第四十三話エルフの血を引いているのは本当だけど、実は耳は偽物が多い
「キエエエエ――!!」
最早日常となりつつある、レミの素振りの声で目が覚める。
彼女は毎日自分の身長より長い木の棒を朝と夜に振り回す。
木があれば、打倒す勢いでぶん殴り。
岩があれば、粉砕するまでぶっ叩き。
何もなければ、空を切って振り回す。
森の中だろうが、人里だろうが、野宿だろうが、宿に泊まっていようが、彼女は毎日繰り返す。
起き上がり、『森と平原の境』亭の宿泊部屋がある2階から降りる。
1階の土間には、恐らくレミの為に敷かれたのであろう干し草があった。
その横を通って外へ出る。
「イヤアアア――!!」
「今日もやってんねぇ、俺もやるか」
迷宮都市から脱出した時の傷が治ってきた時から続けている訓練をする。
毎日鍛錬を欠かさない彼女に感化されたわけでは無いが、最近は彼女の声が響く中行っている。
訓練、と言っても彼女のように全力で木刀を振り回したりはしない。
使用するのはA3Wのアイテムではない木製のカップと水。
カップの半分ほどに水を入れて、両手で握って前に手を伸ばす。
しっかり拳銃を構えているつもりで目標を狙う。
今日は馬車の停まっている柵を目標にする。
アイソセレススタンスで構え、目線とカップが一直線になるように意識する。
そして――目標を狙いながら走る!前進し、方向転換し、時には後退する。
走ると手に持ったカップの水が揺れるが、それを可能な限りこぼさないように狙い続ける。
こぼれる水の揺らめきは、俺の未熟さだ。
俺の肉体は、この1年程で随分理解が進んだ。
この肉体はA3Wの武器に関することであれば、その使用方法・利用についてあらゆることがA3W基準での動作ができる。
その武器の知識だけではなく、身のこなしや構え方、引き金の引き方に至るまで全てが流れるように行える。
だが、これがA3Wの武器以外になると途端に全身の動きは精彩を欠くこととなる。
最も顕著なのは手先の動作と走った時の体力の消耗だ。
手に持っている物がA3Wの武器であれば恐らく水がこぼれることは無いし、こんなに息が上がることも無い。
なぜならA3Wのキャラクターは走りながら撃つ時も確かに止まって撃つより弾はバラけるが、手がプラプラと動くことは無いし、何十キロという重量の装備を着けても息が上がるようなことは無い。
そのことを自覚し、訓練をし始めてから確かに効果はあった。
特に狩猟では中々用いない至近距離での立ち回りに関して、ただ武器を振り回すだけだった頃より、広い視野で物事を見られるようになった。
エリック流狩猟術は俺の基礎で、何よりも大切だが、人間を相手にするにはもう少しの汚さが必要だった。
訓練をしばらくして、レミの素振りが終わる頃に宿から女将さんが出てきた。
「おはよう!すごい声だね!朝ごはん用意したから食べな!」
俺とレミはその言葉に宿へと戻った。
「お二人とも、昨日は干し草とシーツをありがとう。お陰でよく休めた」
朝食を準備してくれている、宿屋の夫妻にレミが頭を下げてお礼を言う。
そういえば昨日の夜、2階へ上がった時には無かった干し草と木綿の布が地面へ敷かれていた。
今はその草と布は隅に寄せられている。
「ゆっくりできたならよかったよ!夜寝る時に旦那か私に言ってくれれば敷いてあげるからね!」
女将さんが快活に笑いながら応えた。
朝食後、お茶をいただきながら今後の話をする。
「食料の調達に関しては昨日、自警団の人達からどこで何が買えるか聞いておいた、どうやらエルフの森付近では朝市もやっているらしい」
ロミが音頭を取り、必要な品目と量を確認していく。
ナンパ目的とは言え、ちゃんと土地勘のある自警団から様々な情報を仕入れていたらしい。
食料と水は最低限必要な量が決まっているので、すぐに何を買うかは決まった。
「物々交換の為の品も仕入れておきたい、できれば嵩張らず価値の高い物が良いな」
続いて話すのは、物々交換の品についてである。
これに関しては恐らく俺が1番知っているだろう、交換にちょうどいい物を考える。
やはり調味料は王道だ、特に塩税のかかる塩は人気だ。
塩税は現金で払う方が物納より安いことが多い、例えば100円で100gの小麦を買えても、100gの小麦は100円では買い手が付かない、みたいなことが多々ある。
この世界は中世後期~近世頃?の封建主義の政治体系で、塩は領主・王族の専売制となっている。
領主の許可なしに他の領の塩の持ち込みなども基本的には禁止されている。
しかし銀級以上の冒険者は塩であっても、貴金属であっても合法的に持ち込むことができる。
まぁあくまでも冒険に必要な量で、何トンもの量を持ち込むようなことをすれば流石に捕まるらしいが……
この辺が下手な貴族より権力があると云われる所以だろう。
「塩が1番だ、俺が銀級だから領地を跨いでの塩の持ち込みが許されてるしな」
俺の言葉にロミが手を打って感心する。
「なるほど塩か、物々交換しなかったとしても自分たちで使うから、余分に買うことにしよう」
その後、様々な話をしていると。
パタパタと朝食の食器などを下げた女将さんが俺達のいるテーブルへ来た。
「お客さんたち!私が仕事に行くんでウチの亭主だけになるけど、何かあったら、あの人に遠慮なく言ってね」
にこやかに話して、宿を出ていく。
亭主はそんな彼女を玄関まで見送り、こちらを見る。
「茶のおかわりはいるか?」
空になった湯呑みを見て、亭主がお茶を勧めてくれる。
ぶっきらぼうな人だが、女将さんのことを見送ったり、俺達への気遣いも細やかで素晴らしい。
もし機会があればマリーとも来てみたいな、と思った。
「2杯だけお願いする、お嬢様と黄頭に出してくれ、私たちは朝市に行ってくるよ」
亭主は頷いて、奥へ引っ込んだ。
「今日はルミ、お嬢様を頼む。お嬢様は宿でお待ちください」
ロミの言葉にお姫様とルミが頷いて応えた。
買い物なので最低限の装備だけ持って、ロミ・レミ・俺の3人でエルフの森の方面へ出かけた。
◇◇◇◇
昨日まで商店街だった場所は、昨日より更に茣蓙のようなものを敷いた露店があちこちに出ていて密度と熱気が凄かった。
昨日の昼間より朝市の方が人も多く、道を行く人々もエルフの方が多い。
客引きや値引き交渉の声がそこかしこから上がっており、観光客よりエルフの里山に住む人々へ向けた店が多いようだ。
「レミに来てもらったから、まずは重い物を一気に買って――」
ロミが朝市でどうするか話そうとした時。
「うわあああああ!」
「ぎゃあああああ!」
「助けてくれ!」
森の方から大きな悲鳴が聞こえて、そちらを見る。
そこには異様な風景が広がっていた。
ギシギシギシギシ、バキバキバキと樹木が意志を持った触手のように伸びて人々を森に引きずり込んでいた。
樹が動いている!?この森ってエルフが維持しているアトラクションみたいなものじゃ無いのか!?
「キャッ!」
どんどん人が森へ引き込まれる中、その中に見知った人が捕まっているのが見えた。
――女将さん!――俺がその姿を認識し、走り出すが。
「キエエエエ――ッ」
既に凄まじい勢いでレミが触手となった樹木へ向けて剣を振っていた。
走り回りながら人を捕まえている木を切っていくが、1人では助けきれず、捕まった人々は次々と森へ引き込まれていく。
レミの邪魔をしないように更に後方から、護身用のグロック20を構えて森の中を見る。
これは確実に魔法だ、近くに魔法を使用している奴がいる。
それを見つけようと銃口を森へ向けて視線を巡らせると――ソイツは特に隠れるわけでも無く立っていた。
一言で言うなら樹が絡んでできた、目だけが光っている樹の化物。
ソイツが腕を振えば、木々は従順に触手となって人々へ襲い掛かる。
落ち着いて狙いを定め、引き金を引く。
ドンッと発射された10mm Auto弾が化物の胸に着弾するが、少し樹にめり込んだだけで効いた様子が無かった。
昨日、人殺しがあったばかりなのに、AK-47を置いてきたのは失敗だった!
「キエエエエッ――」
レミが俺の発砲した方向を即座に見て、化物へ向かっていった……が、木々が壁を作ったと思ったら、ソイツは跡形も無く消えていた。




