りんごみたいな頬、いとしい
僕は大学生で、彼女がいます。
彼女の名前はチサ。高校生。
受験生のチサと、大学2年でのんびりしてる僕。
なかなか会える機会がありません。
会っても勉強の話になってしまうのがオチ。
この間の電話だって、受験について。
ちょっと、さみしいな、とか思います。
まあ、僕が大学受験の時は、チサはガマンしてくれてたんですから。
僕がガマンしないわけにはいけません。
それでも、やっぱりさみしい、とか思います。
チサもこんな気持ちだったのかと思うと、ちょっと口元が歪みます。
ニヤニヤしてると怪しいから、ガマンしようとは思うのですが。
どうも押さえきれずに、歪んでしまいます。
あ。
また、大学の友人が僕をからかおうとしています。
僕がこんな口をするときは、いつも彼女のことを考えていると、友人たちは知っているからです。
「おいー、またあの子のこと考えてたのかよー」
嘘をつけない性格なので、違うなんていうとすぐに顔に出てばれます。
だから、僕は曖昧に笑うだけ。
「タク、ほんとチサちゃん好きだもんなあ」
顔がほころびます。
考えるだけで、幸せです。
「なあ、最後に電話したのいつだよ」
「んーおとといかな。受験の話ばっかりだけどね」
「いいじゃんいいじゃん。相談してくれるんだからさ」
友人の一人である森杉がバシバシと僕の肩を叩きます。
「オレなんてさー。今ちょっと危ない時期だよ」
「お前、浮気ばれたのか?」
「え、森杉、浮気したの?」
僕がすっとんきょうな声をだすと、森杉は僕の肩に顔をうずめました。
……これは偶然か、首を絞める位置に腕があります。
「タクまでそういうこと言うか……」
ぎゅっと腕に力が入ります。
嫌な予感。
「オレが浮気なんてするわけねーだろがあああああああ!」
「うわ、森杉! ギブ、痛い! 苦しい!」
ぎゅーっと首が絞まって、僕は慌てて森杉の腕をたたきます。
しばらく暴れていると、ようやく解放されました。
森杉が疲れたようにテーブルに突っ伏しています。
「ったく。カワが変なこと言うから、タクまで信じかかってたじゃねぇか」
「あれ? してなかったっけ?」
「オレは裕美ちゃんオンリーラブ! 浮気性のお前と一緒にするな!」
「川本は、何人と付き合ってるんだっけ……?」
「今は3人。でも、また合コンするし。増えるんじゃないかな」
川本はなんだか次元が違いすぎます。
「増えるって・・・・バレルと酷い目に合うぞ、お前」
「ばれないように付き合うのが、このオレよ」
川本の笑顔が輝きます。
でも、その輝き方は何か間違っているような気がします。
「タク・・・お前はカワみたいになるなよ」
「森杉、タクなんて一番危ないじゃないか。遠距離恋愛なんだし」
遠距離と言っても、片道一時間もあれば会いにいけます。
別に、そこまで遠いわけではないと思うんですが。
この二人は遠い遠いと何度も言います。
確かに、ひとりで車に乗っているのはさみしいです。
やっぱりチサが一緒じゃないと、楽しくありません。
といっても、チサが僕の車に乗ったのはたった1回だけ。
今年の夏休み、チサがオープンキャンパスに来たときだけです。
チサも、同じ大学を目指しているそうです。
僕と同じ夢を追っているのですから、おかしくはありません。
僕と同じ、宇宙への夢。
僕とチサが付き合い始めたのは、それが理由です。
宇宙への夢があったから、話が盛り上がってそれいらい付き合っています。
やっぱり趣味が合わなくちゃ、長くは付き合えないです。
「それに、こいつが浮気する顔に見えるか?」
「むぎゅ」
森杉が僕の顔をむぎゅっとつぶしました。
変な顔になっています。
「案外、するかもよ」
「しない。チサちゃんのこと考えてはニヤニヤする男だぞ、浮気なんて出来るわけねーだろ」
川本もなかなか酷いです。
案外するかも、って……しないですよ。
「……確かに、浮気してもすぐばれそうな顔だよな」
「だろ?」
「すぐにチサちゃんのこと考えて、にやけてるだろうし」
「だろだろ?」
……僕がちゃんとしゃべれないのをいいことに、好き勝手言ってませんか?
まだ顔の形がおかしいまま、僕は眉をひそめます。
それに気づいたのかいないのか、川本は楽しそうに笑っています。
「森杉、そろそろ放してやれよ。かなりおもしろい顔になってるぞ」
「写メしなくていいか?」
「……タクの変顔なんてあっても嬉しくないよ」
こんな顔撮られたくないですよ、それ以前に!
「それもそうだな。じゃ、解放」
「むー……。まだ顔が変な感じするんだけど……」
「大丈夫。いつものタクに戻ってるよ」
「ならいいけど。――それより。森杉、なんで危ない時期なのさ」
よくぞ聞いてくれました、と森杉が叫びました。
ファミレスでそんな大声よく出せるなと思います。
そのへんが森杉らしいのですが。
ちょっと恥ずかしいです。
「聞いてくれよー。裕美がさ、嬉しそうに言ったんだよ」
「なんて?」
「『今日のわたし、ちょっと違うでしょ?』って」
僕もチサに言われたことがあります。
髪型を変えたのと、目元に少しメイクしてあることに僕はすぐ気づきました。
あのチサも可愛かったです。
ちょっと照れてピンクになった頬とか、僕をみる目とか。
ああ。
早く会いたい。
「それでまさか、お前、分からなかったのか?」
「そう。わかんなかったんだよ」
「あーあ。そりゃ駄目だわ。なあ、タク」
「ちょっとね……何が変わってたのさ」
「――髪の色と長さ」
「うわー、気づけよー! なんで気づかないんだよ!」
「……普通、聞かれる前に褒めるべきだよ。そういうことって」
「ほら、タクでさえまともなこというよ」
今、なんか、ひっかかりましたね。
「川本! 僕でさえってなんだよ」
「いや、お前も気づかなさそうだから」
「気づくよ。当然だよ!」
僕と川本が言い合っている間に、森杉はずぶずぶとテーブルに沈みます。
「んで? 森杉、それでどうなったんだよ」
川本の声はなんだか楽しそうです。
本当に人をいじるのが好きなヤツです。
「……『なんで気づかないの!』って怒られた」
「あはは」
「タク、笑うなよ……。で、気づいたのは、裕美がきびす返した後」
「最悪だな。怒られた瞬間に気づくならまだしも」
森杉はすねたようにチビチビ水を飲みます。
僕は残っていたコーラを飲みます。
と、川本はおもむろに携帯を取り出しました。
「あ。ごめん、着信だ」
「おう。誰からだよ」
「つい最近付き合い始めたアヤナちゃん」
「…………あっそ」
川本が電話でしゃべり始めました。
そのアヤナちゃんが、彼と会いたいと言ってるようです。
でも川本はまだ森杉をいじりたいのか、丁寧に断っています。
うわ、最後にクサイこと言いましたよ……。
「……カワ、お前いつもそうなわけ?」
「ちょっとクサかったよ」
「まあね。もてる秘訣だ」
「あーあ。アヤナちゃんも可愛そうに。……こんな腹黒男」
「腹黒なわけじゃないよ。ちょっと策士なだけ」
川本が黒い笑顔で妙なポーズを決めました。
……彼がこんな馬鹿な動きをするのは、きっと僕らの前だけ。
女の子がいれば、もっとかっこよく見えますから、彼は。
「ま、じゃあ森杉は別れるとしてだ。タク、お前の調子はどうだよ」
「別れるかああああああああ!」
「……まあまあ、かなぁ。チサ、僕と同じ大学にくるみたい」
森杉が叫ぶのをやめて、がばっと僕の肩をつかんだ。
「何!? 追っかけてくんのか!?」
「うん。まあ、夢が一緒だから」
「ほうほう。いい感じだな。大丈夫そうなわけ?」
「模試でB判定だってさ。大丈夫だと思うんだけどね」
「オレはCだったけど、入れたしな。奇跡だ」
森杉が自分の事にうんうんと何度か頷きました。
試験のことを思い出しているみたいです。
「タクは何だったのさ」
「僕はA判定だよ」
「ほほう。すげぇ」
「そういうカワはどうなんだよ。お前もAとか言うんじゃねぇだろうな」
「聞いて驚け。D判定だ」
「うわ、オレ以下。こいつの方が奇跡だ」
ぎゃあぎゃあ3人で別の話題に移ってしまいました。
僕は、チサの話なるとからかわれるばかりなので、都合がいいです。
チサの話は好きですが、何度もいじられるのは大変ですから。
今頃チサは、家で勉強しているのでしょう。
センター試験は終わり、もう自宅学習になっているそうです。
また電話する、と言ってこの間は電話が切れました。
今度かかってきたのなら。
川本と森杉の話をしようと思います。
『チサなら絶対大丈夫だよ』
そう断言できる気がします。
合格発表の日。
僕は、チサを車で迎えに行くことになっています。
その日。
彼女が笑えたなら。
僕はぎゅっと彼女を抱きしめてしまうでしょう。
うれしさに、赤くなった頬。
大きな瞳をゆがめて、僕を見上げる。
そんな彼女を容易に想像できてしまうのです。
だから。彼女は大丈夫。
今度、言ってあげようと思います。
チサは照れて笑うでしょう。
その照れた笑みでさえ、僕は目を閉じれば思い浮かびます。
電話の声だけでも、分かります。
「おい、タク、携帯なってるぞー」
「誰だろ? あ、ごめん。チサから電話だ」
僕は二人を見て笑います。
この二人の話をしてやろう、そう思ったからです。
「またにやけてるよ、こいつ」
「まあね。――ちょっと外でしゃべるよ。長くなると悪いから」
上着を片手に、通話のボタンを押します。
ああ。懐かしい。
数日前に聞いたはずなのに。
チサの声。
「もしもし? ――ねえ、チサ。また悩んでるんだろ?」
僕は二人の友人を思い浮かべて、にやりと笑いました。
「今日は自信の出る話してあげるよ」
彼女が頬を赤くして微笑んだのも、僕には容易に想像できました。