10話
「おい」
「……」
偉そうな男がそんな声を出す。私に話しかけたわけではないと思いたいが、どう考えても私だろう。その証拠に背中にひしひしと視線を感じる。
「……ごきげんよう、紳士様方。どうかなさいましたか?」
仕方がないのでそちらを振り返ってにっこりと笑う。
私は今ここに来たばかりで何も聞いてません風を装いながら。
私の目の前には偉そうな態度をした痩せ細った男と、ニヤニヤと媚びへつらうように笑う小太りした男がいた。
「いつからいた?」
「? たった今ですけれど」
なんでそんなことを聞くのかわからないといったふうにとぼけながら私は返す。
「ふんっ、ならいい」
(よっしゃ! 想定より間抜けだった!)
私の演技が功を奏して偉そうな男は鼻を鳴らして言う。
「それでは私はこれで……」
ニコリと笑いながらさっさと退場しなくちゃと踵を返そうとした次の瞬間。
「おい待て。このハンカチ、お前のか?」
(やらかした!)
先程偉そうな男をなだめていた男が白いハンカチをひらひらと振る。正真正銘私のものである。ベンチに座るときに敷いたものだ。なんで忘れていたのか。どう考えたって馬鹿すぎる。
「このベンチに置いてあったぞ。お前ここのベンチに座ってたんだろ。なんで嘘ついた?」
「……それは……」
ニタニタと笑うなだめ男の言葉をうまく躱せる話が思いつかない。
なだめ男の言葉にハッとした偉そう男は怒りを表情にのせて口を開いた。
「お前、聞いていたな?!」
(私のバカ野郎!)
二人組に確信を与えてしまった以上、少しでも早く会場に戻らなくてはならない。会場でなくとも人がいるところまでは逃げなくては。
私は素早く履いていたハイヒールを両足とも脱いで、男二人に向かってぶん投げる。
そしてハイヒールが手から離れてすぐに踵を返してダッシュした。
「「うわっ!」」
背後から聞こえてきた驚いた声から察するに、ハイヒールは幸運なことに男二人にヒットしたらしい。
「このじゃじゃ馬が! 早く追いかけろ!」
「は、はい!」
偉そう男がなだめ男に大声で命令し、なだめ男が走り出すのを背後に感じる。
私の運動神経は決して悪くはないが、いかんせんドレスでは走りにくすぎる。そのうえ一人になりたくて庭園の奥の奥の方にいたことが裏目に出て一向に会場が見えてこない。
少しずつなだめ男との距離が縮まり、彼の手が何度も向かい風にのって靡く私の長い髪を掴みかける。
(結んでくればよかった!)
そんなことを心のなかで叫ぶが、その間にもなだめ男は距離を詰めてくる。小太りした体型だが、思ったよりも足が速い。
「いたっ!」
あともう少しで会場が見える……というところでグイッと髪を引っ張られ後ろに倒れ込む。急いで振り返るとなだめ男が私の銀髪をむんずと掴んでいた。
「おい、捕まえたか?」
「えぇ、この通り」
「手間かけさせやがって……」
なだめ男の後ろから偉そう男が覗き込む。偉そう男はぎょろりとした目を私に向けた。
普通に絶体絶命である。ここからでも大声を出したら誰かが気づくだろうか。
「どこかに連れて行って始末しますか?」
「いや……とんだじゃじゃ馬だからな。何かあると面倒だ、さっさと始末したほうがいい。ここでやれ」
「わかりました」
やばい。非常にやばい。二人組の男は私を今ここで殺そうとしている。
逃げ出そうとするが、腕をがしっと掴まれていてとてもじゃないが振り切れない。
なだめ男がナイフを取り出し、私のほうに顔を向けてニタリと笑った。身体から血の気が引く。公爵令嬢である私は小さい頃に誘拐されたことが何度かあるが、それは身代金目当てで、生死に関わる危害を加えられることはなかった。でもこの男たちは今私を殺そうとしている。そしてその行為になんの罪悪感も抱いていない。
「じゃあな、嬢ちゃん」
なだめ男が振るうナイフがやたらゆっくりと動いている気がする。大声を出さなきゃいけないのに、何かが喉に張り付いて声が出ない。ナイフから目を逸らすことができず、ナイフに反射した月の光が眩しいなぁとあまりにも場違いな感情が頭をよぎった次の瞬間。
「誰に手出ししてやがる」
聞き覚えのある深いテノールの声が聞こえ、瞬きの間になだめ男が大きな音とともに吹っ飛ばされていた。
「な、なんだ貴様!」
偉そう男がいかにも小悪党といった言葉を発するが、新しく現れた男はそれを意にも介さない。
「やれ、ヴェン」
「はっ」
その言葉が聞こえるやいなやどこからともなくヴェンが現れ偉そう男に蹴りを入れる。汚いうめき声をあげて吹っ飛んだ偉そう男は気を失ったようだ。
「……キース」
新しく現れた男は先日私が喧嘩したキースだった。
「大丈夫か? ルアナ」
「……ごめん、この前大声で怒鳴ったりして……」
どうやら私は動揺しているらしい。座り込む私に向き合うようにしゃがみ込んだキースの質問にまともに答えられず、そんな言葉が口をついた。
「……いいんだ、俺も躍起になった……ごめん」
私の謝罪に驚いたように目を見開いたキースだが、静かな声でそう言いながら私の後頭部に手を回す。
いったいどうしたのだろうと思っていると、シュルシュルと紐のこすれる音がして私の仮面が外れる。
「……キース?」
「……はぁ……間に合って良かった……」
キースを見上げる私の顔を見て、ほっとしたような表情をしたキースは弱々しい力で私を抱きしめる。
「キース?」
「ごめんルアナ。少しでいいから……本当に、本当に肝が冷えたんだ……なんでしょっちゅう危険な目にあうんだ......」
「なんでなんだろ......」
いつもの声を出そうとしているがキースの声は弱々しく、それに加えて私の背に回す腕も小さく震えていた。
温かいキースの体温が心地よくて、まぶたが重くなってくる。
少しずつ少しずつ意識が遠のいていくのをうっすらと感じた。
お読みいただき、ありがとうございました。




