第十七話迷宮都市殺人事件!?数々の証拠から犯人は人間もしくは人間以外の生物!
迷宮に入り、火地竜に襲われた日はビエラの搬送や冒険者ギルドからの事情聴取等で終わった――
次の日、マリーと俺は当てどもなく迷宮都市内を歩いていた。
迷宮第1階層での大型魔獣の発生は、冒険者ギルドでもかなりの大事件だったようで、しばらく迷宮は立ち入り禁止となった。
そしてその現場に居合わせた迷宮講習参加者は、調査が終わるまで迷宮都市から出ることも禁止されたのだった。
「アシヌスの散歩も、冒険者ギルドから禁止されるとはな」
マリーに話しかける、迷宮都市外に出られないのであればアシヌスの散歩でもさせようかと思ったのだが、ロバは長距離移動にも使えるので散歩禁止を言い渡されたのである。
しっかしアシヌスの奴、ギルドの人から人参をもらって上機嫌でこちらを見もしやがらなかったぞ……
「そうねぇ……迷宮都市で迷宮に入るのが禁止されたら、何をしたらいいのかしらねぇ……」
マリーが気怠そうに応える。
迷宮都市では冒険者ギルドの宿泊施設に泊まっているが、正直それほど路銀に余裕があるわけではない。
ショートフェイスベアの懸賞金は入ったが、その時の素材はオークションに出されるらしく、まだ素材分の金額は入っていない。
後の収入は1か月間の猪狩りで得た報酬だけである。
そのためギルドの宿ですら2人で1部屋である。
そりゃあ俺は何もするつもりは無いが、聖職者の癖にどういう倫理観しとんねん……
「うーん、迷宮近くの武具屋でも見に行くか?」
迷宮近くに多数の冒険者向けの商店があったことを思い出しつつ、マリーに提案してみる。
「……お金もないし、そもそもアンタの能力以上の武具なんて無いわよ」
まぁ大体予想していた通りの返答が返ってくる。
恐らく俺が利用できる武器は、A3Wで購入した武器だけなのではないかと予想している。
異世界に召喚される前は、記憶が殆ど無いが銃なんて触ったことが無い筈である。
それが今や火地竜にRPG-7を撃ち込んだりできるのだから、何らかの補正がかかっている。
「でもマリーの防具とかはあった方がいいんじゃない?」
「聖職者に防具は要らないわ……というか私が鎧なんて着たら重くて動けなくなるわよ……」
まぁ確かにそんなに体力があるようにも見えない。
マリーを見遣る、背は俺よりかなり低く、その身体は華奢ですぐ壊れてしまいそうに見えた。
「でも……お店に行くのはいいかもね、付いて来て」
そんな彼女が何かを思いついたように手を叩き、どこかへ向かって歩き始めた。
◇◇◇◇
しばらく歩いて辿り着いたのは――
「酒場か?聖職者の癖に昼間から酒飲むの?」
樽の絵が書かれた下げ看板を出している店――中では見るからに酒を飲んだ人々が騒いでいる。
「あら、小麦と水からできている物を嗜むのが駄目ならパンも食べられ無いわ」
マリーは澄ました顔で酒場に入っていく。
そういうもんなのかなぁと思ったが、よく考えれば猪肉とか動物の肉も普通に食ってたし今更か……
店は盛況なようで、人々は木製のテーブルと椅子で食事や酒類を楽しんでいる。
――迷宮が立ち入り禁止とは商売あがったりだぜ――
――第1階層に火地竜が出たらしいからな――
――聞いたかよ、王族の私生児の話、なんでも竜血だとか――
――最近はこの街も物騒になったな、噂の冒険者殺しが一昨日もあったてよ――
――上物のショートフェイスベアの毛皮が王都でオークションに出るらしい――
ざわざわとした喧騒に、少し耳を澄ましてみると様々な話題が聞こえてくる。
冒険者ギルドにも酒場はあったが、あくまで建物の一部だったのに対してこちらは広く、テーブルや椅子が所狭しと並んでいる。
「こちらの席にどうぞー」
ウェイトレスさんに案内されて席に座る。
「とりあえずエールで、アルファもそれでいい?」
そんなとりあえずビールで、みたいなノリが異世界でもあるとは――と思いながら俺は肯いた。
「神教会では飲酒は堕落の証とされているけれど、勇教会ではエールは特別な飲み物なのよ」
マリーがエールを待ちながら話す。
なんでも1000年前にいた勇者パーティの旅は、食料も飲料も乏しかったそうで、そんな時に安全に飲めて高カロリーなエールによって支えられていた――ということをもったいぶった言い回しで――教えてくれる。
地球の教会でも、断食中にパンはダメだがビールはOKだったという話があったなと思い起こす。
そんな話をしているうちに店員さんが、空のカップとエールで満たされたピッチャー――どちらも素焼きのレンガのような素材でできている――を持ってきてくれた。
「さぁ飲みましょう、ギルドの人からここのエールが美味しいって聞いてたのよ」
マリーが運ばれてきたエールをドボドボと2つのカップに注ぎ、片方を俺に渡してくれる。
カップの中には濁った琥珀色の飲料が泡を立てている。
「アンタに酒を飲むときのマナーを教えてあげる、まずはカップを顔の前まで持つ!」
俺はマリーに促されるままに、手に持ったカップを顔の前まで上げる。
「そんで1杯目は一気に飲み干す!」
グビグビとマリーが豪快にカップの中身を一息で飲み干した。
マナーってただの一気飲みじゃねーかよ……
「ゲフゥ……こうやって飲むのよ!ほら!アンタも!」
俺もそれを真似して酒を呷る、常温だが口当たりはまろやかで苦味が少ない。
濃厚な麦の風味と、その奥に薫るハープの不思議な香りが鼻腔をくすぐる。
「おー、結構うまいな~」
マリー流のマナーを守った後、いくつかの料理を注文してエールを傾けながら周りの会話を盗み聞ぎする。
「ギルドの奴に聞いたが冒険者殺しは、犯人が魔物かもしれないってよ」
気になる話題が聞こえ、そちらに注意を向ける。
冒険者殺し――随分と穏やかではない話だ。
「なんでも先週に白髪の女神団の団員がやられて、奴ら血眼になって探してるらい」
白髪の女神団――いつぞやに聞いたことのあるパーティだ、その時は迷宮都市最高のパーティとか言っていたが――
「あぁ、【巨躯】のクリスだろ……去年結婚したばっかりだったのにな……」
「子供もできて、育児休暇から開けて張り切ってたのに……サリーの落ち込み様なんて見てられねぇよ」
「種族も身長も全く違う夫婦で、迷宮都市の多文化主義の象徴とまで言われた2人だったもんな……」
かなり有名人だったらしいが、盗み聞きした人々の様子はゴシップを話しているというより本当に故人を偲ぶ色が強かった。
巨躯……もしかして前に見た3メートルくらいある筋骨隆々の人だろうか……
と物思いに耽っていると。
「アンタァ、全然飲んでないじゃない?」
気づけば、マリーがピッチャーから直接エールを飲んでいる。
コイツ……マジかよ……
「お料理お持ちしましたぁ」
ウェイトレスさんが料理を運んできてくれた。
これまで料理というと、基本的に直火で炙るか、お湯で煮込むかのどっちかしか無かった。
しかし運ばれてきた料理は手が込んでおり、どれも美味しそうに見えた。
「あ!お姉ぇさんエールおかわりね!」
空になったピッチャーをウェイトレスさんに渡しながら、マリーは次を所望した。
マリーは酒豪です。




