優しいお姉さん
私は小さい頃、少しだけ別の所に住んでいた。
家はお菓子でできていて、優しいお父さんと優しいお母さん、そしてお隣の優しくてきれいなお姉さんと暮らしていた。
一面色とりどりの花畑が家の前に広がり、よくお姉さんと花の冠や花のネックレスを作って遊んだ。
時には森の中でリンゴやイチゴや食べられる木の実を採りに行った。
お腹が空いたらよくおうちのレンガ代わりのクッキーの壁をはがしてかじったり、キャンディで出来たドアノブを舐めたり、窓枠のチョコレートをはがして食べた。生クリームたっぷりのおうちの表札も、どれもこれも甘くて美味しくて、心までとろけそうになった。
そして夕方になると、お父さんとお母さんと一緒に暖かな食卓を囲った。料理はどれも温かくて美味しくて、お腹にも心にもじーんと染み渡った。
夜はお母さんがふかふかのベッドに寄り添いながら絵本を読んでくれた。ふわふわでまるで綿菓子みたいな温かいお布団に、優しいお母さんのぬくもり。私はいつも幸せな気持ちで眠りについた。
ある日、お姉さんのところに遊びに行こうと、お隣に行くと、お姉さんが誰かと話しているようだった。
私は気になってお姉さんの家の窓からこっそり覗いてみた。
すると、いつもは穏やかで優しいお姉さんが怖い顔をしていた。横には黒い服を着て、真っ白なペンキのような肌の男の人が居た。
「せっかくお人形をもってきてあげたのにもうあきたのかい?」
男の人の笑顔はどことなく冷たかった。
「もういいわ、あんな子、飽きちゃった。」
お姉さんは嫌そうにため息をついた。そして『あんな子』というのは恐らく私のことだろう。
私は悲しくなってその場から去り、あてどもなく走った。
やがて息が切れて振り向くと、そこには悲しげな顔のお姉さんが居た。
「ごめんね・・・。」
お姉さんがそう言うと、世界は真っ暗になった。そして涙を流すお姉さんの体には無数の蛇が絡みつき、身動きが取れなくなっていた。
― ヘビ・・・。肌色のヘビ。おかしくなったお母さん・・・。
「お願い!早くここから逃げて!」
するとお姉さんの後ろから黒い犬が何匹もやってきた。
― 犬・・・。こわいおじさん・・・。
とにかく私の背筋はこの上なく冷たく鳥肌がたった。
やがてお姉さんの後ろの犬は唸り声を上げながら私めがけて追いかけてきた。
私はとにかく怖くて走って逃げるしかなかった。
ー 犬の声、いやだ!きらい!こわい!
「光の方に向かって走って!」
後ろからお姉さんが叫んでいる声が聞こえる。すると徐々にかすかに光の差す場所が見えてきた。
私は泣きながら、お姉さんにお礼も何も言えず、それでもどうしても怖くて引き返せなくて、ひたすら光のある方へ走って行った。
やがて私は光に包まれ、追いかけていた犬も黒い世界もいつの間にかなくなっていた。
そして、気がつけば私はベッドの上に居た。蛍光灯の明かりが眩しくて目が痛かった。
見た目は怖いけど、たまにうちに来るとっても優しい刑事のおじさんが、大きくてごつごつした手で私の手を握りながら側に居た。
刑事のおじさんはヒゲダルマみたいな顔を真っ赤にして、目に涙を浮かべて顔をくしゃくしゃにしている。着てるスーツもくしゃくしゃだ。
「よかった・・・、よかった・・・。」
刑事のおじさんは、ぼんやりしている私の手をそのごつごつした大きな手で更に強く優しく握って、私の手を額に当てて泣いていた。




