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43/reboot  作者: 煌洲 桜子
43/reboot
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43/開かれた懺悔室

 真駒からこってり絞られた後のイトマキは、カウンセリングに来る患者の親に自分が落ち込んでいるのを悟られないよう、いつも通りにしかし慎重に接していた。

 イトマキのカウンセリングは長くて4〜50分ほど話すこともある。イトマキは時間の許す限り、患者の親の話をずっと聴き続けた。

 その為、仕事の効率の面から言うと、ても非効率である。それでも患者の親達は途切れることなく毎日イトマキの問診室へ列を成す。

 さらに患者の親がイトマキと話すことで緊張やストレスから開放されると自然と涙を流すため、ティッシュ箱の消費量が凄まじかった。

 上司の島松はカウンセリングの効率の悪さやテイッシュ箱の経費の事でイトマキにグチグチと文句を垂れていたが、その島松本人は腐れ縁の真駒に無理やり頼んで趣味の本を経費で落としている。最近の島松は患者の親がほとんど来ないことをいいことに、仕事中にも関わらず趣味の本に没頭してた。


 やがて定時で島松が帰った頃、イトマキの問診室に車椅子に乗った患者が現れた。

 PUCSの特例患者であった稲村米子だった。以前イトマキが一度診察した時、稲村米子の頬はだいぶふっくらとしていて、彼女が元気そうに振舞っていたのを覚えている。

 しかし今イトマキの目の前にいる稲村は、頬がこけて見るからに辛そうな表情をしていた。

 イトマキの初めの診察で稲村はPUCSの時のことは覚えていないといいながら、世間話のふりをしてイトマキの腹の中を探るような事をしていた。

 イトマキは、きっと稲村は何か言えない事があってイトマキ自身が信用に足る人物か探っていたのだろうと考えていた。

 そしてそのイトマキの予想は的中し、稲村は再びイトマキの居る問診室へ訪れた。


 「最近、お加減はどうですか?」

 「あまり・・・食欲がないんです。」


 稲村はイトマキの問いに答えたあと、しばらく俯いて手をもじもじとさせていた。しばらくの沈黙の後、稲村がぽつりと尋ねる。


 「自分の体を売ったり、身ごもった子を堕ろす女は汚いですよね・・・。」


 そう力なく言ったあと、稲村は静かに泣き始めた。


 「私はっ、汚い女なんです。自分の処女を大学推薦のために担任の先生に売ってっ、単位や就職のために大学の先生に体を売ってっ、仕事のために体を売ってっ・・・、あ、赤ちゃんもっ、殺して・・・。」


 稲村は俯きながら嗚咽混じりに言うと、自分の頭をかきむしり始めた。


 「私なんてっ、私なんて死ねばいいのに、こんな汚い女なんて!食べる価値だって、生きてる価値だって何にもないんです!」


 さらに稲村は自分の髪を引き千切らんばかりに、怒りに任せて掻きむしる。そこへイトマキが慌てて稲村の両手を掴み、稲村が落ちつた頃にそっと優しくその手を包んだ。


 「きれいとか、汚いとか、誰が決めるんですか?あまり人の評価ばかり気にしていると、体も心もボロボロになりますよ。」


 イトマキは車椅子に座る稲村の前に跪いて、稲村を見上げながら言った。そのイトマキの言葉に、稲村は呆然としていた。


 「先生は・・・同性として私のような女が汚いとは思わないんですか?!」


 まるでイトマキを試すように、あるいは甘えてすがるように稲村は問う。

 イトマキはしばらく熟慮した後にニッコリとえくぼを作って稲村に笑ってみせた。


 「私はきれいとか、汚いとか、そう言う人の尺度よりも、稲村さんがご自分の事やご自分の体の事をおろそかにしてしまうことのほうが私は心配です。」


 予想外のイトマキの言葉に稲村は、はっと我に返る。

 そこで、稲村の脳裏に母の姿が映し出される。

 

ーいつも自分の事を後回しにして、私を女手一つで育ててくれたお母さん。


 だから私も、早くお母さんを喜ばせたいと、あの頃単純にそして背伸びをして無理をして、母を喜ばせたい一心で自分の体を蔑ろにしてしまったことに稲村は十年の歳月をかけてようやく気がついた。


 「私・・・女手一つで育ててくれて、いつも自分のことを後回しにする母を喜ばせたくて、自分のことを後回しにしてたんですね・・・。どうして、今まで気が付かなかったんだろう・・・。」


 イトマキの手の中で稲村は固く手を握りながら大粒の涙を流した。

 稲村が落ち着き始めたのを見計らい、イトマキはティッシュ箱を稲村に渡した。


 「え?ティシュ、お借りしていいんですか?」

 「いつものことですから、好きなだけ使ってください。」


 稲村は泣いて鼻声で戸惑っていたものの、このままではしゃべるのもままならなくなると思い、イトマキの言葉通り遠慮無く涙を拭いて鼻をかんだ。

 イトマキはゴミ箱を稲村の横に置くと、自分の椅子に座り直した。稲村は感謝しつつ、遠慮がちにゴミ箱に使い終わったテッシュを捨てた。


 「稲村さんは、ご自分の事を責めなくていいと思います。ただ、もうこれからは自分の為に、自分の体や心を大切にしてくださいね。」


 そのイトマキの言葉に、稲村の心に重くのしかかっていたわだかまりが消えて、いつの間にか心身ともに軽くなったような気がしていた。


 「稲村さん・・・ずっと辛い思いをされていたんですね・・・。」


 イトマキの問いかけに、稲村は今頃になって自分を責め続けた理由を話すべきか迷っていたが、意を決して話始めた。


 「実は私、PUCSの状態の時に夢を・・・見ていたんです。」

 「その事は他の方にお話していますか?」


 稲村はイトマキの問に首を振る。


 「おかしな夢だったので、誰も信じてくれないって思って、黙っていたんです。」


 先程まで明るくなった稲村の顔がまた曇り始めた。


 「大丈夫です。私は信じますよ。」

 「どうしてですか?まだ何も話してないのに?」

 「私も、昔おそらくPUCSで、夢を見ていたからです。」


 にこやかに微笑みながらイトマキがPUCS状態になった経緯をかい摘んで話し、夢で見た内容を稲村に話して聞かせた。稲村は唖然とした表情でイトマキを見る。


 「先生にも、そんなお辛い時期があったんですね・・・。」


 イトマキの絶望的な過去と、それに反比例するような幸せな夢の世界の話を聞いて、稲村はイトマキの心の強さやしなやかさに胸を打たれた。

 そして稲村はPUCSの時のことをイトマキに全て打ち明けた。

 稲村は、知らないゲームの世界でゲームのアバター自身になってゲームをしていたこと、他にも同じゲーム仲間がいた事、突然の腹痛、そしてそのゲームの世界への違和感を感じて帰る術を探していたこと、その最中に仲間のひとりに自分のしてきたことを酷くなじられたことを思い出して自責の念に駆られたことなどを詳らかに話した。

 そして、誰かがあのゲームの世界から助け出してくれたが、相手の姿が見えなかったことも。


 「スーツを着てるみたいで、私を放り投げるくらい太い腕をしていたのは見えました。」


 イトマキは真剣に稲村の話を聞きながら、やはりPUCSの患者達は集団的無意識の中で繋がっていることに間違いがないと確信した。

 しかし、稲村自身のナイーブな問題もあるため、公にできるものではないと思い、稲村の為に自分の胸へ仕舞うことにした。

 稲村はどうやら今まで胸の中にわだかまっていたものを全て吐き出せてほっとした表情をしたのもつかの間、また何か思案しているようだった。


 「先生・・・、私みたいな女でも、恋をしてもいいんでしょうか・・・?」


 イトマキは予想もしなかった稲村の言葉に目を丸くした。イトマキはてっきり稲村なら引く手あまたの甘い恋をいくつもしてきたものと思っていたからだ。だが今、イトマキの前に居るのは純粋に恋をする乙女のように恥じらう稲村の姿だった。

 イトマキはその稲村の大人の女らしい容姿とは裏腹に思春期の少女のように恥じらう姿に言葉が出せず、ただ頷くだけだった。


 「あの・・・稲村さんが恋してる方って、どんな方なんですか?」


 イトマキは思わず医者としてではなく、女性の好奇心で稲村に聞いてしまった。稲村はそのことを気に止めることもなく話し始めた。


 「すごく純粋で、仕事熱心で、テレ屋さんで、とっても・・・なんっていうか・・・可愛い人?って言ったらいいんでしょうか?」


 窓辺から差す夕暮れの中、いつの間にか診察が女子トークに変わり、女二人が恋の話に花を咲かせていた。

今回の話の核とは全然違いますが、島松先生は自分の立場を利用して趣味の本に没頭しています。

ちなみに島松先生はヒガミ屋な上、小学生のような幼稚な嫌がらせもします。

島松先生はイトマキの苦手な物を知っているはずなのですが、どっかのお節介焼きの人が一計を案じます。

それが島松先生の趣味につながってくるわけですが、これはまた、別のお話。

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