番外編2 (キース視点)
俺がエルヴァレイン家に引き取られて一ヶ月がたった。
公爵夫妻とその娘、ルアナに救われた俺は、救われた次の日には自分の本当の身分__侯爵の息子であること__を明かした。
公爵夫妻は俺の本当の身分を察していたらしく、特段驚きもしないで「あ、やっぱり?」という反応だった。
そうして一ヶ月の間公爵家お抱えの優秀な医師による治療を受けた俺は少しずつ健康体を取り戻しつつある。
公爵夫妻は数ある客室の一室を俺の部屋として分け与えてくれ、ふかふかなベッドの上で上半身を起こした俺は目の前にいる少年と話していた。
「ルアナったらまたいたずらして今お母様に怒られてるんだよ」
「……昨日も怒られていなかったか?」
「うん、怒られてた」
ベッドのそばに置かれた椅子にちょこんと座る少年はリヴァン。
ルアナの兄にして、エルヴァレイン公爵家の長男である。
そんな彼からルアナの現在について教えてもらった俺は正直引いていた。
俺を見つけ出したルアナという少女。
彼女は貴族令嬢らしからぬお転婆娘だったらしい。
二日に一回は必ず騒ぎを起こし、酷いときなんて一日に三回騒ぎを起こす。
それがドジっ子だから、だとかそういう理由だったらまだ良かったのだろうがこのルアナという少女はわざと騒ぎを起こしているときがある。ガーランド邸で公爵夫妻が言っていた通り、エルヴァレイン家の子どもたちのいたずらは少々度が過ぎていた。
ニコニコと笑いながらいたずらを繰り返すルアナに公爵夫人は三日に一回は必ず雷を落としている。
「ルアナって『いたずらは怒られるところまでが1セット!』とか言ってるんだよ。いたずらってのはいかにバレずにやるのかが醍醐味なのにねぇ。そう思わない? キース」
「いや……思わないけど」
そして俺の目の前にいるこの少年も、ルアナとはまた異なったタイプのいたずら好きであった。
ルアナが仕掛けるいたずらがどんちゃん騒ぎのものだとすれば、リヴァンが仕掛けるいたずらはいたずらを仕掛けられていると気づかれないギリギリを狙う陰湿なものである。
しかしその性質の違いゆえ、先ほどからパクパクとクッキーを頬張っているリヴァンは公爵夫人に怒られることが少ない。
また、ガーランド邸ではわがままな娘にデレデレな父親かと思われた公爵だが、家では全くそんなことないようで、叱るのは公爵夫人に任せているもののいたずらをした子どもを必要以上に庇うことは決してしない。
となるとやはりガーランド邸でのルアナとのやり取りは俺を救い出すためのものだったということである。
「やっほー、キース。遊びに来たよー!」
「あ、ルアナ。もうお母様のお説教終わったの?」
「あれ、お兄様もいる。あ! クッキーいいな、私にも頂戴!」
「はいはい」
バンッと大きな音を立てながら部屋の扉を開いたルアナは、元気にリヴァンの方へ駆け寄りパクパクとクッキーを食べる。
先ほどまで公爵夫人に怒られていたらしいが、そのお説教がまったく響いていない様子が手に取るようにわかる。
「今回はどんないたずらしたの?」
「今回はいたずらじゃないよ。間違えて洗濯済みのシーツを全部池に落としちゃっただけ」
「「いや全部落とすのはわざとだろ」」
「違うってば!」
俺とリヴァンの息の揃った切り返しに、ルアナは不満げに噛みついた。
この一ヶ月ルアナと過ごすようになりわかったことがある。
ルアナという少女は悪魔だということだ。
二日に一回はいたずらをしているこの少女は、すでに何度か俺に罪を被せている。「治療中なのだからそんないたずらできるはずない」と公爵夫妻は俺のことを信じてくれたが、普通に悪魔の所業であった。
そのうえ、一回目の濡れ衣を着せた際の公爵夫妻の言葉から発想を得て、次に俺に罪を被せたいたずらは俺がしようと思えばできるいたずらだったあたり、本当に性格が悪い。
しかしながら俺が罪を被せられるたび、公爵夫妻は己たちの娘であるルアナの性格をよくよく把握しており、俺の濡れ衣は晴れたわけだが、「お母様とお父様が頭よくてよかったね、キース」とにっこり笑いかけてくる当の本人に言葉をなくしたことは一度や二度ではない。
あの暗い物置小屋で光を背にするルアナを見たとき、一瞬天使かと思った自分を普通に拳で殴ってやりたい。
そんなこんなで俺の新しい生活はこのいたずら大好きな兄妹に振り回される生活となったのだった。
***
「何してるの?」
「うわっ!? キース!」
ある日、公爵夫妻がつけてくれた家庭教師が風邪をひいたとかで授業が休みになり、俺が温室を歩いていると、端のほうでコソコソと何かをしているルアナを見つけた。
またいたずらでもしているのだろうと後ろから近寄り話しかけると、ルアナは今までにないほど大きく驚いたものだから思わずこちらも少しびっくりしてしまった。
「びっくりしたぁ。急に話しかけないでよ、もう……」
「……」
俺の方を振り返り、笑いながらそんなふうに言うルアナだがなんだかいつもと様子が違う。彼女は自分自身の後ろにある何かを隠していた。
「またいたずら仕掛けてるの?」
「へ? あぁ、えっと……何もしてないよ?」
「……?」
どうせいつもの通りいたずらでも仕掛けているのだろうと思ってそう尋ねたものの、ルアナは焦った様子ではぐらかす。
いつもいたずらの途中でいたずらが露見したら楽しげにいたずらの全貌を話し、俺を共犯にしようとするルアナが、今は必死になって何かを隠そうとしている。
一体何をしているのか気になって少し身体をずらし、ルアナの後ろにあるものを覗き込む。
「それ……絵?」
「…………そう」
ルアナが俺から必死に隠そうとしていたものはまだ描き途中の絵だった。
俺が絵に気づいたことを察したルアナは諦めたようにそれらを隠すのを止めて、俺の言葉に頷く。
「なんで隠すの?」
気づけば俺の口からそんな言葉が出ていた。
ルアナの描いている絵はおそらく温室に咲く花を写生したもので、俺よりも年下の人間が描いたとは思えないほど上手だった。繊細でありながらたくましく、どこか優しい雰囲気のある色使いの絵はルアナの性格を如実に表していたように思える。
こんなにも綺麗な絵を描くことができるのに、なぜ温室の隅で隠れるように描くのかその時の俺にはよくわからなかった。
「なんでって……キース、教わってないの?」
「?」
俺の言葉にぽかんとしたルアナは俺にそう尋ねるが、一体何を指しているのかよく分からなかった。
「絵は貴族令嬢が描いちゃいけないんだよ」
「あぁ……」
ルアナにそこまで言われてようやく俺は先日家庭教師が言っていたこの国の伝統を思い出した。いや、伝統というよりは男女差別だろう。
「だから堂々と描けないの」
どこか寂しげにそう呟くルアナに、俺の口は自然と動いていた。
「でも好きなんだろう?」
俺の口から勝手にこぼれ出た言葉にルアナは大きく目を見開く。温室に差し込む日光で、彼女の青い瞳がきらきらと光り輝いていた。
少しだけぽかんとしていたルアナはこくりと頷きながら笑った。
その笑顔が少しだけ泣きそうなものであったことをずっと覚えている。
その一件があった後、ルアナは俺の前でも絵を描くようになった。
家族に迷惑をかけたくないからあまり人に知られたくないと言ったルアナは、たいてい自分の部屋か俺の部屋と化した客室で絵を描く。
いつもはよく笑うし、よく喋るし、よく喧嘩するルアナは絵を描いているときだけ別人になったかのように大人しくなる。
最初にルアナが絵を描くところを見たときは、(これは誰だ?)と思ったほどである。
それでも一心不乱に絵筆を進めるルアナの楽しげな表情は、いつものルアナらしいものだった。
なんだかんだルアナが絵を描いているところを見るのが好きで、彼女が絵を描いている間俺はたいてい側で読書をしている。
その日もルアナは絵を描いていて、俺は近くのソファに腰掛けて本を読んでいた。
読んでいた本が一段落ついたのでふと顔を上げると、ルアナは楽しそうに絵筆を握っていてなんだかこちらまで楽しい気分になってくる。
楽しげでありながら真剣に絵と向き合うルアナを見て、(あぁ、俺はルアナが好きなんだな)と唐突に理解した。
物置小屋でうずくまっていた俺をルアナが見つけ出してくれたあの日に恋をしたわけではないと思う。
ただ、あの日から少しずつ……ルアナを知って行くなかで少しずつ大きくなっていった感情がその時唐突に恋という形になったのだ。
ルアナにこの思いを告げるその日まで、楽しげに絵を描くルアナを見ていられたら。だなんて性に合わないことを考えたのだった。
お読みいただき、ありがとうございました。
お気づきの方もいるかと思いますが、ルアナはキースの幼少期をがっつり盛ってます。
警戒を解いた当初は私にぴったりとくっついてとても愛らしかった彼(3話参照)→ルアナに何度もいたずらの罪を被せられるのでルアナを監視するためについて回っていたキース が正しい表現です。
兄のリヴァンはキースに濡れ衣を着せることはしなかったので……ルアナは何度かキースに濡れ衣を着せていますが、両親がキースのことを信じるに決まってると確信していたのでしています。
また、
年々憎まれ口を叩くようになり、(3話参照)→結構最初からキースは憎まれ口を叩いてます
典型的な思い出を美化するタイプのルアナでした。
そして、好きなことを楽しそうにするルアナの姿を見ているのが好きなキースです。




