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43/reboot  作者: 煌洲 桜子
43/reboot
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43/眠り姫

 「先に患者の母親にはムンテラだ。」

 PUCSを統べる真駒を筆頭に、白衣の医師たちが長い列を作って三沢少年の母親の待つ問診室へ向かった。

 ムンテラとは医師達の中の隠語で「患者を言いくるめる」という意味がある。

 問診室は白衣の医師でぎゅうぎゅう詰めだった。そして座っているのは真駒と三沢少年の母親だけだった。


 「息子さんは現在も、安定した状態を保っておりますが、念のため、リカバリールームで1日経過を見てから病室に戻るようにします。」


 PUCSプロジェクトリーダーという肩書きのおかげで真駒はなんとか母親を言いくるめることができた。


 「それで・・・裕也は、なんて言ってたんですか?」


 母親の急な問いに、真駒たちは戸惑う。真駒たちはイトマキ以外、三沢少年が何と言って言っていたのか聞き取れなかったのだ。

 問診室がにわかにざわめいた。


 「あ、それは、後ほど解析して」


 またしても真駒が母親を言いくるめようとした時だった。


 「えっとですね、オンラインゲームの事を言ってました。」


 いつの間にかイトマキが白衣の山をかき分けながら、真駒の近くまでやってきた。


 「でも、なんというゲームかまでは、まだ今後確認してみないと分からないかと思います。」


 イトマキとカウンセリングで面識のある三沢少年の母親は、真駒の言葉よりもイトマキの言葉に心を許したようで、思わずその場で泣き始めた。

 自分の言葉を遮った上に勝手に話すイトマキを疎みながら、真駒は笑顔を絶やさないふりをしていた。


 「ああああの子、あの日、すごく楽しみにしてた『キングダム戦記』の特典本が届いたのに、封も切らずにそのまま自分の部屋にこもってたから、きっと、きっとそれが気になってたんでしょうか・・・?」


 母親は嗚咽混じりに三沢少年の、PUCSになる前の状況を話した。しかし、イトマキが聞いた『ベルセポネオンライン』とはやはり違っていた。


 「それは何とも言えませんが、少しお時間を頂くかとは思います。」


 そう言って真駒は三沢少年の母親をなだめた。

 やがて言語野サルベージの件に関しての話が終わり、三沢少年の母はお辞儀をして部屋を去っていった。

 彼女の足音が消えると、皆が大きなため息をついた。


 「伊東先生!このあとの会議でたっぷりと説明していただきますよ。それから私の許可なしに勝手な発言はしないように!」


 真駒はイトマキの差し出がましい行為に腹を立てたのか、珍しく怒りを露わにしていた。

 イトマキは肩をすくめて目を固くつぶって叱責に耐えた。それを島松は横目で内心ほくそ笑んでいた。


 真駒は次の会議日と時間を伝えると、肩を怒らせたまま問診室を後にした。そして他の医師もそれに続いて出て行った。


 「お前は本当に後先考えないバカ丸出しだな。お前にはいろいろ失望したよ。」


 最後尾で固まったままのイトマキの頭を、岩見が通りすがりながら平手で叩いて行った。

 

 「何がですか・・・。」


 後頭部をなでさすりながら、イトマキは岩見の背中に問いかける。


 「やっぱりお前の脅しに乗るんじゃなかった。あんな最低な実験やるんじゃなかった。」


 岩見は振り向いて怒りを露わにしている。


 「実験じゃありません!治療です!」


 そう弁解したイトマキの白衣の両袖を乱暴に掴み、岩見はイトマキを乱暴に壁に押し付けた。岩見の長い影がイトマキの小さな体をすっぽりと覆う。


 「お前のやったことは患者をモルモットにした実験だ!少しは親の気持ちを考えろ!」


 「でもっ!」


 岩見の言葉にイトマキは何か言おうとしたが、ふいに目を見開いて、何か言ってはいけないことを言いそうになって押し黙った。


 「なんだ、文句があるなら言ってみろ!」


 岩見の怒号が飛ぶ。イトマキは震えながら嵐が過ぎ去るのをただじっと待つように目と口を固く閉じた。

 岩見はフンと鼻を鳴らすと、イトマキから手を乱暴に離した。イトマキはよろめいて近くにあった机に手をついてつぶやく。


 「危なかった・・・。」


 岩見の怒りぶりもそうだが、イトマキは看護師長からけして口にしていけない言葉を感情的になって言ってしまいそうになった自分が怖くなっていた。

 岩見は乱暴に扉を閉め、ひとりになって緊張感から開放されたせいか、イトマキはそのまま震えながら膝をついた。

 その時、目の前に黒いスーツを着た足が見えた。この部屋には今、イトマキしかいない状況のはずだった。

 イトマキはとっさに身を固くし、目を閉じた。


 「イトマキか、いい名前をもらったね。」


 黒いスーツの男は語る。イトマキはこの男を知っていた。そしてこの男に惑わされてはいけないとひたすらに自分に言い聞かせている。


 「眠り姫は糸巻きのツムで指を怪我して眠りについた。まさに眠り姫だったお前にピッタリだな。」


 喉を鳴らしながら男は笑う。ペンキのように真っ白な肌の男。イトマキは忘れたくても忘れられない思い出を呼び起こされた。

 うっすらと目を開けると、いつの間にか男と自分の足元が一面きれいな花畑になっている。イトマキはまた目を固く閉じた。


 「あのまま眠っていればこんなにいじめられることもなく、幸せに暮らせたのにねぇ。どうしてお前は嫌がるんだ?」


 ねぇ?どうして?男はずっと続ける。甘く優しく、吸い込まれるような声がイトマキを苦しめる。


―お願い、助けて!お父さん!


 その時、問診室の扉が開いた。


 「悪い、さっきはちょっと言い過ぎた・・・。」


 頭を掻きながら入ってくるなり岩見はそう言った。

 イトマキは座り込んだまま岩見の方を振り向き、真っ青な顔をしながら苦笑いをして、そのまま倒れた。


 「おい、イトマキ、イトマキ!」


 岩見の声がだんだんと遠ざかっていった。




 イトマキは恐る恐る目を開けた。

 気がつけばそこは灯りのついていない休憩室のソファーだった。腕には栄養剤の点滴が打たれている。

 そして窓の外は真っ暗だった。

 ふと、自分が目を覚ますことができたことに安堵した時、岩見が電気のスイッチを入れて休憩室に入って来た。急に着いた蛍光灯の眩しさにイトマキは目をしかめる。


 「あれ?さっき女の子がここ通らなかった?」


 岩見の第一声はイトマキを心配するものではなく、なぜか女の子のことだった。


 「さっきさ、6歳くらいの女の子が、こんな時間にだぜ?かかとにローラースケート付けた靴で廊下走ってたから、注意しようとしたら見失ってさ・・・。」


 そう岩見に言われて時計を見ると夜の8時だった。


 「どなたかの親御さんのお子さんじゃないですかね?」


 イトマキはソファーに寝転んだまま岩見に言った。岩見は少女を見失い、仕方なしに頭を掻きながらイトマキの対面のソファーに座った。


 「お前さ」

 「はい」

 「疲れ過ぎだってよ。」


 そう言われてイトマキは急に起き上がった。自分が意識を失っていたことをようやく思い出したのだ。


 「疲れすぎ・・・ですか。」


 イトマキはまた顔を青くしていたが、どこかほっと安心しているようだった。


 「医者なんだからちゃんと自分の自己管理ぐらいしろよ。」


 岩見にそんな呑気な事を言われて、イトマキは思わず緊張の糸がほぐれて涙を流し始めた。


 「泣いても許さんぞ。」

 「いえ、そんなんじゃないんです・・・。」


 岩見は乱暴にイトマキにティッシュ箱を投げつけると、煙草を吸いに行くと言って部屋を後にした。おそらくイトマキに対する岩見なりの優しさなのだろう。


 煙草を吸い終えて休憩室に戻ると、イトマキは目を真っ赤にしながらも誰かが食べ残したパウンドケーキをむしゃむしゃと頬張っていた。


 「それ勝手に食っていいのかよ?」

 「しひょうふぁんがいいっていってまふぃた(師長さんがいいって言ってました)」

 「食いながら言うな。」


 呆れながらも、イトマキがまたいつもの調子に戻っているようで、岩見はほっとしていた。


 「またPUCSになられちゃ困るからな。」


 そう言ってイトマキに対面のソファーに腰掛けようとした瞬間、岩見はイトマキの過去をふいに本人に漏らしてしまった。

 しばらく気まずい沈黙が流れる。


 「そう、だったらしいですね。ご存知だったんですか?」


 イトマキはパウンドケーキを平らげてティッシュで口を拭った。


 「お前ん所のおせっかいな上司から聞いたよ。」


 おせっかいな上司とはイトマキと同じ精神科医の島松のことである。


 「正確に言うと、まだあの頃はPUCS自体も症例が少ない上に、私は年齢対象外でしたから。でも後になって自分の過去の病状を調べたら、PUCSだったんだろうな、とは思います・・・。」


 イトマキは自分のことをあっさりと認めた。


 「実は言語野サルベージにも自分なりの根拠みたいなものがあったんです。」


 岩見はイトマキの話に身を乗り出して聞き始めた。


 「実は昏睡状態と思しき時に、夢のようなものを見ていたんです。一面花畑で、おうちはお菓子でできていて、優しいお父さんとお母さんと楽しく暮らしていました。だから、もしかして、今PUCSの患者さん達も何かしらの夢やPUCSになったヒントがあるんじゃないかと思っていたんです。」


 そう語るイトマキのPUCS前は非情に辛い過去としかいいようがなかった。

 イトマキの父は少年院から出て真面目に運送業で生計を立て、母親と家族三人中睦まじく暮らしていた。イトマキの父を気にかけて、面倒見のいい警察の少年課の伊東という刑事がよくイトマキの家へ訪れて家族ぐるみの付き合いをしていた。

 しかし、イトマキの父は過労で運転中に事故を起こし、帰らぬ人となった。父がいなくなり、母がパートを掛け持ちし、家計を支えた。

 そんな時、同じ少年院で仲良くなった和田というヤクザがイトマキの父の死を知り、焼香を上げに、イトマキの家にやってきたのが悪夢の始まりだった。

 和田はイトマキの母親をそそのかし風俗で働かせ、さらには薬物中毒にさせて自分のいいなりにさせた。

 それでもなんとかイトマキの母は暴力を振るってくる和田からイトマキだけは守ろうと、イトマキにオムツを履かせて食料と一緒に押し入れでじっとしてるよう言いつけた。

 そして和田がイトマキの母と睦み合っている姿を押入れの隙間から見た幼いイトマキは、母は肌色のヘビ、和田は犬という風に見えたのだろう。

 ある日、イトマキの母がイトマキは親戚に預けているという嘘を知っていて、和田はわざとイトマキの母を自分の家へ監禁した。

 イトマキの母はなんとか娘が押入れの食料で生きていけるよう祈りつつ、和田の隙を狙っていた。

 そしてある日、イトマキの母はかつて交流のあった伊東という刑事に電話し、娘を助けてくれるよう伝えたが、その瞬間に和田に気づかれ、酷い暴力を受けることになる。

 さらには伊東刑事がイトマキの家を訪れ、押入れの中を見ると、痩せこけた少女がオムツを履いたまま体育座りで気を失っていた。

 イトマキは即入院し、イトマキの母は薬物取締法違反で病院刑務所行き、和田も現行犯で監禁暴行・薬物取締法違反などの件で刑務所で無期懲役を受けた。そしてイトマキの母はそのまま刑務所で薬物による衰弱死で亡くなった。


 「その時の状況から見て、私は理想の世界や家族像をPUCSの状態で見ていたんだと思います。つまり、現実を受け入れられなくなったからPUCSになった。そしてその原因が夢の中に関係しているのではないか、という根拠です。」


 冷静に医師として自分の状況を語るイトマキの姿に、本当にあの時むやみやたらに実験したのではなく、治療の方法の一つとして自分の過去を思い出しながら考えていたと思うと、岩見はイトマキを責められなくなった。ここまで壮絶な過去を聞かされてしまうと何も言えなくなってしまう。

 イトマキが言い終えて、重い空気が岩見から漂ってきた。


 「あ、その、PUCS状態で夢見てたなんて荒唐無稽ですよね。もしかしたらただの臨死体験みたいなものかもしれないし・・・。やっぱり・・・お医者さん失格ですよね。」


 「まぁ確かにおおっぴらにはお前の体験談は言えないことだが、現に言語野サルベージで結果が出てるだろ?」


 矛盾点は多いが、言語野サルベージでヒントになりそうな言葉が結果として出てきた。あとはその情報をどう治療に活かすかが問題だ、と岩見は医者らしく言って見せた。


 「ところでさ、お前の親父さん元気にしてんの?」


 岩見は以前島松から聞いた養父の伊東刑事のことを思い出した。

 強制的とはいえ、薬物中毒になった母の子の面倒を見たがる親戚はおらず、第一発見者で独身の伊東刑事がイトマキを養女として迎え入れ、奇跡的にイトマキは目覚めたことまでは岩見は知っていた。


 ふとそこでイトマキの顔が曇る。


 「父は・・・亡くなりました。」


 イトマキは目覚めた後、伊東刑事と生活を共にし、医学部が新設された防衛大学校に進学した。

 それは、長年他人であるイトマキを伊藤刑事が育ててくれた恩返しにと、学費や奨学金も必要ない防衛大学校をイトマキが選んだのだ。

 そして防衛大学校に入学して数日後、伊東刑事は仮出所した和田に刺殺された。


 岩見はまたも重い気持ちになった。イトマキは母も亡くし、父を二人も亡くしている。しかしそんなことをお首にも出さないイトマキの強さに、岩見は畏敬の念を感じずにはいられなかった。


 「・・・今日はひどい思いばっかりさせて悪かったな。」


 肩をがっくりと落としながら岩見がつぶやく。


 「いえいえこちらこそ!こんな重たい話聞いてもらってありがとうございます。」


 イトマキが必死に笑顔を繕っている姿を見て、その健気さに胸が締め付けられて岩見は耐えられなくなった。


 「じゃ、俺はもう帰るわ。」


 岩見はぎこちない笑顔でイトマキを残して休憩室を後にした。

 そして更衣室に入り、ロッカーを開けてため息をついた。

 すると、ボタボタという大きな音と共に足元に大きな雨粒のようなものが落ちた。


 「あれ、またか。」


 岩見は何事もなかったかのように静かに流れる涙を拭いた。

 岩見のロッカーの中は、歓迎会の時にイトマキに見せた家族でテーマパークに行った時の写真でぎっしりと埋め尽くされていた。



 

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