14話
(キースが私のことを好き……ってこれ現実?)
「少し頭を冷やしたい」とキースに言われて、客室に戻された私はふわふわとした足取りでベッドまで歩き、ボスンっと音を立てながらベッドにうつ伏せに倒れ込んだ。
私の頭の中には綿あめが詰まっているんじゃないかと思うほど考えがまとまらず、逆に考えれば考えるほど何を正解にすれば良いのかが朧気になっていった。
「キースが私を好き? いやでも、今まで一度だってそんな様子はなかったじゃない……」
ポソリと出てきた私の呟きは、シーツに吸収されていく。
私は自分が人から向けられる好意に疎いと思ったことがなかった。貴族令嬢として生きていくにはそれなりに好意を向けてくる相手を躱すスキルも必要になるからだ。
幼い頃から一緒だったキースだが、彼から一度だって色恋めいた視線を感じたことはない。だがしかし先ほどの彼の瞳は確かに熱を持っていて、それにその熱はどう考えても軽い気持ちではないことが明白だった。
「…………」
目を閉じて思考に集中しようとするものの、全くまとまらない。
ムクリと身体を起こして、ベッドの上で座り込むと客室のドアを控えめにノックする音が響いた。
(これ、キースかな? キースだったらどうしよう……まだまともに顔見れないんだけど!)
そんな不安を抱えつつ、他家の客室を借りている以上無視もできない私は恐る恐るドアを開ける。
すると客室の外には緊張した面持ちのヴェンが静かに佇んでいた。
「……ヴェン? どうしたの?」
「…………ルアナ様にお見せしたいものがありまして」
「私に?」
「はい。よろしいでしょうか?」
「えぇ……大丈夫だけど」
小さく息を吐いて踵を返し、廊下を進んでいくヴェンの後ろを静かに歩く。
何度も訪れたはずで、何度も通ったことがあるはずのガーランド邸の廊下がまるで初めて訪れた屋敷の廊下のような気がして、そわそわする。
屋敷の奥にある一つの部屋の前で立ち止まったヴェンは胸ポケットから鍵を取り出す。
この部屋は私も入ったことがない気がする、というかこんなに廊下が続いていたことさえ知らなかった。そういえばガーランド邸はガーランド家の歴史を示すかのように、広大な敷地を持っていることを思い出す。
鍵穴に鍵を挿した彼がゆっくりと鍵を回すと、ガチャリという音が静かな廊下に響く。
ヴェンはくるりと振り返り、静かに私を見据えて口を開いた。
「この部屋は主と限られた使用人しか入室が許されていません」
「そうなの?」
「はい。特にルアナ様にだけはこの部屋のことを知られてはならない、と私は主から言いつけられています」
「え……? じゃぁなんで私をここに……」
ヴェンの言葉になぜ自分にだけはこの部屋を知られたくないのかという疑問も持ち上がったが、それよりも私をわざわざここに案内したことが気になる。
彼の話からすると、ここに私を連れてきたのはヴェンの独断のように思えた。
「主に私がルアナ様をここにお連れしたことが知られれば、私の処罰は免れないでしょう。流石に辞めさせられることはないと思いたいですが、あの方は神経質なほどにこの部屋の存在をルアナ様から隠したがっています」
「!? だったら引き返しましょう? ヴェンがそこまでのリスクを抱える必要性はないわ」
ヴェンはキースが全幅の信頼を置く従者であり、そんなヴェンがクビになるだなんてことがあってはならない。彼はキースがガーランド家当主になる前からキースに仕えてきた数少ない人間なのだから。
私は踵を返して客室に戻ろうとするが、ヴェンはゆるく首を振ってそれを止める。
「私のことなどどうでも良いのです。私はもともと主に命を救われ拾われた身。今回のことで主の怒りを買えばまた貧民街に戻るだけです」
「わざわざキースを怒らせるようなことをしなくていいって言っているの!」
「いいえ。主の怒りを買うとしても、私はここをルアナ様に知っていただきたいのです……主のためにも……」
「ヴェン……」
どうにかしてヴェンを説得したかったが、彼の瞳には揺らがない決意があった。キースといい、ヴェンといい、どうして私の周りは頑固な人が多いのか。
「分かったわ……教えてちょうだい。この部屋は何なの?」
「中を見ればすぐにお分かりになるかと」
そう言いながらヴェンはドアノブを回してゆっくりとドアを開く。
少しずつ開いていくドアに思わず唾を飲み込みながら、ヴェンに促されるまま薄暗い部屋の中に入る。
真っ昼間だというのに、部屋の中には日光が入りこまないようになっていて部屋の中の詳しいことが全くわからない。
パチンッとヴェンが部屋の電気を付け、パッと部屋が明るくなり私はヒュッと息を呑む。
部屋の中にはいくつもの絵画が並んでいて、それも全て立派な額縁に入れられていて、綺麗に整理されて壁にかけられていた。
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