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部屋を片付けたり、今日の用意をしたりすることは、しなければならず、私は義務的にする。日々は学校に行って、また学校に行っての繰り返しで費やされていくためにある。

学校へ行く用意をする少ない時間は、私が唯一リアルな現実に帰る時だ。忘れものなどしたら、取りに帰れない距離だから、慎重になる。

目覚めれば、いつもの朝が来ていた。

かくして、私は特別な存在にもなれず、元の平凡な私に戻っていた。

平らかで平らかで、どこまで行っても、そこにある。私の毎日は平凡と名のつくものに覆われている。

私の背中は凍りついていた。

私はもう何が何だか分からなかった。

息をする上で、最も大切なものが見つからない。

川面を見ていると、抱えていた重たすぎるものが少しずつ消えていった。

私はいつしか、名のつけられないせつない思いを抱えていた。

私の思いは私でさえ不定形だった。

時として、学校という大きな入れ物の中で、多くの人間に囲まれていると、私は実体を失って幽霊と化している。

気がつくと、私はキーホルダーの山を巾着に詰め込んでいた。ごみとして火曜日に出されるのだけは何としても阻止しなければ。

けれども、お母さんはそれを見逃さなかった。

「どこへ行くの、そんなの持って。学校でしょ。そんなのもっていったら、いけないでしょ」

 私は玄関のノブに手をかけたまま、フリーズした。背中から、心臓の中から、冷たい氷が侵食していた。振り向くこともできない。けれど、きっとお母さんは鬼のような形相をして後ろに立っているだろう。

「なによ、何とか言いなさいよ。あんた、それをどうする気かって聞いているのよ」

 叫ぶ。お母さんは毎日一回は叫ぶのだ。家じゅうに響き渡る。反抗しようものなら、手のつけれないほど怒る。こうなったら何をしたってお母さんは怒り続ける。誰か助けてほしい。

ずっとそう思っていた。

「何度言ったらわかるのよ!」

 お母さんは私から取り上げたキーホルダーを手にしていて、私に投げつけてきた。金属のそれはタイルの床に転がった。

「さっさと学校へ行けば?」

 物を投げつけて気が済んだのか、お母さんはさっと台所の方へ引き上げていった。

転がったキーホルダーを見て、呪縛の解けた私は後ろを振り向いた。

むなしさが胸に広がった。

どうしようもない出来事だった。私には変える力がなかった。起これば、ただ起こったまま受け入れなければなかった。

私が飛んで行くのを止めるように、私の翼に刃を入れ続ける。

私の背中は凍りついている。私の体の最も奥までもが凍っていた。

扉をあけると、まぶしい光が目に刺さった。よく晴れた空だった。

閉ざされているのか、今は分からない。

心が曇っていて、何も感じられなかった。

私は外へ飛び出し、駅へ向かって走った。

「おはよう」

「おはよう」

 級友と朝の挨拶をして、電車に乗り込み、私は何事もなかったかのようなふりをした。テレビの話とかをして、うん、うんとうなづく。

また、平凡で、むちゃくちゃな毎日の始まりだった。

と、思いきや、私は数人の女の子に取り囲まれていた。

「あんた、ちょっときな」

 茶髪、ピアス、改造制服。

学校より二つ手前の駅で、私は電車を降ろされた。その駅のベンチには、良く見知った女の子の姿があった。

「あんたもやられたらしいな」

 全身キーホルダーの先輩。あんたもと言われたことで、先輩もと察しがつくが、今もキーホルダーは現役でがんばっている。

「調べは付いてる。四重朗ママの足取りを追ったんだ。秋川さんとこも来たって、山田さんが」

 と隣にいた女の子が補足した。

「あったまくんぜ、なあ。権力をかさにきて、金目の物を親に渡して、あたしらを総取締したんだぜ」

「まったくだよ、ねえ」

 数人が同意を求めるように私を見、私はとにかくうん、うんとうなづく。

ヤンキーだこの人たち。

「で、キーホルダーを救済することにしたんだ。あたしらは黙っちゃいないわけ。キーホルダーは全部あたしのとこに持ってきな。一か所に集めていれば、誰のものわからねえ。あんたもくれてやったと言うんだ。大人にはわからねえように場所はちょいちょい変える」

理解したことが大きく笑みとなって顔に現れた私を見、キーホルダー先輩は自慢げにうなづいた

「あたしらをなめたら、許さねえんだ。あたしらはいつだって、自由だ」

 キーホルダー万歳!!そう思いながら、うんうんと私はうなづく。

 私の心からの同意だった。

「ただ、終わりなのは終わりだ。白ガラスは、どこか遠いところへやられるらしい。四君ママの最後の一手だ。あたしらも、いつどうやって、どこへ送られるかわからんやつを自由にしてやることは出来ねえ」

 それを聞いて、盛り上がっていた気持ちも急にばすんとすぼんでしまった。

「四君も、白ガラスを今までのように飼うことを望んでねえ。ママも怒るし、あたしら諦めねえし、板挟み。しぶしぶどこかへ預けることを承認した。だから、それで今回のことは、もう終りなんだ」

 白いカラスがどこかへ追いやられる。

それがはじまりだったから、カラスがいなくなればこの件は終わってしまう。

「どこかというと、どこかとしか分からない。マヤの情報では、滋賀の友達のところへ送っていかれるというけど」

 私は少し安心した。処分されないのであれば、いつかまた四重朗君とカラスが再会することも可能だろうと思ったからだ。

「それなら、キーホルダーを集めても仕方ねえなんて思っちゃいけねえ。あたしらは決して負けちゃならねえ。理屈じゃねえ。キーホルダー集めて、あたしらは続けるんだ。自分らがやりだしたことをよ」

 彼女の強さに私は心打たれた。

そうだ。諦めずにやり続けるんだ。来るか来ないかのカラスを待って、続けていくんだ。

誰が何と言おうと、人のやることを止めることなど誰にも出来ない。

 私はすごく心強かった。

 思えば、キーホルダー先輩も、数人の上級生もライバルになるわけで、けれど、新しい仲間が出来たのだ。

私はキーホルダーの袋を先輩に差し出した。

四重朗君のカラスのくちばしに乗って、大空を渡ったはずの私の猫のキーホルダーもその中には入っていた。

猫は空を飛び、仲間の大勢いる場所へ招かれた。

私は嬉しかった。私の手の中から彼女は巣立った。見事に、この空へ、仲間のもとへ。

ヤンキー先輩を見習おう。私にだってやってやれないことはないだろう。

 ちょっと来いよ、秋川

四重朗君最初呼び止められた時のことを思い出す。

本当に、いつか私も扉を開いて、素敵なあなたのいるところへ、帰りたい。


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