第十九話ビクビク!戦慄の迷宮!満腹度が0になると体力減るぞ!
「これ、装備してちょうだい」
ドッペルゲンガーとの一戦後、数日たったある日の朝にマリーが俺に何かを差し出した。
差し出された手のひらを見ると、草を編んだミサンガのような物が置かれていた。
同じような物がマリーの手首に巻かれている。
確かエリックさんの村で滞在中に、マリーと村長が作っていたアクセサリーだ。
「装備って、なにこれ?」
そのアクセサリーを受け取りながら、俺はマリーに問い掛ける。
草を編んだといっても、干された草の繊維が利用されており、丈夫そうに見える。
「私の髪と魔除けの植物で作ったアクセサリーよ……幻覚なんかの精神干渉に対する護りを掛けたわ」
お守り的な物だろうか、でも魔法のある世界なので実際に効果があるのだろう。
ドッペルゲンガーに化かされた身としては、ありがたい。
「ありがとう、これでまたドッペルゲンガーに会っても安心だな」
俺はマリーにお礼を言って、手首にそのお守りを付ける。
ちゃんと俺の手のサイズが考慮されていて、手首から取れるようなことはなさそうだ。
「言っておくけど、気休めだと思ってちょうだい……どこまで通用するかもわからないわ」
マリーが少し照れくさそうに応える。
ちゃんとこういうの考えてくれてんだなー、と感心する。
俺も何かしたほうがいいのかな……
「今日は迷宮に行きましょう、ついに迷宮への立ち入り禁止が解除されるらしいわよ」
そのマリーの言葉に準備をする、大型のバックパックに色々詰める。
そして俺自身の装備も普段は薄いベストを着ているが、プレートキャリアを装備する。
プレートキャリア――これ自体はただのベストであるが、規格に沿った形状のプレートを入れることで重量や防弾性能を調整できる。
プレートキャリアに防弾性能が比較的低いが、その代わりに軽量なポリエチレンプレートを入れる。
更にプレートキャリアの表面のMOLLに予備の30発マガジンと、手榴弾を何個か装着する。
そして……インベントリ内にRPG-7を準備しておく。
RPG-7を入れるとインベントリは完全に埋まってしまって、他は拳銃くらいしか入れられなくなるが仕方ない……また火地竜みたいなのに襲われたらと考えると、用意しない選択肢は無い。
準備を完了し、マリーと俺は連れ立って宿を出る。
火地竜の件とドッペルゲンガーとの戦闘で、何日か事情聴取に協力させられたが、今日から晴れて自由に行動することが許されたのである。
◇◇◇◇
迷宮に到着すると、既に多くの冒険者が屯していた。
しばらく待つと、迷宮の受付からギルバートが出てきて声を張り上げる。
「只今より迷宮への入場が再開します!探索計画の提出を受け付けますのでこちらにお並びください!」
探索計画について、確か迷宮講習でビエラが言っていたなと思いだす。
なんでも魔晶石が密輸されないように入場者と退場者は管理されているらしい。
それだけではなく、もし迷宮で万が一のことがあってもパーティメンバーなどが捜索してくれることがあるので必ず提出するようにと言っていたな。
マリーと俺は他の冒険者たちに倣って受付へ続く列に並んだ。
しばらく並び、俺たちの番になって計画書を蝋板に書く――四角形の木の器に固まった蝋が入っており、それを先の尖った棒で削って記載する――何階層に行くのか、いつ頃帰るのかをマリーが記入し、迷宮へ突入した。
◇◇◇◇
第2階層への入口に辿り着く、前はこのあたりで火地竜に襲われて引き返したのだ。
「いよいよね……初めて入るからちょっとドキドキしてきたわ」
マリーが第2階層への坂を見ながらソワソワとする。
俺はM16アサルトライフルのスリングを掛けなおし、チャージングレバーを引いて薬室に5.56mm FMJを装填する。
坂を下り、第2階層に初めて足を踏み入れたが、雰囲気は第1階層とそう変わらず岩肌がむき出しの洞窟で、壁が淡く光っている。
入り口では冒険者が結構いたが、迷宮内部にはその人々と会うことは無かった。
もしかして他の人々はもっと奥の階層へ一気に潜ったりしているのだろうか?
そんなことを思いながら迷宮内を進んでいく、ビエラの座学で迷宮の地図は各迷宮探索パーティの秘伝であり、自分たちで作成するのが基本だと言っていたことを思い起こす。
マリーが地図用の蝋板に地形の特徴などを書き込んでいる。
「うーん……地図って中々難しいわね……アルファの能力で何とかならない?お願い」
第2階層も大分奥まで来たところで、マリーが俺の能力のことを何でもできると思っていそうな、雑なお願いが飛んできた。
A3Wで何か役に立つ物があっただろうか、と考えてみる。
そういえばゲーム中では、特定のキーを押している間はマップで戦況と現在位置が分かったな……と思い、マップが出ないか念じる……マップ出ろーマップ出ろー……
ちょっと念じたら目の前一杯に、マップが表示された……出るんだ……
しかし――ゲーム中ではステージ全体が表示されたが、現在は殆どが真っ黒な状態で自分を中心とした数メートルが表示されている。
どうやら一度行ったことのある場所のマップが表示されているようだ。
「1度行った場所ならわかるかも」
俺はマップを確認できたことを伝える。
「ホントにわかるんだ……なんでもできるわね」
マリーが呆れたように応える。
いや、なんでもはできねぇよ……
そんな遣り取りをしていると、ギシギシと何か硬い物を擦り合わせたような音が近づいてきた。
「アルファ!魔物よ」
マリーの指示で、俺はM16を構え安全装置を外す。
そして音の方を見ると、1メートルはありそうな蟻が大きな咢をギシギシと鳴らしながら曲がり角から出てきた。
デカすぎて怯むが、その動きは猪や熊に比べれば鈍重で隠れたりする素振りも見せずに向かってくる。
俺は頭部を狙ってM16の引き金を引く。
ズドンッと銃声と同時に蟻の頭が弾けてバラバラになる。
どうやら外骨格のせいで圧力の逃げ場がなくて破裂したらしい。
――しかしそれ以上に問題が1つ発覚する。
「……ど、洞窟の中でその音はとんでもないわね」
マリーが言葉を発するが、耳を押さえながらクラクラと頭を揺らしている。
とんでもねぇ反響で耳がおかしくなりそうだ……
火地竜の時は開けた場所だったので、まだマシだった。
しかし狭い通路では無煙火薬の強力な発砲音はその音量を増幅させながら響く。
「何か対策を考えないとな」
そんな話をしていると、複数の人間が慌てて走ってくるような音が近付いてきた。
もしかして発砲音で様子を見に来たのだろうか?悪いことをしたかもしれない――と思っていると足音の主たちが姿を現した。
男女4人のグループだったが、よく見ると全身ボロボロで、1人は背負われている。
「……すまん」
人を背負っていた男性が、確かにそう呟いたのを聞いたが、マリーと俺の横をすり抜けていく。
なんだ?と一瞬思ったが、その人々の後ろから大量の蟻が追ってきたことで理解する。
「アルファ!さっきの人たち怪我してたわ!追いましょう!」
「マリー!さっきの奴ら!怪我してたから追え!」
マリーと俺がほぼ同時にそう叫んだ時には、蟻の大群が近付いていた。
「俺もすぐ追う、ここは任せなって」
俺がそう言うと、マリーはすぐに彼らを追いかけて行った。




