3話
(キースと親しくなるつもりはなかったんだけどなぁ)
紅茶を飲みながらしみじみと昔を思い出していた私は心のなかで呟く。
もともと私がこの世界が漫画の世界であることに気付いたとき、私はまだキースと面識がなかったためそのまま他人で居続けようとしたのだ。
しかしそうはいかない出来事が発生する。
9歳のとき、両親に連れられて渋々ガーランド邸を訪れた私は、暗い暗い物置で血を吐くキースを見つけてしまったのだ。
キースの父親と彼の後妻にはキースとあまり歳の変わらない息子がいた。
キースからすれば異母弟にあたる。後妻はもちろんのことキースの父親も愛する女性の息子である異母弟のことを溺愛しており、二人とも異母弟を名門ガーランド家の後継者にしてあげたかった。
けれどそれには大きな問題が存在する。
もともとキースの父親は婿入りという形でガーランド家当主だった先妻と政略結婚をした。なので先妻が亡くなった後も当主にはなれず、当主代理という地位しか得ることができなかった。このままいけば異母弟にも当主の座を与えることができない。
それもこれも先妻の息子であり、正当な血筋を持つキースが存在するからだった。
なのでキースの父親と後妻はキースを亡き者にしようとした。
怪しまれることがないように少しずつキースに毒を摂取させ、社交界には病弱だという噂を流し、何年か経った後周りに怪しまれることなく殺害できるよう工作したのだ。
漫画の中ではキースの過去はあまり明かされていない。キースの罪の証拠を追っているときに、当主代理だった父親をかつて殺害したことが判明したことぐらいしか明確に描写されていなかった。
偶然にもキースの過去に触れてしまった私は見て見ぬふりもできず、お父様にわがままを言って、彼を【公爵令嬢の遊び相手】として半ば強引にエルヴァレイン家に引き取ることにした。キースの父親と後妻はキースを引き渡すことを嫌がっていたものの、ガーランド家よりもエルヴァレイン家の爵位が高かったことが幸いした。
最初は大いに警戒していた彼だが時間が経てば打ち解け、私の両親と仲良くなったことで公爵家の後ろ盾をゲットし、父親と後妻、異母弟をガーランド家から追い出し今では立派な当主様である。
そのうえ警戒を解いた当初は私にぴったりとくっついてとても愛らしかった彼は、年々憎まれ口を叩くようになり、最近では私と親しい人々から私に振り回されてなおペースを乱さない優秀な人間だと思われている。
本当に解せない。一体私のことを何だと思っているのか。こちとら奥ゆかしい令嬢である。
「さっきから何なんだ? じっとこっちを見て」
「……なんでもなーい」
キースとの出会いを振り返っていた私は無意識に彼の方を見ていたらしい。
書類から顔を上げたキースは「はぁ……」とわかりやすくため息をついて立ち上がり、私が座るソファの向かい側のソファに腰掛けた。
「で? 話って?」
「やっと聞いてくれる気になったわね」
「聞かない限り居座るだろう」
私はキースの嫌味ったらしい言葉は無視して話を続ける。
「あのね。今度ヴァーヴァル伯爵家で仮面舞踏会があるんだけど……一緒にいかない?」
「断る」
「なんでよ!」
話を聞くと言いつつも、悩む素振りもせず一刀両断してくるキースに思わず大きな声を出すとキースは迷惑そうに眉をひそめた。
「そもそもルアナは仮面舞踏会なんて今まで興味も示さなかっただろ。それなのに今さら行きたいだなんて絶対にろくでもないことが起きる」
「人を厄災を引き起こす奴みたいに言わないでくれる?」
「引き起こすんじゃない、いつもいつも突っ込みに行くんだ」
「ほんと失礼極まりないわね」
キースを説得するにはどうしたものかと考えていると、街の中心に位置する教会から10時を報せる鐘の音が響いてくる。
今日は絶対に10時半には屋敷に帰ってこいとお母様に釘を差されたので、一旦仮面舞踏会のお誘いは保留だ。
「もう10時? 私帰らなくちゃ」
「用事でもあるのか?」
ティーカップに残った紅茶を飲み干し、帰宅する準備を始めながら私はキースの質問に答える。
「私今日お見合いだから」
「…………は?」
先程頬を挟んだときなんて比にならないほど、キースは大きく目を見開きぽかんと口を開けて言葉をこぼした。
お読みいただき、ありがとうございました。