2話
私、ルアナ・エルヴァレインは転生者である。ちなみに公爵令嬢だ。
その事実に気づいたのは4歳のとき。前世の転生物語でありがちな高熱が出たわけでも、頭をぶつけたわけでもなく、いたずらがバレてお母様に怒られているときに、ふと前世を思い出した。
しかし思い出したからと言って何かが大きく変わることもなく、肉体年齢に引っ張られ人生2周目とは信じられないやんちゃっぷりをそのまま発揮した。
いや、思い出す前よりいたずらのたちが悪くなったのは前世の知識を得たからかもしれない。
そんなこんなで前世を思い出してから1年が経とうとしているとき、偶然にも両親の話を盗み聞いてしまったことで全てがひっくり返ることになる。
「ガーランド家の当主代理が、囲っていた愛人を後妻に迎えたらしい」
「まぁ……まだ当主だった奥方の喪が開けていないのに?」
「あぁ、もともと先妻が存命のときも愛人に入れ込んでいた男だからな」
「婿入りした身だというのに……恩知らずなものね……」
深夜に疲れた顔をして王宮から帰宅したお父様と、そんなお父様にお茶を入れるお母様の会話を盗み聞いたとき、私はなぜか引っ掛かりを覚えた。
夫婦の寝室の前からバレないように静かに自分の部屋に戻った後も、その引っ掛かりは消えず、むしろ増していくばかり。
「ガーランド家……当主代理…………」
真っ暗な自室の中で大きなベッドに潜り込み、先程盗み聞きした会話を反芻する。
なにか思い出せそうで思い出せない感覚がもどかしかった。
「……………………キース・ガーランド!」
10分ほど悩み続け、ようやく思い出したその名前は前世で読んだことのある漫画の悪役令息である。
漫画の題名は長ったらしかったので覚えていないが、ストーリーは覚えていた。
とっても簡単に言えば、平民として育てられた貴族とメイドの娘であるヒロインと、貴族令息としての人生に嫌気が差して家を離れて旅をしていたヒーローが小さな村で出会い、絆を深めていく。互いの身分を知らない二人はそれぞれに心を寄せるも、告白をする前にヒーローの兄が事故で大怪我を負ったことでヒーローは家を継がなくてはならなくなり、ヒロインの前から姿を消した。
ヒロインはその後ひょんなことから貴族の私生児だったことが判明し、父親に引き取られ貴族令嬢としてデビュタントを迎える。
そしてヒロインとヒーローは社交界で再会を果たし、社交界で起こる事件の解決を経て結ばれる。
そんなストーリーである。
そして物語の中盤__ヒロインが貴族令嬢としてデビュタントを終えたあと__から出張ってくるのがキース・ガーランドである。
若くして由緒正しいガーランド侯爵家の当主となったキースは、多くの貴族が私生児だが父親に溺愛されているヒロインとの接し方を様子見するなか、社交界デビューしたばかりの彼女に好意的に接する。
その後も社交界で頻発する事件の解決を命じられたヒーローに協力するヒロインを何度も手助けし、ヒロインに思いを寄せるような描写も何度も見られる。そして彼の存在がヘタレなヒーローがヒロインへの思いを言葉にするきっかけにもなった。
俗に言ってしまえば彼は【当て馬お助けキャラ】である。
侯爵家当主にふさわしい人格者であり、容姿も非常に優れているうえ、不器用でヘタレなヒーローと異なりヒロインに対して真っ直ぐな愛情表現を行う。
完璧であるがゆえにどこか物足りない当て馬。読者の評価はおそらくそんなところだろう。
けれど彼は物語の終盤にして衝撃の事実をさらけ出す。
ヒーローが解決するように命じられた事件の数々。それら全てはキース・ガーランドが画策したものだった。
ヒロインへの態度も欺くためのものだと語りながら笑うキースは、正しく悪役の顔であった。
その後いろいろあってヒーローとヒロインはキースの悪事の証拠を入手し、言い逃れができなくなったキースは処刑された。
そしてヒーローとヒロインはハッピーエンドを迎える。
「……まぁ、私は関係ないか!」
この世界が漫画の世界だったことに少々驚いたが、私は名前すら出てこなかったモブ中のモブ。気にすることはないと吹っ切れそのまま眠りにつこうとした私は、部屋においてある姿見の前で足を止めた。
「銀髪に……青色の瞳……」
姿見にはネグリジェ姿の私が映っている。髪の色が多種多様なこの世界においても珍しいと言われる銀髪は、私の自慢だった。お父様から遺伝した青色の瞳も綺麗だと褒められることが多々ある。
しかし今はそんな事考えていられない。見慣れた姿が映っているだけなのに、なぜか冷や汗が出ている気がした。
「いや、まさか……ね」
嫌な予感を振り払うようにそう呟くが、頭の中にあるセリフが浮かび上がる。
__最初の被害者は公爵家の令嬢です。出血がひどく……生前美しいと囁かれた銀髪が赤く血塗られていました__
漫画内で事件の捜査にあたる騎士が言った言葉。さして重要でもないシーン。多分前世でもそのセリフを覚えてなんかいなかったはずだ。
なのになぜこんなにもはっきりと思い出すのか。これが生存本能といったものなのか。全くもって思い出したくなかった。
銀髪の公爵令嬢なんてこの国には今私しかいない。
「うっそでしょ……」
こうして私は5歳にして、自分が将来悪役令息に殺されるモブ令嬢であることを思い出したのだ。
お読みいただき、ありがとうございました。