43/集合的無意識
イトマキはその後、PUCS患者たちの同調に関して自分なりの見解を話始めた。
岩見の持っていたコーヒーはすでに冷めていた。
「精神科医っぽい話なんですけど、集合的無意識という説があってですね」
イトマキはそう言いながらカルテ用のA4サイズのタブレット端末に歪んだ細長い山を書いた。
そして山の頂点付近に水平線を書いた。水平線の上には『意識』、水平線の下には『無意識』と書き込んでいった。
「これはユングが唱えた説で」
イトマキがそう言いかけた時、岩見が慌てて苦笑いしながらイトマキの言葉を遮った。
「えーっと、ちょっと待て。切って縫うだけの簡単なお仕事してる人にもわかりやすく説明して。」
そう岩見に言われ、イトマキ我に返った。
「あ、そうですよね。」
「うん、僕も全然わかりませんでした!」
豊平も序盤からつまずいたらしく、キリリとした顔で答えた。
イトマキはタブレット端末から顔を上げ、しばらく空中に指で文字を書きながら頭のなかを整理していた。
それから先ほど書いた山のような絵の無意識のところに小さな丸を書き始めた。
「えっと、簡単に言うと、人間は無意識の中でも繋がってるってことあるみたいです。西遊記と桃太郎を例にすると。」
「西遊記と桃太郎?」
全く脈略もないおとぎ話に、岩見と豊平は首をかしげる。
「まずは、西遊記で孫悟空がお釈迦様の手のひらの上で字を書く以外に、二郎真という神様に追いかけられていた話があるんです。その二郎真という神様が従えていたのが犬と鳥なんです。そして、桃太郎のお供は猿・犬・キジです。さらには、西遊記の三蔵法師のお供は3匹、そして桃太郎もお供は3匹。そして桃という言葉も共通しています。孫悟空は不老不死の桃を食べるし、桃太郎は桃から生まれます。」
最初は西遊記と桃太郎のどこに共通点があるのか全く二人はわからなったが、次第にイトマキの説明を聞いて、岩見と豊平は身を乗り出しながら納得をする。
「そうすると、中国の西遊記も日本の桃太郎も似たようなところが沢山ありますよね。それはパクリ・パクられとかではなく、人の心が無意識の中で繋がっているから、とユングという人が考えているわけです。」
岩見と豊平は馴染みのある昔ながらのおとぎ話を例に出され、集合的無意識の意味がなんとなくわかった。
「今おとぎ話で説明しましたけど、実際にこの病院のPUCS患者さんたちにも集合的無意識が当てはまると思うんです。つまり、PUCS患者さんたちは無意識の世界でリアルタイムで繋がってるんじゃないかと・・・。」
「それと『同調』がどう繋がるの?」
「あ、今から説明します。」
それからイトマキはタブレット端末に描かれた中心の小さな丸を指した。
「これがご両親や保護者の方が来たPUCSの患者さんだとします。そうすると、このPUCS患者さんは何らかの刺激に反応して、無意識下で動き始めます。」
イトマキは説明しながら、中心の丸から周りに拡散するような矢印を入れていった。
「そして、PUCSの患者さんは無意識下で繋がってる周りのPUCS患者さんにも影響や刺激を与えて、それが同調に繋がるんじゃないかな・・・と。」
イトマキが説明しながら顔を上げると、岩見と豊平は神妙な顔をしていた。
「なんかうまく説明できなくてすいません。」
イトマキは二人の顔色を伺うように苦笑いした。
「しかし、なんで同調するんだろうな・・・?」
岩見は首をかしげながらボソリと呟いた。
「確かに・・・。」
集合的無意識説を唱えたイトマキも、なぜ患者が同調するのかそこまでは考えが及ばなかったようで、自分で書いた絵を見ながら唸っていた。
「うーん・・・もしかしたらこれからのカウンセリングで見えてくるかもしれません。」
「誰のカウンセリング?」
イトマキの唐突な言葉に岩見が反応した。
「患者さんのご両親のですよ。もしかしたら患者さんのご両親や保護者の方に聞けば何かわかるかもしれません。それに、私がここに来たのもご両親や保護者の方のメンタルケアが仕事ですから。」
そうイトマキに言われて、岩見も豊平も納得した。
PUCSプロジェクトでは外科・神経内科・内科・精神科の4チームが所属し、精神科には古参の島松という昔気質の男性医師が居るだけだった。
精神科の役割は家族のメンタルケアと、万が一目が覚めた患者に対するアフターフォローだ。
といっても患者のアフターフォローはほとんどなく、主に患者の両親や保護者のメンタルケアばかりになる。
島松の患者の両親たちに対する治療方針は、『もっと頑張れ!』『あんたらの努力が足りないからだ』という根性論に大量の精神安定剤と睡眠薬が主である。
もともと精神科をプロジェクトに組み込む予定はなかったが、元学長のボンクラ息子にポストを与えるために無理やりねじ込められた形となった。
おかげでPUCSのプロジェクトでは精神科の影は薄かった。患者の親や保護者にしても睡眠薬と精神安定剤を貰いに行くだけの場所になっていた。
プロジェクトに関わってる岩見も豊平も島松がただのセクハラ大好きでヒガミ屋の厄介なオッサンとしか思っていなかったが、ようやく彼が精神科医なのを思い出した。
「自衛隊病院に居た時に、ご両親の方や保護者の方のカウンセリングを重ねることで問題点が分かって、目を覚ました事例が実は結構あるんです。あ、これも内緒ですけどね・・・。」
と言った矢先、イトマキは突如目を見開いた。
「もしかしたら、ご両親の無意識下が患者さんに影響しているのかも。」
イトマキはだんだんと岩見と豊平を置いてきぼりにしながら考え始めた。
「おいおいちょっと待て。お前わりと暴走しやすいタイプだな。」
岩見が呆れるように言うと、イトマキはふと我に返って苦笑いをした。
「えっとその・・・、私はそういう訳で患者さんのご両親や保護者の方のカウンセリング重視でいろいろ頑張りますのでよろしくお願いします。たぶん、しばらくしたら分かっていただけるかと・・・思います。」
「よ、よろしく。」
岩見と豊平はこのちょっと暴走気味で小難しいことを言う女の子とやっていけるか心配になっていた。そして今後、何が分かるのかもあまりよく理解できていなかった。
参考資料
・ゆうメンタルクリニック 心理学ステーション
・Wikipedia
一部改正しました。
改正前↓
「えっと、簡単に言うと、人間は無意識の中でも繋がってるってことあるみたいです。例えば神話で、日本本土が出来た神話の内容と、琉球王朝として日本とはほぼ独立していた現在の沖縄にも琉球王朝時代以前から日本本土と同じように国作りの内容に似てる点があったりするんです。それはパクリ・パクられとかではなく、人の心が無意識の中で繋がっているから、とユングという人が考えているわけです。」
改正後は中国の西遊記と日本の桃太郎の話しで比較しました。




