第四十九話なんかイベントがある日に限って雨降るよね。
「ありがとう、世話になった」
朝食をいただいた後『森と平原の境』亭から出発する時、ロミがお礼の言葉を口にする。
「こちらこそありがとうねぇ」
「また来ることがあったら、是非寄ってくれ、サービスする」
旦那さんと女将さんが見送ってくれる。
空は生憎の曇天模様だが、ご夫婦の言葉のお陰で心は晴れやかだった。
◇◇◇◇
ガラガラと馬車が街道を行く。
数日は小さな農村が続き、更に行くと有名な宿場町の『スミー・ブロクス・ヘスレ』があるらしい。
今日の御者係はルミだった、ロミと2人で交代しながら御者をしたりお姫様のいる馬車内に入ったりしている。
アシヌスを含めた3頭立ての立派な馬車だが、その操作は手慣れたものだった。
レミは相変わらず無表情で自身が持つ2本の脚で付いて来ている。
「なぁルミ、雨が降りそうだけど大丈夫なのか?」
俺は会話の鉄板である天気の話をする。
まぁ無理に会話する為ではなく、本当に天気が悪いので聞いただけなのだが。
一応この馬車の御者台には屋根があり、少しの雨なら大丈夫だが日除けの方がメインなのか、強い雨が降れば濡れてしまうだろう。
「そうですわねぇ……エルフの里山は、あの原生林を維持する為に近隣の村から結構離れているのですわよねぇ、畑なんて作ったりしたら森の養分が吸われる!とエルフから猛抗議が来るらしいですわ」
ルミが気の抜けた声で返答してくれる。
せっかくエルフのご夫婦による手厚いおもてなしでエルフへのネガティブイメージが消えかかっていたのに、また幻滅させないでくれ……
「とはいえこのペースなら完全に日が暮れる前には次の集落に着きますわ、今日は濡れるかもしれませんが、明日の行動は天気と相談ですわねぇ」
ガラガラと馬車が街道を進む。
エルフの里山やこの先に貿易の要衝である海がある為かエリミエス山脈沿いに比べれば道は随分と整備――というより踏み均された道――されており、1日の移動距離はかなり稼げそうである。
「雨の時って今まではどうしてたんだ?」
そういえば雨の日の旅ってどうするんだろうか、マリーと2人の時は雨が降る前に迷宮都市へ拠点を構えていたし、迷宮内は雨が降ってようが関係なかった。
精々最寄りの雨宿りできそうな所へ向かうくらいしかわからない。
「雨の降り方にもよりますけれど、急ぎでなければ雨天は拠点で晴れるまで待ちますわ、泥濘で馬が足をくじいたりしたら大変ですもの」
確かにそうか、馬も野生化では当然雨風に晒されるだろうが、その場合自分たちの意思でぬかるんでいそうな場所を避けられる。
しかしこんな立派な馬車を牽いていると、馬としても直進することに意識が割かれて細かな調整ができない、結果無理に直進して転ぶ。
急がば回れ、長い目で見たら停滞した方が速いこともある。
「雨とか曇りの日は髪の毛も纏まりませんし、鉄砲に装填している火薬も湿気てしまうので面倒なのですよわね」
女子っぽい悩みと物騒な悩みが同じレベル感で語られている。
ルミを見ると、豊かなロールした金髪――というより黄色に近い――と腰に帯びている燧石式銃が目に入る。
エリックさんはずっと緩発式の火縄銃を使っていたので、この世界では着火機構は火縄を用いたものだけかと思っていたが、燧石式があるとはな。
燧石式――銃に於いて火薬への着火はその歴史を通じて、長い間火の点いた棒や縄を火薬へ直接挿す方式しか存在しなかった。この方式は確実な着火が可能ではあったが点火用の炎の維持を必要とする為、ちょっとした小雨で炎が消えてしまったり、大人数での運用時には火事になる可能性すらある。
しかし燧石による火花によって火薬へ点火するという革新的な発想により、その後の銃の立ち位置を大幅に変えた。
よく海賊が持っている銃=フリントロック式=燧石式という説明されることが多いが、燧石式というカテゴリの中で安全かつ確実に着火できるよう開発されたのがフリントロック式である。
なので燧石式にはスナップロック式、ドッグロック式といった様々な名前の機構がある。
「……まさか貴方が女性の下半身を眺めるのが趣味の殿方だとは思いませんでしたわ」
銃をジロジロと見ていたら、冷たい声が放たれて俺に突き刺さった。
女性の腰をジッと眺める男――確かに嫌だな!――
「いやいやいや!誤解だ!すまん!すみません!申し訳ない!ごめんなさい!ルミ――さんのケツ見てたわけじゃなくて鉄砲を見てたんだよ!」
慌てて謝罪と訂正を入れる。
ルミが目を細めてハチャメチャに侮蔑的な視線となる。
――ケツは余計だったか!
「いや!マジで!ルミさんの太い下半身には全く興味無くって!俺も鉄砲使うから気になって!本当にそんなつもりは無かったんだ!」
――ボキィ――
グエエエエ!
ルミの鉄拳が飛んだ。
◇◇◇◇
小雨が降り出し、しばらく進んだ夕方頃に小さな農村へ辿り着いた。
「冒険者の方々に神教会で申し訳ありませんが、礼拝堂でお泊りください」
農村部なので神教会に交渉して、礼拝堂に宿泊させてもらう運びとなった。
神教会の修道女がチラチラと俺の方を見ながら礼拝堂へ案内してくれる。
「あの……お連れ様……顔がすごいことになってますが……」
優しい修道女様が気を使って恐る恐る問い掛ける。
「気にしなくてよろしいですわ!」
ルミがプリプリと怒りながら返答する。
ロミが呆れたような顔をし、白いお姫様は可笑しそうに笑っている。
2人へは村の到着時に事情を説明している。
レミは板張りの礼拝堂に入ると床を踏み抜くので、アシヌスたちと一緒に近くの軒下にいる。
「ダイジョブ、チョト、腫れてるダケ」
ルミさんの黄金の左によって、俺の右頬は大きく腫れ上がっていた。
流石騎士、メチャクチャいいパンチ持ってるぢゃん……
「貴方は本当に反省してますの!?鉄砲見るなんて言って!人の下半身が太いだのと!」
はい……鉄砲にしか興味は無かったが、言い方が悪かったわ……
「反省してます……後、太いのは割と誉め言葉のつもり――いや、何でもないです……」
俺の言葉にルミの左拳が上がり始めたので黙る。
とりあえずルミとワチャワチャ話している間に、ロミが修道女様へ話を通して礼拝堂へ寝具等の荷物を持ち込んでいた。
椅子に腰を下ろして一息吐く。
そしてもう1度ルミのマスケット銃を見る。
「なぁ、ルミが使ってる鉄砲って燧石式だろ?俺のお師匠様の鉄砲は緩発式の火縄銃だったんだが、燧石式が主流なのか?」
今度は誤解されないようにしっかり鉄砲の事を見てるんですよアピールを欠かさない。
見たところ、ライフリングは切られていないようなのでマスケット銃ではあるらしい。
ルミが驚いたように目を見開いてこちらを見る。
「お……お師匠様?ゆうっ……アルファ……の?……いえ、まぁ有り得る話ではありますわね……」
こっちを見たと思ったら、口元を手で覆って考え込むようにブツブツ呟きだす。
なんだコイツ、自分もどこ見てんだよ。
「失礼、コホン、戦場では瞬発式の火縄銃が主流ですわ、燧石式は貴族が自衛用に使うのが殆どで、その中でもワタクシが使っているのは最近ワタクシの領で開発された新型ですの」
自身の鉄砲を自慢気に見せて来る、自分の領で開発された新型か――
ふとショート・フェイス・ベアを討伐した時に冒険者ギルドの人が言っていた言葉を思い出す。
――鉄砲!どんな鉄砲を使ったんですか!?リミュールの新型とか!?――
「なぁ、ルミって確かルミ・リミュールが名前だよな?」
もしかしてあの時のリミュールって、ルミん家の事なのだろうか?
「その通りですわ!ワタクシの家は鉄砲鍛冶が多くいる、鉄砲の名門ですわ!」




