11話
次に目が覚めるとそこはガーランド家の客室のベッドだった。
窓の外はすっかり朝で、私の起床に気づいたガーランド家のメイドの話によると、昨日の夜私はキースに抱きしめられたまま気を失ったのでキースがガーランド邸に連れて帰ってきたらしい。
「おはようルアナ」
「おはよう」
私の起床を知ったキースが客室に入ってきたのでベッドから出ようとすると、「安静にしてろ」と止められた。
仕方がないからベッドのうえで上半身を起こすことにすると、キースは私から見て左側のベッドの縁に腰掛け、少し首をひねって私に視線を向ける。
「体調はどうだ?」
「なんともないわ、元気よ」
「そうか……」
私の言葉にほっとしたように頷いたキースは、真剣な面持ちに戻って口を開く。
「ルアナ、昨日のことなんだが……」
キースの話によると、昨夜の仮面舞踏会は去年キースや他の家の当主と王太子を中心とした政策により正式に禁止となった麻薬の密売者をあぶり出すためのものだったらしい。
王太子を筆頭に施行された政策だったが、国が禁止したのなら密売すれば良いと考える輩はどうしたって存在する。なかなか流通が減らない麻薬に王太子は裏に密売を支持する貴族がいると考えたが、王家主催の夜会ではなかなか尻尾を出さない。だから王太子は罠にかけることにした。
仮面舞踏会がその罠に選ばれたのは、顔を隠すという匿名性からそういう品が出回ることも多いからだ。
王家に協力を要請されたヴァーヴァル伯爵は従来の派手好きもあり、盛大に仮面舞踏会を開いた。そして案の定商売の絶好のチャンスだと思った密売者は伯爵家に現れたというわけだ。
あの二人組は騎士団に拘束され、今は尋問を受けている最中だという。ああいった密売者の類はなかなか減るものではないが、尻尾を掴めたので状況も少しは好転するだろうとのことだ。
「あのバカ王太子、仮面舞踏会の二週間前になって俺にこの話をしてきた」
「バカって……あぁ、まぁ……」
思いっきり不敬なキースの発言だが、私の幼馴染の一人でもあり、賢いくせにひゃっほーな王太子を思い浮かべ、バカ王太子の側近であるキースも苦労人だよなと同情する。
「昨日のことは分かったけど、なんで私をガーランド家に連れてきたの? エルヴァレイン家の馬車が待機してあったでしょ」
「エルヴァレイン家に帰してみろ、公爵夫人に詰められるに決まってる。そんなのごめんだ」
相変わらずキースは私のお母様に弱いらしい。昔からキースと私のお兄様はお母様に死ぬほど弱く、少し詰められただけでポロッと全て話してしまう。二人曰くお母様に無表情で凄まれるといつの間にか話してしまっているらしい。
そして余談だが私のお父様はお母様に凄まれても、話さない時は絶対に何も話さない。キースとお兄様の憧れの人となるのも頷ける。
「公爵には昨夜今回の件を手紙で伝えたけど、基本的に箝口令が敷かれているからな。問い詰められても答えちゃいけないが、あの人を前にして口を割らない自信がない」
「へぇ……でもそれじゃ私に言っちゃったのも駄目じゃないの?」
「お前は被害者だろう。それに明日には新聞に出る。まぁそういうことだから、帰るのはその後にしてくれ。公爵には伝えてあるから」
「ほーん」
お母様に勝てないと断言するキースの言葉に軽く返すと「間抜けな返事をするな」と言いながらキースに鼻をつままれた。
「ぢょっと! はあしえ!」
「はいはい……」
私の抗議を受けてキースはすぐに手を離した。あまり痛くはないつまみ方だったが、思わず鼻をさする。
そんな私を見ながらキースはまた口を開いた。
「ごめん、ルアナ」
「え? なにが?」
「お前を巻き込んで……危ない目に合わせた」
キースの謝罪に対して私が疑問を声にすると、彼は軽く俯いて小さくそう言った。
それを見て、キースは本当に優しい人間だと改めて思う。
「ほら、下向かないで」
私はそう言いながらキースの両頬を軽く挟み、グイッとこちらを見させる。
「別にキースのせいじゃないでしょ。人気のない場所に行った私のせいでもあるし」
「…………」
私がそう言ってもキースの表情は晴れない。彼はいつもの余裕綽々な表情ではなく、迷子の子供のような表情をしていた。
そういえばキースと仲良くなってしばらくして私が誘拐されたときも、こんな表情をしていたなと思い出す。
春の日光を取り込んだ薄紫色の瞳が、ゆらゆらと揺れていた。
「あぁもう。キースは悪くないってば! 私が言ってるんだから、それでいいでしょ。分かった!?」
「……あぁ」
少し語気を強めてそう言うと、キースはやっといつもの表情に戻る。
それを確認した私はパッと手を離してキースを解放してあげた。
「というか普通にあの二人組が悪くない? 犯罪者じゃん」
「......それは確かにそうだが......お前はお前で危機感が欠如している」
「ちょっと!」
キースの言葉に反射的にそう返すが、いつもの調子を取り戻した彼に自然と笑みがこぼれる。
「なにニヤニヤしてるんだ」
「なんでもなーい」
「はぁ……」
私の笑みに気づいたキースが訝しげに聞いてくるが、それを私が笑いながら躱すと彼はいつものように軽くため息をついた。
「……あ! アラン様に帰る報告してない!」
なにか忘れていると思ったら、アランのことだった。仮面舞踏会へ向かう馬車の中で、途中から別行動だがパートナーとなった以上、帰る時は使用人を使った伝言でもいいから伝えてほしいと頼まれたので、「わかりました」と返したことを思い出した。
「ルアナの見合い相手ならルアナを連れ帰るときに会ったから大丈夫だ」
「あほんと? 悪いわね、何から何まで」
「いいのか? 見合い相手に他の男に連れ帰られるところを見られたんだぞ」
「他の男も何も箝口令が敷かれてるんじゃ仕方ないでしょ」
「そうか……」
ムスッとしたキースはそれだけ呟いて、頭の向きをもとに戻して前を向く。
そして何故か大きく息を吐きながらさらさらの紺色の頭をガシガシと乱雑に掻いた。
「ルアナ……」
頭から手を離したキースは、頭の向きをこちらに向けないまま私の名前を呼んだ。
キースの左斜め後ろ姿をじっと見つめながら「なに?」と聞くと、キースはこちらを向かないまま言葉を続けた。
「後で大事な話がある」
そう言って立ち上がったキースはまたしてもこちらを見ることなく、客室の扉に向かう。
「後? 今じゃだめなの?」
「そろそろ仕事に戻らないと……話が長くなるかもしれないし」
キースの背に向かってそう問いかけると、キースは返事をしながらドアノブに手をかける。
「とりあえず、昼食の後俺の部屋に来てくれ」
頑なにこちらを見ないキースは、それだけ言い残して客室を後にした。
「どうしたんだろ?」
そんなキースの言動に私の疑問は春らしい温かな空気に溶け込んでいった。
お読みいただき、ありがとうございました。




