第55話もう一歩前へ、ルミ
「ねぇ?ルミは今回の任務、どう思ってるの?」
アルファの出したカードゲーム中に、お嬢様が唐突に話す。
どう思ってる……?
「……どう、とは?どういう事でしょうか」
よく分からないと思い、聞き返す。
「私……ルミに人を撃って欲しくないわ」
お嬢様は悲しげに目を伏せて、ワタクシに訴えてきた。
「……ワタクシは騎士ですわ、お嬢様の為なら……撃ちますわ」
きっとこの間の失態で、心配を掛けてしまったせいだ。
人を、撃ったことのない小娘……騎士などと言ってはいるが、実戦なんて野生動物相手でも数回しかしたことが無い。
「騎士だから……私の言うことは聞けない?」
その目はこちらへは向けられず、ただ悲しげな色を称えて手札を見ていた。
「おい、なんかヘンじゃないか?」
1番手札が残っているアルファが、怪訝な表情をして声を上げた。
変とはなんだろうか?と思い、周りに気を回すと、外からドタドタと走る音や叫び声のようなものが遠く聞こえた。
ワタクシがどうするか何が起きているのか考えると――
「様子を見て来る、2人はここで待ってくれ」
彼は――アルファはこういう状況の時、迷いなく決断を下す。
初めて会った時に貴族の馬車へ登るという突拍子も無い事をすぐ様実行していたし、エルフの里山でも魔族の襲撃時には彼が一番最初に追うことを決めたそうだ。
ワタクシにはこれ程迷いなく物事を決める事はできない。
「待ってくださいまし、これを持って行ってくださいな」
出ていこうとする彼を呼び止めて、使い魔の弾丸を渡す。
「我が左目は空を舞う――使い魔ですわ、各感覚を共有してますから、ワタクシにも見えますわ」
使い魔を起動させながら、アルファへ説明をする。
こちらからは送れない一方通行ではあるが、状況確認には十分だろう。
■■■■
アルファからの情報で、玄関が襲撃されていることが視える。
なんでここが――まさか王女派の内、誰かがこちらを把握している?
しかし、今は考えても仕方ない。
「ルミ!お姫様を頼む!玄関から通さないよう敵を制圧するから、部屋で籠城してレミが戻ってくるのを待ってくれ!」
アルファがワタクシの使い魔へ話し掛ける。
確かに籠城が1番確実かつ安全か、団長とレミも戻ってくるだろうし、宿の本館にいる警備達も直に来る筈。
「お嬢様、どうやら襲撃のようです。この部屋に籠城いたしますわ」
扉を施錠して、マスケット銃を入れたホルスターを身に着ける。
襲撃者ではない他の者がここへ来るなら、使い魔越しで判る。
扉を更に家具で塞ごうとするが、重量のある家具はしっかり固定されている。
「また、戦い?……どうして……?これまで誰も私を見なかったクセに、会ったことも無い父のせいで、私は……」
お嬢様が珍しくウンザリとした口調で感情的な言葉を吐く……
正直に言うと、彼女にはかなり同情する。
家の方針によって外出すら碌にできず、殊更に女性らしくと育てられた……そんな人間がある日突然、このような襲撃を受けることになっている。
それはウンザリともする……ワタクシはどんな言葉を贈ればいいのだろうか?
「ご安心下さい、ワタクシが付いておりますわ」
月並みな気休め程度の言葉しか、思い付かなかった。
警戒していると、使い魔の視界から魔術師が強力な炎の魔法を使っているのが見え、アルファがソイツを撃つ。
「まずい!」
そう思った瞬間、撃たれた魔術師が大きく上方へ炎の魔法を投げる。
ボゴオオオ!!
部屋の天井が突然爆発し、猛烈な炎が部屋中に一気に広まる。
「お嬢様!」
見れば、窓際にいたお嬢様は無事だったが――
ワタクシとお嬢様の間には、燃え上がる天井の大きな梁が床を突き抜いて天井から斜めに横たわっていた。
屋根全てが崩れなかったのは幸運だった、だがお嬢様が孤立してしまった。
施錠した扉を開けて、ホルスターに入れていたマスケットを全て廊下へ投げ出す。
「ルミ!?何する気!?」
お嬢様が焦燥した声を上げるが、返事をする時間が勿体ない。
斜めに横たわった、燃え盛る木材を右の手と肩で持ち上げる。
「グッ……クッ……ウオオ!」
ジュウジュウと炎に触れた部分が焼ける音がする。
普段のワタクシでは重すぎて持ち上げることは出来ないだろう木材だったが、渾身の力で何とか床との間に隙間を作ることが出来た。
「お嬢様!この下を通って部屋の外へ!」
怯えた表情をしたお嬢様が、燃え盛る梁と床の間を通って脱出する。
すぐに梁を離してお嬢様と部屋を出る。
先程捨てたマスケットの中から、左手で拾えるマスケットのみ左手用のホルスターへ納める。
「さぁ!行きましょう!下にはアルファもいますわ!」
励ましの言葉を掛けながら黒煙が充満しつつある建物から脱出する。
「アルファ!脱出しますわよ!」
1階へ続く階段を降りながら、アルファへ指示する。
「ワタクシが左をカバーしますわ!アルファは右を!貴方方は厩舎からワタクシたちの馬車を本館へ移動させてくださいまし!」
恐らく外にはまだ賊が残っている筈、しかし、ココに残っていても焼け出されるだけだ。
「その傷……」
アルファの驚愕したような声が聞こえた。
「大丈夫ですわ!お嬢様は無傷です!一気に行きますわよ!」
アルファに合わせて一気に外へ出る。
敵がすぐ傍まで来ていたが、左手のマスケットで胸を撃つ。
――お嬢様の為なら、もう怯えは無い――
すぐ様、撃ったマスケットをホルスターに仕舞い、新しいマスケットを抜く。
正面門までの間で、もう1人撃つ――残り1発……
馬車がワタクシとお嬢様とアルファの前に停まる。
「お待たせいたしました!さぁ!乗って!」
「お嬢様!こちらへ!」
すぐにお嬢様を馬車の客室へ乗せる。
御者台は一杯なので、客室横のステップに乗り、設置されている手摺りを持とうとするが激痛に顔が歪む。
流石に火傷したままで物を持つのは厳しいか。
ならば――
「ルミ!お前も――」
「白髪の女神よ慈悲の神よ勇気ある者よ、その身を癒したまえ」
自身の身体を無理やり治癒させる、他人へ治癒魔法をかける際は相手の魔法抵抗がある為相応の準備が必要だが、自身の傷を皮膚で覆う程度ならワタクシの治癒魔法でも即座に出来る。
シュウウゥと音を立てて火傷が塞がる。
「オイ!そんな無理矢理治癒したら傷跡が――」
「だからどうしましたの?早く乗ってくださいまし!」
アルファが何か言おうとしていたが、左手にマスケットを持ちながらすぐに馬車へ取り付く。
分厚い皮膚が創られた右手はまだ痛みを発していたが、手摺りを持つ事はできた。




