第十八話吐いた後はお店の人に一言言えよな!
その後、昼間から酒と食事をダラダラと楽しんだマリーと俺は夕陽に染まる迷宮都市を2人で歩いていた。
――いや、俺に背負われているから歩いているのは俺1人か――
「アルファ、次の店に行きましょう、まだまだ飲み足りないわ」
この言葉は、A3Wのオプションによる高性能な言語設定によって出力された結果である。
実際のマリーは呂律の回っていない、聞くに堪えない言語を話している。
「いや、無理だろ……1人で歩いてから言えよ……」
俺は背中のマリーに呆れながら言葉を掛ける。
昼過ぎに店へ入って、そこから何時間も酒を飲み続けたのだから1人で歩けなくて当たり前だ。
ただでさえ小柄でそんなに酒に強そうにも見えないのに、何か自棄になったようにずっと飲んでいた。
「ごめんね、背負わせちゃって……私、何もかも貴方に頼り切りで……ありがとう」
しんみりした感じで言っているように感じるが、実際は泥酔しているためムードなんてものは何もない。
だが……マリーもそんな殊勝なことを考えていたんだなと見直す。
思えば異世界に召喚されて、なし崩し的に行動を共にしてきた。
元はと言えば彼女に呼ばれたのだろうが、エリックさんとの修行中も付き合ってくれたり、冒険者ギルドとの遣り取りや金勘定は全て任せきりである。
詰まるところ彼女がいなければ生活もできないわけで……
「まぁ大丈夫だよ、どうせ家に居てもゲームしてるだけだし」
いつだかに言った言葉をもう一度マリーに投げる。
「……私のこと、護ってね……お願い」
その言葉は回っていない呂律と、消え入りそうな声で、ほとんど聞こえなかった。
◇◇◇◇
「アルファ……うぷ……ちょっと……うぇっぷ……」
しばらく歩いていると、マリーが不穏な空気で俺に話しかけて来る……この感じ、コイツマジか……
そして手で俺の背中から降りようとするジェスチャーをしてくる。
慌てて俺が降ろすと、建物の陰へ走って行った。
ちょっとするとウォロロロロロというこの世の終わりみたいな声と、音が響く。
恐らく道の側溝に出しているのだろう……
この世界は何故か上水施設は井戸頼りなのに対し、下水施設がかなり発達している、そのためゴミや雨水を流す側溝がそこかしこに張り巡らされている。
中世ヨーロッパではゴミや排泄物は窓から投げていたらしいが、この世界では堆肥の製造技術が進んでいるのかトイレや生ゴミは集めて利用されているらしい。
とはいえ、酒類を提供している店の傍の側溝にはそこら中に吐瀉物があったりするが……
しかし、と俺は周りを見る、冒険者ギルドの宿に向かっている筈なのに妙に人通りが少ない……というか誰もいない。
夕陽は落ちかかっているとは言え、辺りはまだ明るいのに……
「待たせたわね、アルファ……行きましょう」
辺りを見回していると、青白い顔色をしたマリーが俺の後ろに立っていた。
注意を外していたとはいえマリーの入って行った方を向いていたのに、いつの間に後ろに回ったのだろうか……
「もう大丈夫なのか?」
マリーに声を掛けて顔を見ると、顔色は青白かったが先ほどまで歩くこともできなかったとは思えないくらいしっかりと立っている。
「えぇ……ちょっと出したら楽になったわ……」
その声色は静かで、顔は儚く微笑んでいた。
「こっちに来て……貴方に見せたいものがあるの……」
マリーの声は甘く、蠱惑的で、俺は言われるがままに後を付いて行く。
ただでさえ人通りが少ない道から、更に建物の陰に誘われる。
どうしたのだろうか、頭が甘くしびれ、マリーに逆らうことができない。
「アルファ……貴方に会えて本当によかった……だから……」
人気の完全に無い場所で、マリーが俺の首へ腕を回して顔を近づけて来る。
「マリー……」
甘い香りが漂い、俺はそのまま流れに身を任せようとして……
「アルファ!ソイツは私じゃない!撃って!お願い!」
その声に夢見心地だった気分から一気に目が覚め、即座に腰のホルスターに収まっているM1911を抜いて安全装置を外す。
相手に左肩を向け、腰の位置から両手で拳銃を保持して自分の腹に押し付けるように構える。
そして相手の正中線上の少し左に左肩を合わせて連射する。
マリーの姿をした何かに45口径の弾丸が吸い込まれ、糸の切れた人形のように倒れた。
倒れたソレを見ると、先程までマリーの顔だった部分には、目も鼻も何のパーツも無かった。
「大丈夫!?」
本物のマリーがこちらに走ってくる、酔いは醒めたのだろうか……
そして酒くせぇな。
「大丈夫だ、コイツは何なんだ?」
俺はM1911のマガジンを交換しながらマリーに問い掛ける。
人型をしてはいるが、のっぺらぼうな顔に身体も極端に凹凸が少なく、女にも男にも見える裸の生物が倒れていた。
「わからない……でもアルファに高度な幻覚を見せていたのは確かよ」
マリーが謎の死体に近付いて、まじまじと観察する。
俺は化かされたということか、マリーの呼びかけが無ければ危なかった。
そんなことを考えていると。
「貴方たち!ここで何をしているの?さっきこの辺からすごい音がしたけれど」
銃声を聞きつけたのか、やってきた人に声を掛けられる。
声の主を見ると、この迷宮都市へ来た初日にチラリと見た白髪の女神団に居た金髪の女性が立っていた。
女性がこちらに来て謎の生物の死体を見ると、驚いた様子見せた。
「ドッペルゲンガー、貴方達が倒したの?」
女性のその言葉に俺は頷く、コイツがドッペルゲンガーなのか。
マリーは自分のドッペルゲンガーと会ったことになるが、大丈夫なのだろうか?
しばらくすると先ほどまで全く人のいなかった通りには、銃声を聞いた野次馬が集まっていた。
◇◇◇◇
その後白髪の女神団や衛兵たちが駆け付けてきて、マリーと俺はまたしても事情聴取を受けるハメになった。
最近多発していた冒険者襲撃事件はこのドッペルゲンガーの仕業らしい。
今日、酒場で聞いたばかりのことを思い出す、確か白髪の女神団のメンバーがやられたとか……
と思って衛兵の詰め所……詰所の一室で事情聴取を受けた……から出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。
「もしかして、君たちがドッペルゲンガーを倒した冒険者かい?」
猫耳の生えたダンディーな男性が声を掛けてきた。
「おっと、不躾で申し訳ない、冒険者襲撃事件でパーティーメンバーが襲われてね……」
確か白髪の女神団に居た人だと、この迷宮に来た初日のことを思い出す。
俺は頷いて、ドッペルゲンガーを倒したことを肯定する。
「あぁ、ありがとう、君のお陰で安心して外出できるよ」
猫耳のダンディーが頭を下げるが、偶然だったので感謝されるようなことでもない。
俺が頭を上げるように言おうとしたとき……
「サリー、この方たちがドッペルゲンガーを?」
鈴を鳴らしたような澄み渡る、美しい女性の声が頭上から響いた。
声の方を見上げると――そこには前に見た身長が3メートルくらいある筋骨隆々の人が立っていた。
「あぁ!クリス!今、彼らに感謝していたところさ!」
猫耳ダンディー――サリーが答えると、クリスと呼ばれた3メートルくらいある女性もペコリと頭を下げてくれた。
「ありがとうございます、私が油断して怪我をしてしまったせいで……」
普通に生きてたよ。
そしてご夫婦って、見た目と名前で決めつけるのはよくないよね、と俺は1人思った。
酒場にはエールだけじゃなくて、アルコールが発生する前の麦を糖化させた麦ジュースがあります。




