43/サルベージ
一時期PUCSの治療に電気治療が行われていた。
無意識下の患者を意識のあるレベルに引き上げるという治療法が、沈没した船を引き上げるようだからという理由で、医師たちの中の隠語で『サルベージ』と言われた。
もちろん、沈没した船を引き上げても使い物にならないように、サルベージを行ったPUCSの患者達は目覚めても精神に異常をきたした状態になってしまっていた。
そのため、医学会ではなるべくサルベージは行わないと決まったが、医師法や法律上では禁止されていない。あくまで『治療法としてあまり好ましくない』程度にとどまっている。
だが現場の医師たちはサルベージされた患者達を見ているため、医師会の決定に従った。
まず、豊平と岩見はこの案に賛同してくれそうな人物に一人思い当たった。
それはイトマキの上司であり、古参の精神科医の島松だった。
あの男ならば、目の上の憎いタンコブのイトマキが、万一失敗した時にここぞとばかりに攻撃できる材料を手に入れられると思ってサルベージに賛同してくれるだろうと、豊平と岩見は分析した。
その分析は見事に的中し、島松は両手で大げさに満面の笑みを浮かべながら
「伊東大先生がそうおっしゃるならぜひ賛成しますよ!ええ、ええ、ぜひ協力します。」
と言って、まんまと岩見と豊平の思う通りになった。
島松を巻き込んだ意図は他にもある。
島松は、普段無理やりPUCSの非番の男性医師を連れ出しては無理やりキャバクラなどで恩を押し付けている。今なら島松の無理やり着せた恩を回収してサルベージに複数の男性医師を賛同させることができること。
あとは島松がPUCSのリーダーである真駒と腐れ縁であること。
そして島松が真駒にイトマキのサルベージ案をけしかければ、出世第一の真駒が反応しない訳がない。
一番の要の真駒も、イトマキの案が画期的な方法だと言ってデータを欲しがるだろう。もちろん岩見も豊平も、万一失敗したときは真駒もイトマキに全責任を負わすだろうという性格も考慮している。
うまくいけば、おそらくイトマキ主導でイトマキが知らぬところで全責任を負う形になっているだろう。
「まぁ・・・全部イトマキが悪いんだ。仕方ない。」
屋上で煙草を吸いながらため息をつく岩見の横で、豊平は気まずそうにうずくまっていた。
そしてその後、真駒の許可が降りて、イトマキ主導の言語野サルベージ案が何度も会議室で開かれた。
案がまとまったところで、患者の親にこの『治療』に関しての同意を取り付けることができた。
後日、各チームの医師たちが見守る中、いよいよ言語野サルベージが始まった。
患者のベッドには『三沢裕也』という名札が掛かっていた。彼の頭は電極の通りを良くするために丸刈りにされている。
豊平は三沢少年の、言語野のあたりの頭皮に電極入りパッドを当て、慎重に電気を流した。
皆が、脳波と三沢少年とを見比べている。脳波には今のところ幸い変化はない。
すると、三沢少年は急に口をもぞもぞとさせ始めた。イトマキはICレコーダーを彼の口元に当て、彼が話すであろう言葉を一つでも聞き逃さないよう必死だった。そしてイトマキもいつの間にか三沢少年の顔近くまで自分の顔を寄せていた。
やがて唇が微かに動き、何か話しているようだった。
医師たちは皆歓声を上げたいところを我慢して、今の状況を固唾を飲んで見守る。
ふと、三沢少年が何かを飲み込む仕草をした直後のことだった。
「イトマキ先生、脳波が!」
脳波計の側に居た神経内科の医師が緊迫した声を上げた。
神経内科の医師たちは一斉に脳波計に集まり、真剣に脳波を見つめた。
「誰も、精神安定剤も睡眠薬も投与してないよな・・・。」
神経内科の医師たちは一斉に自分のタブレット端末で投薬記録を確認するが、そういった処方をした医師は誰もいなかった。
念のため、全てのPUCSの医師に投薬記録を確認してもらうが、やはりその日該当するものはいなかった。
「どういうことですか・・・?」
イトマキが神経内科の医師たちに問いかけると、豊平が答えた。
「三沢君は、今眠っている状態です・・・。」
三沢少年を囲む医師たちがざわめき始めた。真駒は数人の神経内科の医師を残し、皆で会議室に向かうよう指示した。
イトマキは三沢少年のベッド横の机に置かれた本のタイトルを確認し、それから会議室に向かった。
会議室は、まず三沢少年が何を喋ったかよりも、なぜ急に睡眠薬や精神安定剤を処方していないのに三沢少年が眠っている脳波を出しているのかで喧々囂々としていた。
イトマキはここにきて事の重大さに気がついて顔が真っ青になっていた。
「サルベージで目が覚めることはあっても、眠ることがあるなんて・・・。」
PUCSに長年関わってきた真駒も首をかしげるばかりだった。
やがて、先ほど三沢少年の脳波を確認していた神経内科の医師の一人が会議室にやってきて、三沢少年の脳波は通常の状態に戻ったことを告げた。
みな一同に安堵したものの、サルベージの危険性に改めて背筋が凍る思いをした。
「とりあえずこの患者はリカバリールームに移動して24時間体制で経過観察だ。」
真駒の言葉に医師たちが一斉に動き出し、看護師たちも呼ばれて慌ただしくなった。
ひとり会議室に残されたイトマキは、その場に力なく座り込んだ。
「バカなこと考えるからだ。周りの迷惑も考えろ。」
ふとその声の場所をイトマキが見ると、岩見が呆れたように会議室の入り口の扉に背を預けて立っていた。
「とは言え・・・、俺もお前に脅されて迂闊なことをしちまったしな・・・。」
岩見の言葉に、イトマキはただうなだれるだけだった。そして岩見はイトマキに歩み寄り、イトマキの横に不良座りをした。
「で、なんて言ってたんだ?」
「み、三沢君がですか?」
急な事を言われ、イトマキは一瞬たじろいだ。
「『ベルセポネオンライン』って言ってました。でも」
「でも?」
岩見はベルセポネオンラインという言葉自体よく分からない上に、イトマキは更に何か言葉を続けようとしていた。
「彼のベッド横に置かれてた本は『キングダム戦記』って書かれてました・・・。」
「それが何の関係が?」
不思議がる岩見の横で、イトマキは慌てて自分の持っているタブレット端末でネット検索をする。そしてブラウザを2ページ表示し、岩見に見せた。
「彼のベッド横にあった本は『キングダム戦記』というオンラインゲームの特典本です。この本に付いている特典コードをキングダム戦記という公式サイトで入力すると、本を買った人しかもらえない特別な武器や装備がもらえるようです。」
ブラウザの1ページ目は『キングダム戦記』の公式サイトを表示していた。
「じゃあ、あの三沢ってやつはこのオンラインゲームをしてたってことか。」
イトマキのブラウザに表示されている公式サイトを見ながら岩見は頷いていた。
「そして『ベルセポネオンライン』なんですが・・・」
そう言いながら、イトマキはブラウザの2ページ目を開く。そこには検索サイトの検索結果が表示されていた。
『ベルセポネオンラインは見つかりませんでした』




