向日葵さん
「こらこら、待ちなさい、向日葵さん!」
階段から慌ただしい足音がして、振り返る。向日葵さん…?女の子…かな?
「あ、すみませんそこの人!向日葵さんを止めて下さい!」
向日葵さんとやらは、可愛らしいハムスターだった。向日葵さんがハムスターだということ、『そこの人』が私だということ、それから、蝉の先輩に会えたことを認識するのに随分時間をかけてしまった。
「…あ!」
向日葵さんは私の脇を通り過ぎて、素早く走っていく。その後を追って先輩も。
「っごめんなさい!」
先輩の背中に向かって声を上げると、先輩は軽く振り返って手を振った。
「ご協力、ありがとうございました!」
私は好奇心がむくむくと沸き上がるのを感じた。蝉の先輩、向日葵さん。何か楽しいことが起こりそう。私は小さくなった先輩を追って走り出した。
先輩は、運動が苦手そうな外見に反してなかなか足が速かった。校門あたりまできた私が先輩を見失って周囲をキョロキョロ見渡していると、近くの茂みから声が聞こえてきた。
「はぁ…やっと捕まえた…。向日葵さん、僕はあなたの味方ですよ?大人しくして下さい」
蝉の先輩はハムスターに向かって独り言を言っていた。制服が汚れるのも構わずに地べたに座って、髪にはお約束のように葉っぱがくっついていた。ハムスターを追いかけるのに全力を尽くしましたって感じが微笑ましくて、私の頬は自然と緩んでいた。
「もしも校門を出てたりしたら、危ないところだったんですよ。もしも向日葵さんが車や自転車にひかれたらと思うと…僕は心配でどうにかなりそうでしたよ」
しかもハムスター相手に諭す先輩の真剣さときたら。おっかしいの。私は早々に蔭から先輩を見つめるのを放棄して、先輩の前に進み出た。
「…あのぉ」
「うわわ!」
蝉の先輩に声を掛けたら、驚かせてしまったみたい。手のひらの中にいるハムスターも一緒になってビクッとした。
「ハムスター、見つかったんですね。」
「あ、さっきの…。先程はご迷惑をおかけしました。向日葵さんは、ほらこの通り。心配かけてごめんなさいって、あなたも謝りなさい」
先輩の言っていることがわかるのか、向日葵さんというハムスターが、キュウと声を上げた。
「可愛い…」
先輩の手のひらから顔を出す愛らしい生き物に、目が釘付けになる。
「私も触ってみてもいいですか?」
「どうぞ、どうぞ」
「先輩のハムスターですか?」
「まさか。生物部で飼っているハムスターです」
生物部。別名、変質者集団部…。先輩、生物部の人なんだ…。