第17話邪心の心音
迷宮都市内の、とある建物内にて1人の男が忙しなく正方形の木枠に固められた蝋板を削り、何事かを描いている。
それは複雑な絵のようにも見えるし、何らかの言語のようにも見えた。
突如として建物の扉が開き、薄暗い屋内に陽光が差した。
「やぁ!【魔技】!君がここに来ていたとはね!」
ウェーブのかかった金の髪を持つ、赤いシャツを着た美丈夫が外から建物に入ってくる。
美丈夫の目の前にいる魔技と呼ばれた男は、頭を剃髪しており完全に髪は無く、黒いワンピースの服を身に纏っている。
魔技は何かを描いていた手を止めて、美丈夫の方に視線を送る。
「おやおやおや、これはこれは【千刃】……こちらこそ貴方がこの街に来ているとは思いもしませんでしたぞ」
わざとらく驚いたという仕草で、千刃と呼んだ男に話しかける。
「どうやら相変わらず研究に没頭しているようだね、ついこの間までエリミエス山脈で何事かしていなかったかい?」
千刃は閉まった扉の傍で顎を手で擦りながら疑問を口にした。
魔技は蝋の固められた木板に視線を戻し、何かを描くのを再開する。
「えぇえぇ、山脈ではもう有益な結果を得られないので新しい実験動物の為、こちらに来たのですよ」
その言葉は千刃に向けられたものではあったが、視線は向けず、手元に集中している。
「随分と山の様相を変えてしまったのに、もうほっぽり出すとは……君の悪いところだよ」
千刃は呆れたように魔技を見つめる。
そして何かを思い出したような表情をして、視線を寄越さない魔技に話しかける。
「そういえば、迷宮の視察に行ってきたけど、妙な魔物に襲われたよ」
ツカツカと千刃が魔技のすぐ目の前まで歩いていき、立ち止まる。
「そう、まるで誰かに操られて強化されたような……ね」
一見すると微笑んでいるように見えるが、その目は冷たい鋭さを醸し出していた。
その目を向けられた魔技は蝋板へ何かを描くことをやめ、大仰に考える素振りをして、得心がいったという顔をする。
「あぁ、何たる偶然でしょうか!たまたま、たまたま私が魔術の実験を行った日に貴方が迷宮に入っているとは!何という不運でしょう!」
全く申し訳なさを感じさせない、芝居のかかった動作をしながら魔技が話す。
「……まぁ構わないよ、誰にでも不慮の事故はあるし、ましてや同じ志を持つ同志だ!この程度は気にしないさ」
千刃も全く心の入っていない、大げさな声色で返答する。
「ただし……次に面白くないジョークを披露するつもりなら、僕の刃が届かないところで実行することをお勧めするよ」
底冷えするような、殺気の籠った声が魔技に突き刺さった。
「おやおやおや、貴方ならあの程度、物の数ではないでしょう」
ニヤニヤといやらしく笑いながら、魔技は千刃の殺気に気付いていないかのように返答した。
その言葉からは申し訳なさといった者は露程も感じさせず、相手に不快感をわざと与えるようだった。
「……まぁね!魔法鱗だったのは驚いだけど、僕1人でお釣りが来たよ」
「ホホホ、確認するまでもなかったですな。――さて私も忙しいので研究に戻らせていただきますよ」
そのやり取りで魔技は千刃に興味をなくしたようで、いくつかの蝋板と本を手にして部屋の奥へ引っ込む。
千刃はその様子を見送ってから踵を返して、建物から出ていく。
「どうやらアレは見てないらしいね……作る途中はどんな手も厭わないのに、いざ完成すると興味を失って、完成品が最後どうなったかを確認しないのは君の悪いところだよ」
建物の外、陽光に照らされながら金の髪を棚引かせて千刃が呟く。
「お陰で良いものが見られたことには感謝するよ……さて、迷宮で出会った彼は、本物なのかな?」
独り言を呟きながら千刃と呼ばれた金髪の美丈夫は、迷宮都市に消えていった。




