水の泡
最近、池で釣りをする俺たちのようなサボり組を尻目に、リータは何かに取り憑かれたかのように狩りに出ている。それもまるで寝る間も惜しんで、という言葉がぴったりだった。
俺もLv上げが楽しかった頃はリータみたいな感じに周りから見られてたんだろうかと、ぼんやりしながら池を眺める。
この頃、リータはよくメリッサと一緒に狩りをしているらしい。リータはもう俺に声も掛けず、メリッサに「女子会!女子会!」と言って頻繁に狩りに誘っている。メリッサもリータの誘いに快く着いていってるようだった。
「女はいいよなぁ・・・。好きな人を気軽に誘えて・・・。」
俺はふとため息をつく。今の不甲斐ない自分に対しても、好きなメリッサをリータのようにそう簡単に狩りに誘えないことに対しても。
「なんだよ、何にも変わんないじゃん!」
そう言って俺は頭を掻きむしる。けれど、ふと、何と比較して言っているのだろうと頭を傾げてしまう。最近こんなことがよく続く。雷のせいだろうか?それともタルタロスの1階の時からだろうか。
また訳がわからなくなって俺は肘をついてため息をつくばかりだった。
そんな時、メリッサから個人チャットが入った。
『水エリアに、ウォータークィーンが出たの!助けて』
俺は体を飛び起こすように釣り池から出て、慌てて水エリアに向かった。
水エリアのウォータークィーンはボスの中でも厄介な部類に入る。水の中ということもあって、俺達のHPの消費は激しく、ウォータークィーンのHPの回復は早い上にHP自体も多い。後衛クラス二人じゃとても太刀打ちできない。こういう場合は前衛クラスがウォータークィーンのHPが回復する前にガツガツ削らないと倒せない。
俺は水エリアへ向かう地下をひた走りながらリータとメリッサたちの場所へ向かった。
やがて水エリアの入り口に到着し、思い切って水中に飛び込む。水しぶきが上がり、俺の体が水中へ沈んでいく。
水の底へふんわりと着地すると、俺はリータとメリッサを探して大声で叫ぶ。するとメリッサの声が遠くの方向から聞こえてきた。俺はその方向に向かってひた走る。
到着すると、そこにはMPが切れて疲れきったメリッサと、鬼の形相で立ち向かうリータの姿があった。
リータの格好は、後衛クラスではなく前衛クラスの装備や武器ばかりになっていて、得意とする補助魔法クラスの杖を使わず、肉弾戦の剣を振り回していた。
補助魔法クラスは前衛のようにHPが多いわけではないが、無理をしてLvをあげようとすればこういった前衛よりの装備になってしまうのはしかたない。
だが、何がそこまでリータを駆り立てるのかわからなかった。
いつもみんなの後ろで呑気に歌を歌いながら経験値のおすそわけ目当てだったあの頃とは打って変わって、目を血走らせて怒りに任せて剣を振り回している。
「ごめんなさい・・・。回復が間に合わなくて・・・。」
メリッサは休憩しながらMPを貯めていた。
「しょうがないよ!HP少ないリータが前衛やるからだ!」
HPの少ないキャラがボスに単独で立ち向かえば、後衛の修道僧クラスは回復魔法に専念するしかなくなり、MPもあっという間になくなってしまう。
「バカ野郎!帰還すりゃいいのに!」
俺はそう言いながらリータの横に割って入る。
「ふざけんな!絶対倒す!」
リータは俺の顔も見ずにひたすらウォータークィーンを切り続ける。だがリータの装備が前衛クラスのいい武器だったとしても、攻撃力がもともとなければ意味がない。
リータがいくら切りつけたところでウォータークィーンはすぐに回復してしまう。
その時、ウォータークィーンの一撃がリータの腹部を貫通する。
「くそっ、くそっ・・・。」
そう言いながらリータは倒れた。
「しばらくそこで頭冷やしとけ!」
俺は倒れたリータを尻目にウォータークィーンを切りつける。相手のHPの回復より早く、そして強い打撃を与えて倒さなくてはいけない。
「メリッサ、俺が倒してからリータを復活させてくれ!」
ここでメリッサのMPが回復してすぐにリータを復活されては厄介だ。また考えもなしに殺されて、経験値をバカみたいに削られ、メリッサにもまた負担をかける。
メリッサもここでの戦い方は熟知しているはずだし、おそらくリータの意見を尊重して手出しはしなかったのだろう。
メリッサはMPがだいぶ回復したのか、俺と自分にも回復呪文をかけつつ、氷属性の魔法で攻撃しながら杖で殴る。
俺とメリッサのコンビネーションで、ようやくウォータークィーンは水の泡となって消滅した。
「うぉー・・・疲れた。」
俺は久しぶりのウォータークィーンとの戦いで思わず疲れてその場に座り込んだ。
リータは死んだままバカだの邪魔だの文句を言ってくる。
「邪魔なのはお前だろ?なんで打撃力もないのに前衛クラスみたいな真似するんだよ。メリッサにだって迷惑かけてるじゃないか!」
「ふざけんな!あたしはあんたなんかいなくても倒せるもん!」
死んでうつ伏せのままの姿で弁解するリータは、どこかマヌケにしか見えなくて俺は思わず笑いを噛み殺した。
「もう・・・ふたりとも喧嘩するほど仲がいいんだから。」
メリッサは俺たちふたりの会話をMP回復しながら楽しげに見ていた。
「ち、違うよ!」
「こんなスケベ野郎大嫌い!」
俺達が否定すると、メリッサはそっぽを向いて肩を震わせながら笑いを堪えていた。
やがてメリッサが復活の呪文を唱えてリータは生き返った。
「うー・・・いたーい・・・。」
復活したリータは気だるそうに体を起こして、俺を激しくにらみつけた。
「ジオみたいなスケベで腑抜けな奴なんて、なんで呼んだの!」
せっかく助けてやったのに、リータの言い草に思わずイラっときて苦笑いをした。落ち着け俺、落ち着け俺、ここはNonPK鯖だから相手斬れない・・・。
多分PK(アバター同士での殺し合い)が出来ていたら俺は迷わずリータを斬っていたかもしれない。
しかし怒りを露わにするリータに対して、メリッサの反応は呑気なものだった。
「まだリータちゃんにはここは早かったね。もっと別の狩場でガンガンLv上げしましょ。」
メリッサがリータに向かって小首をかしげながら微笑む。リータはメリッサの言葉にブスブスと怒りを燻らせたままだったが渋々したがった。
「ちょっ、メリッサ、なんでリータのやってること怒らないんだよ?」
俺はメリッサがリータを甘やかしているのが気に食わなかった。同性に妬くのもなさけないけど、さっきリータの言ったことを諌めなかったメリッサはおかしいとしかいいようがなかった。
メリッサは俺の言った事に、目を見開いてきょとんとしている。
「だって、Lv上げしたいっていう人を応援しちゃいけないの?」
そうメリッサに言われて思わず胸が痛かった。確かに俺は最近狩りをサボりがちだった。そしてリータは間違ってはいるものの必死でLv上げをしている。
応援するならきっと俺じゃなくリータなのはしょうがない・・・。言われてみれば当たり前のことだった。
「ふん、ザマーみろバーカ!」
リータはメリッサの後ろで俺に向かってアッカンベーをしている。悔しいけど言い返す言葉が見当たらなかった。
俺は助けに来たはずなのに、文句を言われた挙句メリッサにサボり癖を指摘されて恥ずかしくてたまらなかった。
ああ、ウォータークィーンみたいに今、水の泡になって消えることができたらどんなに楽だろうと、がっくりと落ち込んだ。
たまにはちゃんとRPGらしいことをしないと・・・。




