう。」


 稲村は穏やかな口調でそう言った。後ろの母は嗚咽を堪えながらハンカチで涙を拭った。


 「いいのよ、生きていてくれるだけで、それだけでお母さんはもう十分だから。」 


 やがて、タクシーが到着し、稲村と母はタクシーに乗り込んだ。タクシーの扉は締り、静かに病院から遠ざかり始める。

 稲村は憂いを帯びた表情で、小さくなっていく病院を振り返った。


ーさよなら・・・。豊平先生。


 稲村の頬に静かに涙が伝った。

 

USBが古いとか言いながら、現役でPHS(携帯電話)が活躍しています。


って・・・この話を読んでいる方でPHSをご存知の方はどれくらいいらっしゃるんでしょうか・・・。

2000年初頭、普通の携帯とPHSは大きな覇権争いをしていましたが、基地局や電波状況などなどの関係で現在は普通の携帯やスマホが主流になりました。

一方PHSは、心臓に埋め込まれたペースメーカーや医療機器に影響を与えないということで、病院内でお医者さん方が使用しているようです。

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