6話
「そういえば、今度ヴァーヴァル伯爵家で仮面舞踏会があるそうですね。ご存知ですか?」
「えぇ……アラン様は参加されるんですか?」
「伯爵家の次男が騎士学校の同期でして……参加するつもりではあります」
「そうなんですね」
まさかアランの口から今朝キースに断られたばかりの仮面舞踏会の話が出るとは思わなかった。
けれどすぐに、今回の仮面舞踏会はかなり大規模で行うらしく最近の社交界はその話でもちきりらしいことを思い出した。
申し訳なさすぎるほど会話を広げられない私の隣で、アランが少しそわそわしているのを感じる。何かあったのだろうか。
「その......ルアナ嬢。もしよろしければ仮面舞踏会のパートナーになってくださいませんか」
「え?」
突然のお誘いに驚いて素っ頓狂な声が私の口からこぼれ落ちる。
アランは少し赤くなった頬を軽くかきながら言葉を続けた。
「実は騎士学校の同期同士で仮面舞踏会の日に集まることになったんですが、パートナーがいないと今回の舞踏会は参加できないでしょう? ……お恥ずかしながら周りに誘えるような令嬢がいないんです」
「あぁ、そうなんですね」
今回の舞踏会は仮面舞踏会にしては珍しいことにパートナー必須の舞踏会である。
理由は色々あるのだろうが、その条件が舞踏会の話が社交界でもちきりになる所以でもある。
どうしようか……と少し思案する。
キースを今朝誘ってみたものの、あの様子ではあと三度ほど粘らなければパートナーにはなってくれなさそうである。
今回の仮面舞踏会は芸術品集めが趣味のヴァーヴァル伯爵のコレクションを披露する役割も担っている。そのコレクションの中に私が大好きな画家の作品があるので何が何でも参加したい。
仮面舞踏会はもとより自由さを求める夜会なので、仮面をつけた状態で遠目から絵を覗くぐらいであれば家の醜聞になることもないだろう。
だから今回は絵画好きの私にとって絶好の機会なのだ。
なんだかんだ私に甘いキースは食い下がればついて来てくれるだろうが、これまで何度もいろいろなところに連れ回しているので今回はそっとしておいた方がいいかもしれない。嫌がるキースを無理やり連れて行くより、誘ってくれたアランと行った方が一石二鳥だろう。
「すみません。突然驚きましたよね……」
「いえ! 舞踏会には行きたいと思っていたんです」
「本当ですか?」
「はい、なので私でいいのならぜひ」
アランの謝罪に被せるように大きな声を出した私に、彼は期待の眼差しを向ける。
私がアランに笑いかけながら誘いに乗ると、彼は嬉しそうに笑った。
***
「はぁーっ……つっかれたぁ」
エルヴァレイン家の自室。
私はベッドに転がりながら、お嬢様とは名乗れないような声を出す。
大きな窓から覗く空は真っ暗で、所々にキラキラと光る星が見えた。
「……お嬢様。はしたないです」
「自分の部屋でくらい許してマーサ」
「奥様が喜んでいらっしゃいましたよ、なんでも次のデートの約束まで取り付けたとか」
「デートじゃないわ、仮面舞踏会に参加するためだけのパートナーよ。会場に入ったらすぐに別れる予定だし」
「だとしても、だそうですよ」
部屋に入ってきたマーサの言葉に夕方頃まで一緒にいたアランのことを思い出す。
アランの誘いを受けた後、絵を鑑賞したいということは言わなかったが仮面舞踏会へ行きたい理由があると言った私に気を利かせてくれたのか、アランは会場に入ったら別行動にしようと提案してくれた。
本当に気遣いのできる青年である。なんで今まで婚約者がいなかったのか。
明るい金髪に深い緑色の瞳を持つ彼は、精悍な顔立ちをしていたし家柄だって悪くない。人気が出そうな人材である。
「良い人だったそうですね。奥様がルンルンでした」
「ルンルンって……まぁ良い人だったわ。なんで婚約者がいないのか不思議なくらい」
「最近じゃよくあることらしいですよ」
マーサの言葉に同意しながら、彼と街を散策している間ずっと考えていた疑問を呟くとマーサがそれに反応してくる。
「よくある?」
「えぇ、まぁ原因はキース様ですが」
「なんでキースが出てくるのよ……ねぇ、まさか……」
マーサの口から出てきたキースの名に訝しむようにそう返していると、ある予想が脳裏をよぎる。
身体を起こしてマーサに向き合うと、神妙な面持ちでマーサが口を開いた。
「そのまさかですよ、お嬢様。婚約者のいない貴族令嬢がこぞってキース様にのぼせ上がっているので、なかなか婚約が進まないとか。キース様が当主になってもう三年ほど経ち、そろそろ奥様を迎えるんじゃないかという噂も相まって皆希望を捨てられないようですね」
「うっそでしょキース。社会現象を起こしていたとは……」
キースの美貌は流石である。そういえば原作でもキースと親しくするヒロインに一部の貴族令嬢が嫉妬して嫌がらせをするシーンがあった気がする。
マーサはまた言葉を続けた。
「キース様に女性の影が全く見られないのも皆が希望を捨てられない一因らしいです」
「堅物だものねあいつ……というかマーサはなんでそんなに詳しいの?」
「侍女は情報を集めてなんぼですから」
「ふーん」
マーサの言葉にそう返すと、マーサは小さくため息をついてホットミルクをカップに入れる。
「……お嬢様だって女性なのに全然キース様と噂にならないことは気づいてますか?」
「え? そりゃそうでしょ。私とキースが噂になるわけないじゃない。皆今でも遊び仲間だと思ってるんじゃない?」
マーサの問いかけに何を言ってるのかと笑いながら返すと、マーサが私を憐れむような顔つきをする。
なぜそんな目で見られているのか皆目見当がつかない。
そんな私の様子を正しく感じ取ったのか、マーサは先程よりもかなり大きいため息をついた。
「可哀想なキース様……」
マーサの小さな呟きは二人しかいない部屋では簡単に聞き取れたが、意味が全くわからない。
首を傾げているとマーサがホットミルクを渡してきたので、それを飲む。温かいホットミルクを飲んでいると眠くなってきたのでそれ以上考えることなどできず、飲み終わるとすぐに私は眠りについた。
お読みいただき、ありがとうございました。




