43/ネバーランド
会議室では先日の言語野サルベージの件に関して、イトマキがその時録音したものを流していた。
三沢少年のか細く途切れ途切れの声が、大きな音量で会議室に響く。
『ここ・・・ベルセポネオンライン・・・だよ』『なんか・・・今日は・・・雷がすげーなぁ・・・。雨でも・・・降るのかな?』
「ベルセポネオンライン?」
PUCSプロジェクト長の真駒を筆頭に、皆が『ベルセポネオンライン』という言葉に首をかしげる。そして各々タブレット端末で調べてみるものの、そんなゲームは存在しないことに、再び会議室はざわめく。
「はい、彼は確かにベルセポネオンラインと言っています。しかし、実際に彼がいつも遊んでいたゲームは『キングダム戦記』というオンラインRPGゲームだそうです。もちろんこの『キングダム戦記』は存在しています。こちらが彼の親御さんからお借りした本です。」
そう言ってイトマキは三沢少年の母から借りた『キングダム戦記』の特典本を掲げて見せ、そしてこの本に記載されているコードを入力すると、本を購入した人のみがもらえる特典アイテムがもらえることを説明した。
「つまり彼は自分が普段遊んでいた実在の『キングダム戦記』とは言わなかった訳ですか。」
岩見は真駒が話すのを見ながら、イトマキが今朝話していたオカルトの話になってしまったらどうしようかと内心ハラハラしていた。
しかし岩見の思いとはよそに、イトマキはホワイトボードに以前岩見たちに見せたような図を書き始めた。
ホワイトボードに黒のペンで細長い山がいくつも書かれ、山の頂上から少し下のあたりに赤いペンで水平線を書く。どうやら集合的無意識の話をするのだろう。
「ここで、ユングが心理学の中で提唱している『集合的無意識』が『ベルセポネオンライン』と関係してるように思うんです。」
イトマキはまず集合的無意識について、以前岩見と豊平に説明したように説明する。
「それで、『集合的無意識』とその『ベルセポネオンライン』がどう関係していると?」
真駒はずれた老眼鏡を指で上げながら言った。
「つまり、無意識下にいる彼らは『ベルセポネオンライン』という架空のゲームで繋がっているのではないかと思うんです。」
そうイトマキが言うと、会議室はまたざわめいた。イトマキも真剣な顔で、一か八かの勝負に出ているのは明白だった。
ざわめく会議室の中で、イトマキは必死に証拠を出して説明する。
「患者さん方とその親御さんの面会の際、面会している患者さんも含め、全く関係のない病室の患者さんの脳波も示し合わせたかのように興奮状態になっています。これをオンラインゲームに置き換えましょう。患者さんたちはゲームの中にいて、面会に来た親御さんたちを敵と見なして攻撃している。攻撃しているから脳波が集団で興奮状態に陥っているのではないかと思います。」
そんなオンラインゲームと患者の脳の中をこじつけるのはあまりにも乱暴だと周囲がざわめいている。
そこに予想外の人物が声をあげる。
「ベルセルクだかなんだか知らんが、要はガキどもはネバーランドに居て、フック船長みたいな親と戦ってるってことかぁー?」
気だるげに背伸びをしながら同じ精神科医の島松が言う。珍しく、皆、島松の発言に妙に納得していた。
「にしても『集合的無意識』か。懐かしいねぇ。ユング自体がオカルトじみてるのによくそんなこと精神科医のくせに偉そうに言えたもんだな。」
どうやら島松はイトマキの援護ではなく揚げ足取りをしたかったようだ。島松にそう言われてイトマキは無言で俯いて赤面する。
皆イトマキの説に懐疑的な反面、畳みかけるように揚げ足を取る島松の行動に大人げなさを感じて気まずい雰囲気になっていた。
「まぁ、しかし、現に、彼は現在頭の中で架空のゲームをしています。ということは、彼はよほどゲームに執着していたとしか、今の時点では言い切れないですね。それ以外の伊東先生の説に関してはあまりにも医者としての客観性に欠けているとしか言い様がない。」
真駒はそう言いながら老眼鏡を白衣の袖で拭いていた。
「今回の言語野サルベージは、患者の脳内で何が起こっているのかの一部始終を知ることには成功しました。しかし、やはり一部分だけとは言え、今回の件から鑑みてもサルベージはすべきではないでしょう。よって今後もどんな理由があろうと原則、サルベージは禁止します。」
真駒の言葉に皆が頷く。イトマキは完全に孤立してしまった。
岩見と豊平が考えていた最悪の事態を今、現に目の当たりにしている。豊平は居心地が悪そうに俯いている。
そして会議は解散し、イトマキは真駒の部屋へ呼ばれていった。
会議室から出るメンバーたちは半信半疑な思いと、サルベージの恐ろしさを口にしていた。
重い足取りで会議室を出ようとした豊平の背中を、岩見は平手で力強く叩いた。
「背筋伸ばせ。所詮は言い出しっぺのイトマキが悪いんだ。お前が気にする必要はねーよ。」
豊平は叩かれた背中をさすりながら岩見を見上げた。その岩見の顔もどこか責任を感じているようで苦虫を噛んだようなバツの悪そうな表情をしている。
一方のイトマキは、会議室の荒唐無稽な説や言語野サルベージに関する失態に関して散々真駒に責められるものの、一応は言語野サルベージにおいて患者の脳内の現状を知ることが出来たことは快挙だと言って、言語野サルベージに関する今までの資料と結果の症例報告を無記名でまとめるよう、イトマキに言った。
会議室で、真駒はサルベージ禁止とは言ったものの、医者として、医学者として言語野サルベージに効果があったことに感動を禁じえなかったのだ。
だがおおっぴらに下っ端のものに手柄を取らせたくない真駒は、会議室でイトマキにムチを与えつつ、言語野サルベージの有効性についての症例報告だけで全ての罪を許すというアメでイトマキを懐柔しようとしている。
イトマキも今回の件では反省すべき点も多かったと思い、症例報告だけで済むのならと真駒の言い分に従った。
やがて真駒から開放され、イトマキがとぼとぼと自分の問診室へ戻ろうとしている時だった。
岩見が壁に背を預け、腕を組んでイトマキを遠くから見ていた。イトマキは岩見の横を無言で通り過ぎようとしたとき、岩見はイトマキの腕を掴んだ。
「昔、なんかの映画で、意識のない犯人の頭ん中に主人公が潜入して事件を解決するってのがあったんだよ。本当に、今はそんな映画の世界がうらやましいとつくづく思うな・・・。」
岩見はイトマキとは顔を合わせず、独り言のようにつぶやく。今の岩見には、これくらいしかイトマキを励ます術がなかった。それでもイトマキは岩見の意図を分かったようだった。
イトマキは静かに岩見の力の抜けた手から自分の腕を解いた。
「私と居ると、立場がなくなっちゃいますよ。」
イトマキは珍しく自嘲気味に俯きながら岩見に言った。
「そうだな。オカルト信奉の暴走特急に付き合ってると俺の体が持たねーよ。」
「お、オカルト信奉はいいとして暴走特急ってなんですか?」
「暴走特急は暴走特急だ。むしろお前はスティーブン・セガールに五体投地で謝れ。」
「五体投地って・・・。」
そう言ってイトマキは泣いているような、笑っているようなどちらも混ざった複雑な表情で吹き出した。
「まっ、痛い目見て反省しとけ。完璧すぎる人間ってのも敵を作りやすいし、ちょっとばっかりしくじったほうが、ちょうどよかったんじゃねーの。」
岩見はイトマキの頭に軽く手を載せて、ポンポンと軽く叩くと、そのまま背を向けて去って行った。
イトマキはその背中に、自分の養父の背中を重ね合わせていた。
岩見と外見も職業も何もかも違うけれど、不器用で恥ずかしがり屋で、しっかり自分のことを見守っていてくれて、いつでも信じていてくれる人だった。
「お父さん、私、間違ってなかったよね?」
今、養父が居てくれたらどんなアドバイスをもらえただろう・・・。イトマキは呟き、戸惑いながらそう思った。
参考
『意識不明の犯人の頭の中に潜入する映画』:the Cell
『暴走特急は暴走特急だ。むしろお前はスティーブン・セガールに五体投地で謝れ。』:スティーブン・セガールの暴走特急
the cellはそこそこグロいです。衣装とか映像が素敵なんですが、犯人の精神世界での拷問シーンとか・・・。




