12話
「それで? 話ってなに?」
昼食を美味しく頂いた後、キースの部屋を訪れた私は落ち着かない様子で座っているキースに問いかけた。
執務室から少し離れた場所にあるキースの部屋は落ち着いた雰囲気のある書斎と、書斎内にある扉の先が彼の寝室の二室でできている。
「昨日の仮面舞踏会。あんなに行きたがっていた理由は伯爵の絵画コレクションがあったからか?」
「当たり前じゃない。あれがなかったらわざわざ行くわけないわ」
「相変わらず絵が好きなんだな」
キースは家族以外で私が絵が好きなことを知っている数少ない人間の一人だ。
なにを今更……と思いながらキースの言葉に「そりゃ今でも好きよ」と返すと、キースは一瞬黙り込んだ。
迷うように視線をうろつかせ少しうつむきながらキースは、とても言いづらそうに口を開く。
「あのアランとかいう男と結婚したら、今よりもっと絵と触れられなくなるだろ?」
「……まぁ、それはそうね」
キースが言ったことは事実であるし、昨夜あの二人組に気づくまでずっと気にかかっていたことでもある。キースの言葉に私が同意すると、キースはバッと顔を上げた。
「だったら俺と……」
「だから私アラン様とは結婚しないわ」
今朝目が覚めてからずっと考えていたことを、ハッキリとした声でキースに宣言する。
初めて本当に死にかけて、とてもベタだが人生いつ何が起きるかわからないことを実感した。それならば好きなことを我慢するのは辞めよう! と心機一転した次第である。
「キース? ごめんなんか言った?」
「え? あぁ、いや……結婚しないんだな……そうか」
力強く宣言をしたせいで何か言おうとしていたキースと被ってしまい、キースの声が全く聞こえなかった。
「えぇ、やっぱり私は絵が好きだもの。貴族令嬢だからやっぱり絵にはまだ触れにくいけど、そこはなんとかするわ。外国に行くなり、籍を抜いて平民になるなり」
「は!?」
満面の笑みを浮かべながら決意を語る私にキースは驚きの声を出す。
「ル、ルアナ。外国だとか平民って本気か? ……家族にも会えにくくなるし、侍女だっていないんだぞ?」
「選択肢の一つとして例にあげただけよ、まずは貴族令嬢のまま絵に触れられるよう動くつもり。けどまぁ有力な最終手段よね」
おろおろと言うキースに、落ち着け落ち着けと思いながら私はそう返すが、「最終手段って……」と言いながら頭を抱えるキースは全く落ち着けていないように見える。
「落ち着いてよ、キース。私外国だとか平民ぐらいで野垂れ死ぬような人間じゃないわ」
そもそも私の前世は普通の中流家庭だ。自炊もできるし、家事だってお手の物。
一応は貴族令嬢の皮を被っているが、私の庶民的な実態は幼い頃からキースだって知っているはずだ。
「いやそれは分かってるが、そうじゃなくて!」
しかし謎なことに私のなだめはキースには逆効果だったらしく、キースはキッと私を見据えながら大声を出す。
「じゃ、どういうこと?」
「それは……」
私がキースに聞き返すと、キースはうろたえたように言葉をつまらせた。
本当にキースはなにがしたいのだろうか。
訝しげにキースを眺める私を他所に、キースはうつむきながら何かをボソボソと呟いてからスーハーと深呼吸をする。
顔を上げたキースは意を決したように強い瞳で私を見つめていて、思わず小さく息を呑む。あんな表情をするキースなんて見たことがない。
「俺と結婚してくれ、ルアナ」
「え……?」
昼の暖かさで満ちる執務室のなかに、キースが突然爆弾を投げこんだのだった。
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