第五十二話急がば回れ、でもどう回ればいいかわからないことあるよね。
「この先のいくつかの集落は全て迂回して、野営しながらスミー・ブロクス・ヘスレに向かうぞ」
賊の死体を処理した後、ロミが全員に確認するように言葉を発する。
お姫様以外の全員で相談した結果だ、誰からも異論は出ない。
賊が戦う為の装備しか持っておらず、近くにアジトか生活物資を運ぶ別働隊のどちらかがあることはほぼ確定的だった。
その為、賊の仲間がいる可能性のある近隣の集落を全て迂回することに決めた。
各々が出発の準備をする、先程トドメ刺しに使った2発分の弾をダンプポーチに入れていた残弾が残り少ないAK-47のマガジンから装填しなおす。
「ルミ、御者係は私が交代しようか?」
ルミの方を見ると、ロミが穏やかな口調で下を向いた彼女の顔を覗き込むように話していた。
「いえ……大丈夫ですわ」
ルミは顔色が優れないが、しっかりした声で返答した。
馬車の御者台に登り、手綱を掴む――その手は心配になるほど震えており、かなりのストレスを感じているようだった。
俺も御者台へ登ると、レミがその様子をじっと見ているのが見えた。
ロミが馬車内に戻るとガラガラと馬車を発車させ、走り出す。
「……アルファは、撃つことに躊躇いは無かったんですの?」
賊の襲撃現場からしばらく馬車を走らせていると、ルミが徐に切り出した。
何の話か一瞬判らず彼女の顔を見るが、こちらを向かずに前を見て手綱を操っている。
「人間相手に……ですわ」
これは……回答を間違えるとルミの情操教育的に多大な影響を与えることになりそうだ。
よく考えれば、普通は同じ種族を手に掛けるのを躊躇う筈だ。
俺が初めて人を撃った時か――『お願い、野盗を追い払って』――嫌な記憶を思い出す。
というか、よく考えなければ、その普通のことに思い当たらなかった自分を嫌悪する。
どう答えればいいのだろう……そもそも正解の回答なんてあるのだろうか?
「まぁ……躊躇してたら死んでたからな、俺は敵を生かして即座に無力化できるほど強くない」
結局、思ったことをそのまま言葉にする。
実際手練れ集団だったので、ちょっとでも躊躇えば弓兵の矢や突進してくる奴等に殺られていただろう。
「そう……そうですわよね……」
ルミは前を向いたまま、馬車を走らせ続けた。
できれば彼女にはその心を忘れないでほしい。
それは多分、俺には備わっていなかった大事な物の筈だから。
◇◇◇◇
日が暮れるギリギリまで馬車を走らせ、賊の襲撃現場からなるべく離れた場所を野営地とした。
分担して焚火や食事の準備する、焚火を始めたときにはもう日が殆ど落ちてしまっていた。
焚火を囲んで食事を摂る。
今日の夕食はエキセントリックな青い豆を煮た、ドロドロのお粥だ。
青い豆は意外にも薫りも味も癖のないホクホクとした食感で食べ応えがあったが、塩だけが味付けの素朴な料理は俺には味が薄く感じた。
お姫様はいつも馬車内で食事を摂る、器へ入れた料理を大体の場合はロミが馬車内へ持っていく。
ルミは食欲が無かったようで、匙の動きが酷く鈍く、いつもより時間を掛けてやっと食べ終えた。
「ルミ、何故あの時賊を撃たなかった」
食事が終わり、一息吐いた所でレミが問い質す。
その視線は鋭く、射抜く様にルミへ突き刺さる。
「それは……」
ルミは口ごもり、碌に回答ができなかった。
「まさか、怯えたのか?人を撃つことに」
その言葉にビクリと肩を震わせて、動揺したのが分かった。
確かに怯えたのかもしれない、だが……
「怯えたって、同じ人間を撃つのに躊躇するのは当たり前だろ、その躊躇は道徳心とか良心って言うんだ」
レミとルミの会話に割って入る。
俺が割り込むと、無表情なレミが珍しく驚いた顔をした。
「良心だと?その良心に従って死ねというのか?矢が偶々外れたからよかったが、死ぬところだったんだぞ」
確かにレミの言うことには一理あるし、俺自身それが正しいと分かっている。
それでも――
「死ねとは言ってねぇ、だが慌てて引き金を引いて外すのが最悪の事態だ、それを考えれば冷静な判断だった」
「それは矢が外れたから言えることだ、ルミの腕なら矢が放たれる前に弓兵を撃てた」
「どんなに凄腕だろうが動揺した状態じゃ当たらない、それなら走ってくる奴等に圧力を掛ける意味で無駄弾を使わなかったのは最善だった」
「何が最善だ、私達は騎士だぞ?任務遂行の為に敵が撃てない等、論外だ」
レミと言い合いになり、彼女の言葉に激しい怒りが湧く。
「じゃあ何か?何も考えず、おねが――っ!……命令に従うのが正しいってのか?そんなもん猿や犬以下だろうが」
そのキーワードをギリギリで飲み込む――『お願い、野盗を追い払って』――どうしても頭にあの時の事がチラつく。
自身でも感情的になっている自覚がある。
でも、譲れない。
だって彼女は……ルミは俺のような人間擬きとは――
「言っているだろう、私達は騎士だ、騎士にとって命令は絶対だ」
「その命令をこなすのに、必要な心構えがまだちょっと足りなてなかっただけだろ、今の彼女に必要なのは適切なケアと訓練だ」
その言葉にいつも無表情だったレミの顔が怒りに満ちる。
「心構えが足りてないだと?お前にルミの何が分かると言うんだ」
その声は先程より明らかに気色ばみ、その目は鋭く――殺気すら感じさせた。
「じゃあお前は鉄砲の何を知ってるんだよ?」
口論が更にエスカレートし、一触即発となりそうになるが――
「グズ……ウッ……ウッ……ズビッ……」
泣き声が聞こえ、俺とレミはほぼ同時にそちらを向いた。
「グスッ……ヒック……ワ、ワタクシが悪いんですわ……ごめんなさい、少し1人にしてくださいな……」
ルミが涙を流しながら言葉を絞り出し、俺達とは馬車を挟んだ向こう側へ行ってしまった。
沈黙が降り、焚火のパチパチという音だけが周囲に鳴り響いた。
……クソッ、感情的になり過ぎてしまったことを後悔する。
「……アタシは馬車の後ろを警戒する」
レミはそう言って馬車から離れて行ってしまった。
ロミがこめかみに人差し指を当てて困った顔をする。
「なぁアルファ、賊へのあの容赦の無さと攻撃の正確さ、君はきっと様々な修羅場を潜って来たんだろう」
その声はとても優しく、こちらを気遣う意図があるのが判る。
「騎士、騎士と言ってはいるが、私達の所属はな、百合騎士団といって女性しかいない騎士団なんだ」
そのまま話を続ける。
「貴族の子女向けに護衛等をする為の集団……なんてお題目はあるが、本物の騎士団からすれば所詮女子供のお遊びさ」
その声は優しいが自嘲の色が含まれており、現状が望むもので無いことが伺えた。
「私も団長なんて呼ばれているが殆ど名誉職で、存命の者だけでも何人の団長がいることやら……団員もほぼ実戦をしたことのある者はいない……否、そもそも作戦行動を実施できる団員の方がずっと少数派なんだ」
3人を見ていた俺からすれば、その言葉は意外に思えた。
彼女らはロミをリーダーとして、立派な騎士達だと思っていたから……
「だからルミは人を撃ったことがない、あの娘は……偵察をさせれば右に出るものはいないと断言できるが、その代わりに色々なことが見え過ぎて、考え過ぎてしまうんだ……とても、とても優しい娘――でもな」
赤い髪の彼女はこちらを力強く見つめる。
「今回はレミの方が正しい」
その表情は優しく微笑んでいたが、絶対に譲る気のない想いを感じる。
「ルミとレミは、私が騎士団で……この世界で最も信頼する騎士だ、だから」
――甘く見るなよ。
彼女は自信に満ちた声で、断言した。




