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43/reboot  作者: 煌洲 桜子
43/reboot
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或る刑事の一生

 男は「のぞみ」という自分に付けられた女性的な名前を酷く嫌っていた。

 しかも柔道の重量級で鍛えた体躯に全ての顔のパーツがごついため、周囲から「希ちゃん」とからかわれる事が多かった。

 そんな見かけとは裏腹に、温厚で面倒見の良い男だった。

 男は少年課の刑事になり、少年少女の非行を止め、更生させることこそ自分の使命と感じていた。

 そんな男の気持ちをよそに、マル暴や機動隊は恵まれた男の体躯を喉から手が出るほど欲しがって、自分たちの元で働いて欲しいと願い出るが、男は頑として聞き入れなかった。

 男曰く、ひねくれてしまったまま大人になった奴はどうしようもない、成人しないうちに少しでも更生の機会を与えてこそ、その後の全ての犯罪抑止に繋がる。

 そう言われてマル暴も機動隊も男のことを諦めざるをえなかった。


 男は非行に走りかける少年少女の抑止や、あるいは少年院から出てきた子供たちがひねくれて再び過ちを犯さないよう、定期的に会いに言って話をすることもあった。

 少年院から出てきた者は、その後やさぐれてヤクザになることもあるが、男と関わった少年少女たちはほとんどと言っていいほどその後犯罪に手を染めることもなく、更生して明るい生活を送っていた。


 家族や学校から見放され、世界の全てに憎悪を抱き、ただ欲望のまま非行に走った少年少女たちを、男は絶対に見放そうとはしなかった。

 その男だけは絶対に彼らを信じ、男のその優しさが彼らを救った。

 彼らは最後まで自分の更生を信じてくれた男の期待に応えようと、自分の行いを償って改めて非行や犯罪に走るまいと決意させた。


 そんな刑事生活を送る男の元に、ある嬉しい知らせが届いた。昔自分が関わった少年が少年院を出て真面目に働き、立派な青年となって子供が出来て結婚することになったのだ。

 男は両手を挙げて喜び、青年の結婚式ではその大きな体躯を震わせながら親よりも大泣きするのだった。

 そして男と青年は世間話をしに彼らの家へ訪れるようになった。

 男は独身であり、青年たち家族の、慎ましくも穏やかで温かな生活を見て、いつも目頭が熱くなるのを覚えた。

 男は自分のやってきたことが正しいと思っていたと言うより、青年が更生して幸せな家庭を築いていることが嬉しくてたまらないようだった。

 しかし、そんな青年家族の幸せな日々は青年の事故死をきっかけに一変する。

 少年院で青年と知り合いになったヤクザが青年の家族の家へ上がり込み、青年の残した妻や娘の生活を不幸のどん底にたたき落としたのだ。

 男も青年の死後、残された家族のことを心配して訪れようと電話をかけたが、いつも青年の妻からやんわりと断られていた。

 未亡人に手を出すような野暮なことをするつもりなど男には毛頭なかったが、青年の妻が断るのならもう行かない方がいいのかもしれないと、男は呑気に考えていた。

 そして、その後、やはり青年の妻や娘たちには無理矢理にでも会うべきだったと後悔した。

 ある日、青年の妻から電話があり、自分の家にいる娘を助けて欲しいという言葉の後に彼女の悲鳴が聞こえて電話が途絶えた。

 男は他の部署に青年の妻の救出を頼み、男は青年たちの自宅へ向かった。そこで見たのは荒れ果てた部屋と、押入れの中で母を待つ骨と皮だけの幼い娘だった。

 男は悔しさをこらえながら救急車を呼び、青年の娘を保護した。

 やがてヤクザは捕まり、薬漬けにされて監禁されていた妻も保護の後、逮捕された。その母も薬物によるもので死亡してしまった。

 薬漬けにされた母の娘を引き取ろうとする親類縁者は誰もおらず、男は娘を自分の養子に迎えることにした。

 そして看病のため、もしくは青年の娘の最後を看取るため、男は長期の看護休暇を上司に届け出た。上司も、どうせこの男は言っても聞かないことを身に沁みて知っているため、渋々承諾した。


 それからというもの、男は青年の娘の看病のため、毎日病院を訪れた。

 最初は、男自身がもっと早くに事態に気がつくべきだったという後悔の念からだった。男は養女を看病しながら、いつも自分で自分を責め続けた。

 それからいっこうに容態が安定しない養女のために、柄にもなく神仏にすがり、怪しい健康グッズや開運グッズをとり憑かれたように購入しはじめた。

 いつしか養女のベッドサイドは怪しげな置物やツボや御札がぎっしりと置かれていた。

 自分を責め続けながら、その反対に自分は悪くないというように怪しい置物や開運の壷などが増えていく。

 男はある日ふと、これは養女を助けるためではなく、結局は自分の過ちを正当化して自分を助けるためなのだと気がついた。

 そう気がついてから机に山のように積まれた怪しげな神仏や偶像は全て捨て、まっさらになった机にはヌイグルミと花が飾られた。

 それからというもの、男はただ一心に、養女がこの世へ帰って来てくれることを祈った。

 男の念が通じたのか、養女は奇跡的に目を覚ました。それからは養女のリハビリとPTSDの治療に専念し、無事退院することができた。

 男と養女は一つ屋根の下で暮らすことになり、養女の心が安定すると、男は再び刑事に戻った。それでも養女には寂しい思いはさせまいと、幼い間は家政婦を雇って面倒を見てもらった。

 ある日、テーブルに家政婦が用意した赤飯と鯛があった時は、男はさすがに面喰らってしまった。

 男で一つで血の繋がらない子供を育てるのは仕事となんら変わりはないと軽い気持ちでいたが、実際には親としてこうして子供と対峙するとなると全く違うものなのだと男は思い知らされた。


 養女は男と暮らすことになんら抵抗はなかったものの、次第に成長していけば、自分の周りの物事が見えてきたり、相手に対してどう関わるべきか悩むようになっていた。

 男もそれを傍から見ていて分かっていた。

 初め、養女は「おじちゃん」と屈託なく言ってくれたが、成長するとともに「あの」「その」「すいません」と他人行儀になっていった。

 男はある日、養女に言った。

 「お前も俺も、悩んでいることには変わりない。だけど、俺のことを信じてくれ。絶対に何があっても、俺はお前を守り続ける。」

 男はそう言った後、なにやらプロポーズの言葉のような気がして気恥ずかしくなってそっぽを向いたが、養女は男の耳が赤くなっているのを見てクスクスと笑っていた。

 そこからお互いのわだかまりがほんの少し溶けたようだった。

 男の呼び名はあまり変わらないが、養女から労りの言葉を掛けてもらったその夜は1人布団で感涙し、学校の保護者面談に行けば、担任の教師から娘さんがあなたにいつも感謝していると聞かされて、また涙した。

 男はつくづく家族や子育ての難しさに直面することもあったが、養女がひねくれることもなく心身ともに健やかに成長してくれることが何よりも嬉しかった。

 そして時は流れ、養女は大学に合格し、寮で暮らすことになった。

 養女が寮で生活を始めるその日、養女は恥ずかしげに男に向かって言った。


 「お父さん、ありがとう。」


 桜の花の舞い散る中で、養女の健やかで優しい笑みに男は胸がいっぱいになった。

 男は、何が正しいか間違いかわからないまま、真っ暗な迷宮の中を、養女と共に手を繋いでいろいろなものを長い年月をかけて探し続けた。

 その答えを、養女が教えてくれたような気がしてならなかった。

 男は養女の背中を見送り、養女の背中が消えると駆け足でひとけのない路地でおいおいと感涙した。


 養女が寮に入り、男は十数年ぶりの一人暮らしに戻った。毎日帰る度、独り身の寂しさが堪えたが、それでもこの家で養女と暮らした日々を思い出しながら眠りにつくのだった。

 それから数日後、男が非番で外出していると、背中に鋭い痛みを感じた。振り返ると、そこには血まみれの包丁をもった以前のヤクザが立っていた。

 どうやら仮出所後に男を付け狙っていたようだった。

 ヤクザはお礼参りにと、男を正面から包丁で何度も何度も刺した。

 その時一瞬、男にはヤクザの顔がこの世のものとは思えない顔をしているように見えた。刑事の感ではなく、人間の原始的な直感だった。


―こいつはあのヤクザじゃない。


 男はそれから、自分を刺した本当の相手を探す長い旅へと出ることになった。

 

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