第五十三話山の幸って海の幸よりナメられてるよね
俺とレミがルミを泣かせた件のあと、気まずい空気のまま数日が過ぎた。
「そろそろスミー・ブロクス・ヘスレに着くぞ、見えてきた」
今日の御者係はロミの番だ、彼女が手を額に当てて遠くを見る。
その視線の先を俺も見れば、かなり立派な木造建築が建ち並んでいるのが見えた。
「今回は泊まるところは決めている、貴族向けで値は張るが確実に口止めできる所があるんだ」
へぇ、宿場町というだけあってそういうニッチな需要を満たす所もあるんだな。
しかし、ロミ基準で値が張るというのはかなり高級なお宿なのではなかろうか。
どうも彼女等は金銭感覚がおかしい、というかマジで俺がガイドとして買い物に毎回同行していなければふっかけまくられていただろう。
まぁある程度は持てるものとして高値で買うのが当たり前らしいが、それにしたって金銭に対して無頓着である。
銅貨1枚くらい、とロミは発言したことがある。
普通の農民は銅貨を見たことすらねーっての。
金勘定をマリーに丸投げしていた俺ですらヤバいなコイツ等……と思うくらいには無頓着だ。
◇◇◇◇
宿場町に入ると、そこはエルフの里山より随分と賑わっていた。
「人が多いなぁ、これ馬車で入り込んで大丈夫な道なの?」
客引きの類いではなく、本当に人が多い。
見た所、そこそこ身奇麗な人ばかりだがエルフの里山のように全員が高そうな服を着ているとか、勇教会の牧師だけということは無い。
「ここはフェルセブスミーから各地への中継拠点だからな、運送業やその護衛を生業とする者たちが多いんだ」
人の中にゆっくりと馬車を侵入させ途中で何度か曲がると、拓けた場所にポツンと1件、地味で年季が入っているがそれが逆にいい味を出している木造建築に辿り着いた。
「いらっしゃいませ、当館はご予約が無ければ泊まることはできませんが、ご予約はありますでしょうか?」
馬車を正面玄関へ停めるとすぐ様に上品な服装をした女性が出てくる。
その声には"ウチは一見さんお断りの格式ある宿だぞ"という、威圧感が籠もっていた。
「マダム、少々お待ちください」
ロミが短く答え、御者台から飛び降りる。
ちなみに俺とルミは御者台から降りる時は、しっかり足場となる梯子を使う。
「えーと……確かこの辺」
ガチャガチャと馬車のトランクを開けて何かを探している。
数秒後に「あった!」という声と共に、女性へ向かって行った。
「シャルより日は昇り、山脈は我等を護る」
その言葉と共に、一振りの短剣を差し出す。
「検めさせていただきます」
短剣を受け取った女性が、鞘から剣を抜くと刀身には淡く光る複雑怪奇な紋様が彫られていた。
その刀身を鋭い目で隅々まで入念にチェックする。
満足したのか、短剣を鞘に戻してロミに返却する。
「失礼いたしました、特別棟へご案内いたしますので少々お待ち下さい」
女性が引っ込んだかと思うと、すぐにビシッとしたスーツのような正装をした男性が、2人出てきた。
威圧感すご、格好も相まってヤ◯ザみたい。
「こちらへどうぞ、馬車はこちらで移動させていただきます」
男性の1人がキレイな礼をした後、御者台へ登ってきた。
俺は隣の席で小さくなる。
彼の操舵……操縄?……はとても訓練されており、ただ移動させるだけなのにめちゃくちゃビシッとキレイにキマっていた。
なんかビシッとかキレイしか表現が思い付かん。
そんな彼らに案内されて、宿場町の外れにある建物へと辿り着いた。
敷地はかなり広く、2棟の建物が板塀で四角形に囲まれている。
その2棟の内、馬車が丸ごと入る大きな厩舎……倉庫?……に入り停止する。
馬車が停止した所でロミが馬車内のルミとお姫様へ声を掛け、降ろす。
俺も御者台から降りて辺りを見回す。
厩舎内はかなり広いが、明かり取りの小さな窓が屋根付近にあるだけで外からは覗けないようになっている。
先程チラリと見えた隣の宿泊施設と思しき2階建ての建物にも窓はあるがその全てがブラインドのような物で中が見えなかった。
「中への荷物はございますか?運ばせていただきます」
「否、構わん。自分達で必要な分は勝手に取りに来るよ。」
「では、御部屋へご案内します」
ロミが鷹揚に頷き、後に付いていこうとする。
「おい、アタシも中に付いていって大丈夫なのか?結構重いから板間だと踏み割るぞ」
レミが重すぎて床を踏み割るのではないかと声を上げた。
その声に案内しようとしていた男性が振り返る。
「ご安心下さい、当ホテルの建物は鎧を着たフル武装の巨人族の方々がジャンプしてもビクともいたしません」
「とのことだ、流石のレミでも大丈夫だ」
男性とロミのその言葉にレミは納得して付いていった。
◇◇◇◇
「ここなら安心して休めるだろう」
ブラインドの掛かった建物の2階。
通された部屋は、この世界の宿としては最上級であろう豪華な意匠がそこかしこに彫られている家具がいくつも置いてあり、庶民どころか貴族ですら高級な魔晶石の明かりが灯っている広い部屋――が更に連なったスイートルームだった。
ちなみにレミが歩くと、床からギシギシギシと不安な音がしたが割れることなく2階まで来られた。
「アルファはそっちの部屋を使ってくれ、そっち側にも出入り口がある」
ロミは慣れた様子で部屋に入り、俺に指示を出してきた。
しかし俺はこの豪奢な部屋に完全に萎縮してしまっている。
21世紀の日本人視点で見ても豪華な部屋――俺の曖昧な記憶ではシンプルなビジネスホテルがボンヤリと浮かぶだけだが――で落ち着かない。
「オイオイ……この宿、俺みたいなのが入ってもいいのかよ……てか、同室でいいのか……?」
なんか動いた拍子に高価な家具に傷を付けそうで怖い。
「ん?あぁ同室だが部屋は別れてるから大丈夫だ、それにアルファだけ他に行かれると何かあった時に困るからな」
ルミは短いマスケット銃を抜いて、各部屋の四隅へ歩き、対角線上や物陰を覗き込んでいる。
ルームクリアリングか、かなり手慣れた様子で良く訓練されているのが判る。
「全部屋問題無しですわ」
俺達がいる部屋に戻ってきてロミへ報告する。
お姫様はロミの案内で椅子に座り、腰を落ち着けている。
対面にはロミが座っている。
レミは腕を組んでお姫様の後ろで直立不動になっている。
俺は謎の居心地の悪さを感じてモジモジしている。
「ここなら警備も手厚いからしっかり休もう、何日か……最低でも3〜5日くらいは滞在する、そして――」
ロミがこれからの計画を話す。
そんな彼女がこちらを見て、言葉が止まる。
その様子で俺の前で話すのが拙い内容らしいと察する。
「俺は向こうの部屋に行っとくよ、用がある時はノックしてくれ」
「気を使わせてしまって、すまんな」
先程ロミに指示された部屋へ入り、扉を閉める。
これで彼女等の会話は聞こえないので、こちらもゆっくりさせてもらおう。
武器やプレートキャリア等を外していく。
クッションの付いた立派な椅子に座り、タクティカルなハイカットの靴も脱いでマッサージする。
しかしこの宿、明らかに普通ではない。
恐らくかなり高貴な人が、訳ありで人目を避けるための宿だ。
――あの白髪のお姫様は一体何者なんだ?
初対面の時に名乗る事すら許されていないと言っていたが、滅茶苦茶重要人物なのだろう。
俺との契約にも一切の詮索をしないことという取り決めになっている。
まぁ金銭的にもかなり割のいい仕事なのだ、無駄に気にする必要も無いだろう。
――この宿といい、彼女等の身分が相応に高い事が伺える、これなら言っていた通り俺の求める情報を探すことが出来るだろう。
マリー……今、何処にいるんだ?




