名教官登場
その日の午後、大学から教習所へ送迎バスで向かった。今日は正樹と一緒になった。正樹はこれから卒業検定だった。
普段は饒舌な正樹も、緊張からか押し黙っている。優太もそれを察し、結局二人は到着まで言葉を交わさなかった。
「卒検、頑張れよ!平常心」
優太が親指を立てた。
「サンキュー」
正樹が先に教習所の建物へ入って行った。
今日の優太は3号車だった。いよいよ初めての路上教習だ。3号車の前に立つ優太は、離れたところに停まっている検定車に気づいた。正樹が運転席に乗り、助手席には渡田教官が乗った。
チャイムが鳴り、教官が建物から一斉に出てきた。3号車に向かって出てきた教官は、後ろ髪が長く、黒いコートにシャツも黒という出で立ちだ。ゆっくり歩いている。
「え〜どうも〜、田中です」
常に俯いて、額に中指を当てている。
教官が運転し、路上の途中で交代する。 なぜかルームランプをつけた。
「え〜路上は、これまでとは環境が全く違います。もうお分かりですね」
「どこに何が潜んでいるか分かりません。それを、推理することです。歩行者も子供や学生、高齢者…誰がいるか分かりません」
何となくクセのある話し方だ。
「十分注意して参りましょう、フフフ」
覚悟はしていた優太だったが、それでも路上は予想以上に緊張感があった。逆送する自転車に、路上駐車、その陰から出てくる通行人。
多くの情報を処理する作業が運転だ。運転操作を一定程度出来る余裕がないと、とても公道での対応が伴わない。教習システムはよく出来ていると感じた。
しばらく走り、信号待ちで停車した。すっかり余裕のない優太は、前を見据えているのが精一杯だった。
「フフフフ、だいぶ緊張しましたね。この瞬間も周りは動いています。余裕が出来たら、必ず停車中も周囲を見てくださいね」
青になり発進した途端、ブレーキがかかった。田中教官が補助ブレーキを踏んだのだ。
後ろから来た電動キックボードが、急に教習車の前を掠めたからだった。
「え〜あぶないところでした〜。ですから、信号待ちの間も注意が必要なんです。発進の際に一度、左右のミラーを確認しましょう」
人差し指を立てて説明していた。
50分の教習が終わり、所内へ戻った。終わった頃には緊張感でクタクタになっていた。俊や正樹、絵里が公道を走っていることが、優太にとっては尊敬の念に変わっていた。
「お疲れ様でした。大変な緊張でしたね、何があるか分からないのは緊張するものです」
その通りだった。起きたことに対して対応するのが精一杯だった。
「しかしですね、先読み出来るポイントがあります」
田中教官のアドバイスは、見通しの悪いところは何かいると思え。登下校の時間帯の学校周辺、雨天で歩行者が傘を差しているというような状況は、何かあるかもしれないという証拠。
その「証拠」をもとにして「疑い」を持ち、「推理」せよ、というものだった。
「それらが読めれば、全て解決です。フフフフ。え〜田中でした」
そう言うと、田中教官は車を降りて建物へ戻っていった。




