番外編3 (エルヴァレイン公爵夫人視点)
「ルアナが見合いの話を受けたというのは本当か?」
ゆったりとした午後のティータイムをエルヴァレイン家の温室で楽しんでいたら、夫である公爵が現れて私にそう問いかける。
「えぇ、本当です。私の親戚筋の伯爵家長男が相手ですよ」
「そうか……」
私の前にある空席に夫を促しながら答えると、彼は少しだけ顔をしかめて呟いた。
「なにか気になることでも?」
目の前でそわそわしている夫に尋ねると少しだけためらうような表情をした彼はしばらくして口を開いた。
「キースはどうなる?」
「あら……キースはルアナの幼馴染でしょう? 関係ないわ」
「いや、あの子はルアナのことが__」
「あなた」
夫の言葉を遮り、私はにっこりと笑う。
「8年間ずーっと幼馴染の立場に甘んじるヘタレに、私はルアナを任せるつもりはありません」
温室のなかに私の宣言が響き渡ったのだった。
キース・ガーランド。
若くして名門ガーランド家の当主であり、我が息子と娘の幼馴染にあたる青年である。幼い頃に実の父親と継母に毒をのまされ殺されかけているところをルアナが見つけて我が家で保護をした。
彼を初めて見たときに私は『この子は将来とんでもない美形になる』と感じた。
毒を長期的にのまされているせいで身体は痩せ細り、何日も身体を洗っていないのかすこし汚れていた姿だったがそれでも彼の美貌は垣間見えた。
我が家で過ごすことになった彼はとても良い子で、いたずらがすぎるリヴァンとルアナのブレーキ係にもなってくれたし、リヴァンと同じ家庭教師をつけたところとても優秀なことが判明した。
ガーランド家を夫に乗っ取られたくないと言い遺した実の母親のために、社交や勉強に励むキースに触発されてリヴァンとルアナも以前より勉強をするようになったのでこちらとしては感謝しかない。
折に触れてエルヴァレイン家で過ごしていることに感謝を伝えてくれる彼を私も夫も我が子のように思っているし、夫は彼に当主の適性があると判断し彼の後見人になった。
彼の方も私たち夫婦を実の両親のように思っていると話してくれて、今でも誕生日には素敵なプレゼントを贈ってくれる。
そんな可愛いキースなのだが、ひとつだけ気にかかることと言えば……
「ヘタレすぎるんですよ、キースは」
そう。彼はかれこれ10年ほどルアナへの恋心を拗らせているのだ。
私の前でちびちびと紅茶を飲む夫は気まずそうに視線を彷徨わせた。
「10年ですよ? 私だってもう堪忍なりません」
「キースにも事情が……」
「事情? 10年間も何一つ行動に移さない事情がどこにあるんです?」
なぜだかキースを庇おうとする夫に追及の手を緩めず、私はそう尋ねる。
「……いや、相手はあの鈍感なルアナだし」
「ルアナは鈍感じゃありませんよ」
ティーカップを置いた夫に即答すると、彼は目をパチクリさせて口を開いた。
「そうなのか?」
「えぇ。あの子、あなたに似て整った顔立ちをしていますから結構言い寄られることが多いんです。公爵令嬢っていう身分も関係していると思いますけれど。それをなんなく躱していますよ。あまり社交に出ない子だからあなたは知らなかったかもしれませんが」
「初めて知った」
私の言葉に神妙な顔つきでそう返答する夫に小さくため息をつく。
リヴァンだってルアナだって顔は整っているのだ。幼い頃から頭一つ抜きん出た美貌を持つキースが側にいたから自覚は薄いのだが。
「でもじゃぁなんでルアナはキースの思いに気づかないんだ?」
「だから何度も言っているでしょう? キースがヘタレすぎてそういった思いをルアナの前で絶対に外に出さないからですよ」
「あぁ……」
ようやく納得した夫はこれ以上キースを庇うことができなくなったのか、遠い目で頷いた。
「……見合いの話を聞いてキースが動いたらどうする?」
「そこはもうルアナの意思に任せます。ルアナがキースと一緒になりたいのであれば、見合い相手に土下座してでも見合いの話はなかったことにしてもらいますし、ルアナが見合い相手を気に入るようであればキースには可哀想な話ですがそのまま見合いを進めます」
「そうか」
私の言葉に軽く頷いた夫は立ち上がり「ごちそうさま」と言って、屋敷へと戻っていった。まだ仕事が残っているのだろう。
私は一人残された温室のなかでティーカップを傾けて紅茶を飲み込んだのだった。
***
結局ルアナはキースを選んだ。
キースの側が一番自分らしくいられるのだと頬を染めて話した可愛い我が娘のためならば、見合いを断るのだって苦ではない。
なんだかんだルアナの初恋はキースなわけだからこうなる予感はしていた。多分ルアナにその自覚はないが。
アランの方には謝罪の文とともに見合いをなかったことにしてほしいという旨の手紙を送り、あちらから了承を得ることが出来たのでほっと胸を撫で下ろす。
突然降って湧いた娘の婚約は半年の期間を設けるそうで、半年後には結婚式を挙げるらしい。娘の結婚式の準備の合間、用があって街にいる私は一人で街を歩くアランを見つけた。
こちらに気づいたアランは私の方へ近づいてくる。挨拶をしようとしてくれているのだろう。律儀な青年である。
「ごきげんよう、公爵夫人」
「ごきげんよう……ルアナの件でご迷惑をおかけしたわ、ごめんなさい」
「いえ、お気になさらないでください」
私の言葉に朗らかに笑うアランは、少しだけ視線を彷徨わせたあと再び口を開いた。
「……ルアナ嬢に好意がなかったと言ったら嘘になりますが、多分僕の気持ちは本当に淡いものだったんだと思います」
「淡い?」
「えぇ。仮面舞踏会の日、気を失ったルアナ嬢を抱きかかえるガーランド侯爵に会いまして」
そこまで口にしたアランは一瞬黙り込んで、爽やかに苦笑する。
「彼の瞳がルアナ嬢を見つめる熱さに少し気圧されました。僕はきっとあそこまでルアナ嬢を思うことは出来ないと思います。多分、ルアナ嬢も僕にあそこまでの気持ちを抱えることは出来ないかと」
「そう……」
アランの言葉に私は一瞬考え込む。
ルアナは確かにアランを良い人だと言っていたが、おそらく結婚しても自分のすべて__特に絵のこと__をさらけ出すことはなかった可能性が高い。
アランはきっとその可能性を理解していたのだ。
「でも同時に、少し羨ましくもあったんです」
「羨ましい?」
「はい。あそこまで誰かを思えることが羨ましかったんです……僕にもそんな相手ができると良いなと思います」
「あなたならきっとできるわ。だってあなたいい男ですもの」
「ははっ。社交界の華と名高い公爵夫人に言われると自信がつきますね」
「本当のことよ」
私の言葉に「ありがとうございます」と微笑みながら言ったアランは用事があるからと言って踵を返した。
歩き出したアランは不意に足を止めてこちらを振り返る。
「あの、公爵夫人。もしルアナ嬢の結婚式の招待状がまだ余っていたら、ご招待させていただけませんか?」
「結婚式に?」
「はい。実は僕ずっとガーランド侯爵が憧れなんです。同い年なのにもう当主として活躍しているし、剣の腕も素晴らしい。一度じっくり話してみたいとずっと思っているんです」
笑いながらそう話したアランに笑いが込み上げてくる。
「ふふっ、あなた本当にたくましいわ。もちろん大丈夫よ。招待状を送らせてもらうわね。キースにも私から紹介するわ」
「ありがとうございます!」
私の言葉に嬉しそうに笑ったアランは「失礼します」とお辞儀して、次こそ街の喧騒に消えていった。
「勝手に俺のことで約束をしないでもらえますか、公爵夫人?」
アランがいなくなったあと、街の角からぬっと現れたキースは最後の方の話を聞いていたらしい。
「あらキース。遅かったわね」
「時間通りに着いていましたよ。夫人が彼と話していたので、少し離れたところにいただけです」
「彼、面白い人でしょう? きっとあなたと仲良くなれるわ」
「まぁ……ああいうタイプは嫌いじゃないです」
「そうね、だって彼の性格。ルアナにそっくりだもの!」
ふふっと笑いながら私がそう言うと、キースは苦笑しながら「そうですね」と言って私に右手を差し出した。
その右手に自身の左手をのせる。
「それにしても……今日私来る必要があったかしら?」
「ありますよ。俺は指輪を選ぶセンスなんてありませんから。ルアナは『指輪は別に必要ないんじゃない?』とか言ってますけど、必要ですから」
「それって独占欲から来てるのかしら?」
「貴方の娘さんがお転婆だからですよ」
「あははっ。そうね、そのとおりだわ」
キースの言葉に私は思わず声を上げて笑う。
この青年はこれからも私の娘に振り回されるのだろう。案外、彼は振り回されるのが気に入っているようなのでなおさらそれが面白い。
「それはそうと、キース。私のこといつになったら”お義母さま”って呼んでくれるのかしら?」
「はい?」
私の言葉にキースは素っ頓狂な声を上げる。そんな彼に構わず私は言葉を続けた。
「だってルアナと結婚するんだから、私は”お義母さま”でしょう? 大丈夫よ、昔よく私のことお母様って言い間違えてたじゃない。私はお母様でも構わなかったけれど、貴方は”お義母さま”が良いんでしょう? ね、だから”お義母さま”って呼んでみたらどう?」
にこにこと私が畳み掛けると、キースは口をハクハクと動かしたあと耳を真っ赤に染めて叫んだ。
「それはまた今度で!」
そんな彼を見て、私はからかいがいのある婿ができたものだと思うのだった。
お読みいただき、ありがとうございました。
ちなみにキースは結婚式後アランと仲良くなります。




