『彼岸花』短編小説
「この花、綺麗だよね」
あの日、彼女は赤い花に触れながら言った。
俺はなんとなく聞き返した。
「なんの花?」
彼女は微笑んで、静かに答えた。
「彼岸花」
その言葉の響きが胸の奥でいつまでも揺れていた。
———数時間後
帰り際、夕焼けに染まる道の上で彼女が立ち止まった。
「私たち別れよっか。」突然の言葉に、息が止まった。
「なんで急に?」
「私たち合わない気がするの」
「そんなことないよ」
そう言ったけれど彼女は首を横に振った。「だけど……別れたいの。」
泣きそうな顔で、彼女は振り返らず去っていった。
———数日後。
彼女の母親から連絡があった。
「瑠璃樹が亡くなったの。」
理解できず、僕は彼女の家に向かった。インターホンを押すと彼女の母親が静かに出てきた。
「どうぞ、中へ」
部屋に入ると、彼女は家族に見守られ、穏やかな顔で眠っていた。
母親から渡された小さな封筒。
彼岸花の絵が描かれた封筒の中には、手紙が入っていた。
“私がいなくなっても、悲しまないでね。
また、どこかで会える気がするから。”
手紙を読み、俺はすぐに「彼岸花の花言葉」を調べた。
そこには、こう書かれていた。
「また会う日を楽しみに」
涙が止まらなかった。
何もしてあげられなかった自分を責めた。
死にたいとも思った。
でも、心の奥で彼女が囁いた気がした。
「生きて」
俺は決めた。
君の分まで生きよう、と。
彼女の墓に彼岸花を添え、静かに言い去った。
「また再会するときは、君の彼氏になる。
来世では結婚しよう」
赤い花は、風に揺れながら微笑んでいる気がした。




