第30話運命の日、マリー
勇者教会の修道院に置かれている、最近開発された非常に高価な鏡を見る。
そこには酷い目の隈をした、痩せ細った貧相な女が写っていた。
「……酷い顔」
自嘲気味に言葉を発すれば、その貧相な女も口を動かした。
あの日――醜い私の罪が彼に見られた日。
■■■■
――彼さえいれば、マークス牧師……父さんが研究していた、現在の観光地化された偽物の巡礼ルートではなく、当時の勇者パーティが旅をした本物の巡礼ルートを巡ることができる。
父さんの研究は正しかった、彼が存在することこそその証明だ。
4大災厄、第1の災厄――2人目の異世界からの来訪者――によって全て破壊され、記録に残すことすら禁忌とされた魔法。
異世界人の召喚と複製の魔法、対魔王の究極の召喚魔法。
その現存する唯一にして最後の魔法陣から現れた彼。
あの魔法陣を勇者教会で発表すれば、きっと父さんは初代勇者時代の遺物を再現した聖人として歴史に名を残すに違いない。
そして初代勇者が旅した本物のルートを巡礼すれば、もっと父さんが研究中だった内容の裏付けが取れる。
それらを全て集め、父さんと私の連名の論文とすればきっと皆、認めてくれる。
■■■■
最近迷宮都市での活動に限界を感じており、久しぶりに迷宮外の依頼を受けた。
「なんだかんだ、迷宮以外に行くのは久しぶりねぇ」
天気は良く、ガラガラとアシヌスの牽くロバ車の御者台からアルファへ話しかける。
「そうだなぁ、最近はずっと魔晶石売ってたもんな」
冒険者ギルドの銀行口座には、それなりの額が貯まっていた。
今日の依頼で狩猟の勘を取り戻したら、今度こそ巡礼を再開してもいいかもしれない。
初代勇者パーティ本来の旅路は現在は廃れてしまった所も多く、危険が伴う。
しかし今の貯蓄と、彼がいれば問題なく巡礼することができるだろう。
巡礼が終わった後、そのルートと彼の存在を勇教会に公開すれば、きっと天地がひっくり返る程の大騒ぎとなる。
そうなれば父さんも――
「なぁ、マリーちょっと止まっていいか?」
神涙石を弄りながら考えていると、アルファが突然停止する。
どうかしたのだろうか?依頼をした村は遠目に見えており、後ほんの少しで到着する。
アシヌスを止めてアルファを見る。
「どうしたの?何かあった?」
彼はモジモジとしながら、何かを手に持っている。
意を決したかのように、その、何かを、差し出してきた。
渡されたのは……花と布で可愛く包装された……な……に……か……
急速に自分の口が渇き、心臓がドクドクと早鐘を打ち鳴らす。
これが何か?そんな……そんな……こと……判りきっている。
だけれど、聞かずにはいられなかった。
「これは……?」
やめて……応えないで……相反する想いが頭の中をグルグルと駆け巡る。
だが、その予想通りの言葉が――まるで、神が私へ罪を忘れるなとでも言うように、発された。
「前にブレスレット貰っただろ……そのお返し」
彼からの……私が利用し続け、人間ではないのだからと、彼自身ですらその存在を知らない、絶対命令権である神涙石を持ち続けた私への……
命令でもお願いでもない、彼自身――アルファ――が考え、私が喜ぶよう、こんなにキレイに包装までしてくれた……贈り物。
頭から血の気が引き、冷たくなる感覚と喉が渇いて舌が貼り付いて、呼吸すらままならない。
そして……そんな私の最も救い難い部分、心は……
死すら想起させる罪悪感と――
今にも御者台から飛び降りて彼に抱き着いてお礼をしたい程の、形容し難い、歓喜の想いが渦巻いていた――
■■■■
恐ろしい吸血鬼との戦い。
そして――彼に、知られた、知られてしまった。
彼の本当の正体、そして私の、罪を。
どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう
迷宮都市へ帰るまで、只々何の答も出ない問いが渦巻いた。
「マリー……アシヌスと先に帰ってくれ、ちょっと1人になりたい」
迷宮都市へ入る直前、彼が口を開く。
1人……彼は、何を思うのだろう。
「……わかったわ、先に宿に帰ってる――待ってるから」
彼とはココで最後かもしれない――そう思いながら、私の醜い心は、彼が私の元へ帰って来ることを期待していた。
■■■
冒険者ギルドへの報告は、アルファも居なくては手続きができない為、冒険者ギルドの近くにある宿へ戻る。
アシヌスを宿の厩舎へ連れて行き、水と干し草を用意する。
それが終われば、私の足はフラフラと宿を出て勇教会へ向かっていた。
勇教会の聖堂へ辿り着き、祀られている聖剣のレプリカを前に懺悔する。
只管赦しを請う、だけど……分かっている。
懺悔すべき相手も、赦しを請う相手も。
でも……でも、こうする他、何もできない。
違う、こうする他どうすればいいのか分からない。
そんな自己満足ですらない祈りを続けていると。
――その時は、来た。
ゴゴゴと激しい地鳴りとと共に、人生で経験したことの無い強い揺れが聖堂を襲った。
ガシャ、ガンッと揺れに耐え切れず様々な物が落ちてくる。
祀られていた聖剣のレプリカも激しい音を立てて倒れ、屋根からは木材の破片や割れた岩の欠片等が落ちてくる。
私への神罰かと思ったが、ちらほらといた聖堂の人々も慌てて伏せるなどしている。
ただの自然現象――地震か、とボンヤリ考えていると揺れが収まる。
その後、直ぐに激しい怒声や人間のものではない鳴き声が尋常ではない数聞こえてきた。
そして、聖堂へ次々と人々が入ってくる。
「どうした!?何があった!?」
「地面にでっけえ穴が開いて、魔物がめちゃくちゃ飛び出してきてる!」
「まだまだ人が来る!おい!冒険者は武器を取れ!魔物も来るぞ!」
「使い魔を飛ばして状況を確認します!」
「逃げてきた男共は聖堂の椅子でも机でも何でも外へ出せ!バリケードにするぞ!飛び道具がある奴はその後ろから援護してくれ!」
混乱した怒鳴り声がそこら中から聞こえ、入り口からはどんどん人が入ってくる。
代わりに武器を取って準備した冒険者達が外へ飛び出して行き、外では激しい戦いの音が聞こえてくる。
――なにが、なにが起こっているの?
「まずいぞ!数が多すぎる!」
「……酷い……こんな……ここで籠城はダメだわ!迷宮都市全域がやられてる!ここからなら東門はまだ無事だから外へ逃げないと!」
「外へ逃げるだと!?こんなに大量の魔物の中を走れってか!?」
「俺も使い魔を飛ばしたが、そっちの魔術師と同じだ!今の内に逃げないと迷宮都市中が魔物で埋め尽くされるぞ!」
――その後、訳も分からずに冒険者達に連れられて外へ出た。
そこら中に魔物がいて、人々が襲われている。
冒険者ギルドが見えるが、異常な数に群がられているのが見えた。
――アシヌス!
私が冒険者ギルドの方へ行こうとすると。
肩を強く掴まれ、止められる。
「マリーさん!何してるんです!こっちです!」
見れば、暁の雲の団リーダーのアーベルが私を引き止めていた。
「アシヌス……仲間のロバが!アルファも!」
その言葉にアーベルは顔を歪める。
既に冒険者ギルドとその周辺は夥しい魔物の数だった。
「無理だ……クソッ……すまん」
私は抵抗したが、肩に軽々と担ぎ上げられる。
そして東門へ向かって一目散に走り出す。
「待って!アルファが戻ってくる!彼がいれば――」
彼がいれば――何?――お願いすれば、魔物も皆殺しにしてくれるとでも?
この期に及んで――
アーベルはそんな私を無視して、只々冒険者と他の避難者に付いて走って、東門から迷宮都市の外へ出た。




