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43/reboot  作者: 煌洲 桜子
43/reboot
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43/ザクロの実

 岩見がいつものように出勤している途中、珍しくカフェの通り沿いの席で眉根を寄せているイトマキを見つけた。

 昨日の今日で気まずい思いをしていたが、今日はおそらくPUCSプロジェクト長の真駒にこってりと絞られることだろうと思い、励ますためにイトマキのいるカフェに向かった。


 イトマキは自分のモバイルPCを見ながら眉間にしわを寄せていると、横から手のひら大の大きなクッキーが滑りこんできた。

 見上げるとそこにはコーヒーを持った岩見がいた。よろよれのシャツによれよれのチノパンを着ている。


 「お、今日は机がきれいだな。」


 そう言って岩見はイトマキの横に座った。


 「まぁ今日は頑張れよ。先にご褒美やるよ。」

 「ありがとうございます。」


 イトマキ先ほどとは打って変わって無邪気にクッキーを頬張る。しっとりとしたクッキー生地に練りこまれたクランチされたマカダミアの食感とチョコ甘さがイトマキの頬をほころばせる。

 岩見はブラックのコーヒーを飲みながら、いつものイトマキに戻ってくれたことに内心ほっとしていた。


 「ところでまだ今日の会議の資料作ってんの?」


 岩見がイトマキのPCを覗こうとすると、イトマキは慌ててPCを閉じようとした。


 「いえ、資料はもう出来てるんですけど・・・。実は気になることがあって調べてたんです。」

 「気になること?」


 岩見はイトマキの言葉に首をかしげる。


 「以前、集合的無意識の話をしましたよね?」

 「ああ、西遊記と桃太郎の話か。」


 以前、イトマキは集合的無意識を西遊記と桃太郎で説明していた。要は住むところも違えば考え方も違っているのに、無意識下では皆繋がっている、という心理学で提唱されてきた説だ。


 「その無意識の話がどうしたんだ?」


 コーヒーをすすりながら岩見はイトマキを横目で見る。カフェの前に咲いていた桜の花はもう散り、今は青々とした緑の葉が茂っている。


 イトマキは岩見の横で先ほど調べていたものを見せようと、岩見にも見やすいようにPCを横にずらした。


 「ベルセポネオンラインは見つからなかったんですけど、ベルセポネって言葉で気になることがあるんです。」


 そう言ってイトマキはギリシャ神話のベルセポネの項目を見せた。


 「ベルセポネはもともと地上に居た美女だったんですけど、冥界のハデスがストーカーの末にベルセポネを冥界に連れ去ってしまうんです。」


 イトマキの説明に、岩見はコーヒーを置いて頷く。


 「ベルセポネの家族は心配してベルセポネを冥界まで迎えに行こうとするんですけど、ベルセポネはすでに冥界のザクロの実を食べてしまっていたんです。」

 「ザクロの実を食ったらどうなんの?」


 岩見はしげしげとPCに書かれた内容を読む。


 「冥界の食べ物を口にしたベルセポネは、この世へは帰ってこれなくなってしまった・・・。なんか聞いたことのある話だな?なんだっけな?」

 「そう、それなんです!」


 岩見の言葉に、イトマキは興奮気味にもう一つのブラウザページを開く。そこには日本の神話が書かれていた。


 「カグツチ(火の神)を生んだイザナミは黄泉平坂よもつひらさか、つまりあの世ですね。そこへ行ってしまったんです。黄泉平坂へ行ったイザナミを連れ返そうとイザナギは黄泉平坂へ向かうんです。でも、すでにイザナミは黄泉平坂の食べ物を食べてしまい、この世へ戻ってこれなくなるんです。」


 そうそう、それそれ、と岩見は相槌を打ったあとに、目を見開いてはっとする。そしてPCに向かう真剣な眼差しのイトマキの横顔を見た。


 「ギリシャ神話のベルセポネ、日本の神話のイザナミ、そして童話でお菓子の家を食べて帰れなくなったヘンゼルとグレーテル。この3つに共通していることは『あの世の食べ物を口にしてしまうと、この世に帰ってくることが難しくなる。』ということです。」


 岩見はイトマキのその言葉に思わず固唾を飲む。


 「つまり、昔の人達は神話や童話を通して『偶然あの世へ行ってしまった時は、あの世の食べ物を口にしてはいけない』と集団的無意識下で考えていたんでしょうね。」

 「お前、心理学者じゃなくて本当は民俗学学者なんじゃねーの?」


 イトマキが真剣に話す横で、岩見は茶化して見せるが、岩見のコーヒーを持つ手は若干震えていた。


 「まさかお前さ・・・患者が今、昏睡状態じゃなくてあの世に片足突っ込んでるとでも言いたいのか?そんな伝説だの神話だの出されたって根拠がなきゃ意味が無い。しかも俺たち医者ならそんなこと十分わかってるだろ?あれか?悪魔祓いや祈祷でも頼むか?」


 岩見はイトマキの説を畳みかけるように否定しているが、それはイトマキに対してというより、自分を納得させるためにあえて強く自分に言い聞かせるような口調だった。


 「そ、そうですよね。それならお医者さんなんていりませんよね。」


 イトマキは乾いた笑いをしながらPCを畳み、岩見にお礼を行って去って行った。


 「あー・・・そんな責めるつもりはなかったんだけどなぁ・・・。」


 岩見は苦い顔でコーヒーを啜った。

 医者である以上、オカルトじみたことはあまり信用すべきではないし、第一オカルトで全て片付けられてしまったらPUCSに20年以上関わってきた医師達の苦労が水の泡になってしまうのだ。

 それを思うと、岩見もイトマキの考えを信じたくなる一方で、医師として頑として否定しなければ自分や周りの医師達の立場が無くなってしまう。


 岩見は朝からカフェでひとり頭を抱え込んでしまった。


 「イトマキの話なんて聞くんじゃなかった・・・。」


 ほとほと困り果てた弱々しい声で岩見は唸った。

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