第十一話職人の技術は見て盗め!見なくても盗め!なんでも盗め!置き引きしろ!
何とか林から出て村人の居るところまで辿り着く。
「誰か!熊に襲われてエリックさんが重傷だ!」
俺は狼狽を隠しきれずに村の人々に助けを求めた。
「そんな慌てんな、こんくらい何ともねぇ……」
エリックさんが鋭い視線と言葉を投げてくるが……その声は弱々しい。
俺の声を聞いて村の人々が集まってくる、それに混じってマリーが走り寄ってきた。
「エリックさん!傷は右腕だけですか?」
マリーがエリックさんに駆け寄り、すぐに右腕に触れてその状態を確認する。
「この血の色……傷が動脈まで達してるかも……すぐにどこか休める所へ!」
「だったらウチヘ来な!」
マリーのその声にすぐ村長が反応して家まで連れていく。
「熊ん爪がちょっと掠っただけじゃ……まともに当たっとったら千切れとるわ……」
村長宅の板間で横になりながらエリックさんがますます弱った声を出す。
「お湯を沸かして!しっかり気泡が出るまで沸騰させたら、布をこの御香が消えるまで煮込んで!」
マリーが目盛りの付いた線香を折り、村長に渡して指示を出す。
村長は急いで竈門へ向かい、燻っていた炭を扇いで火を起こす。
「清潔な布なら出せる、使ってくれ!」
俺は居ても立っても居られず、ショップでファーストエイドキットを購入して包帯とガーゼを取り出す。
A3W内では腕に巻くだけでプレイヤーが完全回復していた道具たちが、今この場においては心許無く感じる。
「こんなものまで出せるの……じゃあキレイな水を出して!」
マリーの指示で慌てて飲料水のボトルを何本か購入してペットボトルの封を切って渡す。
手をその水でバシャバシャと洗い、エリックさんの右腕にも掛けながら貼り付いた衣服を剥がしていく。
「右尺骨骨折に動脈の損傷……運が良かったわ、後もう少し深ければ血管が完全に千切れて壊死してた」
マリーがエリックさんの右腕を触診しながら声を掛ける。
上の服を脱がせて右腕を露出させ、ボトルの水を何本も使って洗い流す。
「勇教会の冒険者なら魔法でなんとかしてあげられないのかい?」
村長が辛そうなエリックさんを見ていられないというふうに言葉を発する。
「残念だけれど治癒魔法はそれほど万能じゃないの……今の状態で傷を塞ぐと骨や血管が変に繋がったり、体の表面にある悪い魔力を体の中に引き込んで危険だわ」
ある程度傷を洗い流すと、マリーは俺の出したガーゼを強く当てて止血を行う。
「でも大丈夫、しばらく痛いだろうけど清めた布で清祓できれば損傷した血管を繋げて終わるわ」
しばらく待っている内に竈門で煮沸していた布がマリーに渡され、エリックの腕を擦るようにして洗った後に魔法を使用した。
「千切れかかった動脈と骨折した尺骨を治癒したわ……血管も骨もまだ脆くて弱いから1ヶ月は安静にしないといけないけれど」
マリーが額の汗を拭いながら告げ、その言葉に安堵する。
「悪りぃが動かさねぇんはちょっと無理だ、熊はワシを狙って来る……猪が居ったからそっちを優先したが、一辺手ぇ付けた獲物は絶対に諦めねぇのが熊だ」
エリックさんが血の気の失った白い顔で起き上がろうとする。
「ダメよっ!ただでさえ血も失って危険なのに!絶対安静よ!」
マリーが慌ててエリックさんの両肩を押して起き上がるのを阻止すると、ほとんど抵抗することもできずに倒れた。
俺のせいだ……俺を庇っていなければエリックさんはこんな怪我をしなかった……
悔やんでも悔やみきれない。
「もし熊が来てもアルファがいるわ!フォレスト・ドッグやドッグ・タイガーの相手もしたことがあるから大丈夫よね!?アルファ」
エリックさんを落ち着かせようとマリーがこちらに視線を向けて問いかけてくる。
「ソイツにゃ、ムリだ」
俺が答えるより先にエリックさんの底冷えするような声が響いた。
「だ……大丈夫だ!次は仕留める!」
精一杯狼狽を見せないように答えた……が……
「オメェ……慌くって2発も外して半矢にして……そんなんでヤる気か?」
俺はその言葉に、何も言い返すことはできなかった。
しばし場が沈黙する……やはりダメか……と弱気になる。
「じゃあ!貴方が!アルファに足りないことを教えて!動くのは!!ダメ!!!絶対安静!!!!」
とんでもない声量でマリーがエリックさんを怒鳴りつける。
「アルファ!!出来るわね!?いいえ!!できなきゃ死ぬからやるのよ!!!!」
エマさんと言い争っていた時から思っていたが、この女性無茶苦茶言うな……
だが今はその迫力が頼もしい。
「元々俺が油断したせいで負わせた傷です!お願いします!俺にできることならなんでもします!」
俺はエリックさんに土下座して頼み込む。
「……どっちにしろ今から林にゃ行けねぇ、村で待ち伏せすっから、言うこと聞くなら一緒に居るんくらいは許したらぁ」
夕日が村を橙に染める中、エリックさんは横になりながら答えた。
◇◇◇◇
夜の帳が落ちる頃、林から程近い村の端で煌々と焚火を燃やす。
「鍋ぇ見とけ、焦がすといかんからちゃんとかき混ぜろ」
エリックさんの指示で穀物と水を鍋に入れて焚火に当てて、お粥を作る。
「はい……でもどうしてこんなものを?」
俺は指示に従うが、なぜ今お粥を作るのか疑問に思い質問する。
「口答えすんな、それに粥作る理由なんて食うからに決まってんだろ」
エリックさんは腕を三角巾で吊り、ゴザを敷いてその上に胡坐をかいて座っている。
辺りはもう殆ど夕日が沈んで藍色から夜の漆黒に変わっている。
あの後、エリックさんを囮として熊をおびき寄せる作戦をとることとなった。
「夜は長ぇし来るかも分かんねんだ、んな気ぃ張ったってしゃーないわ」
大分マシになったとはいえ、その顔色は青く、声は弱弱しい。
確かに言う通りではある……だからと言って火縄に火を点けてもおらず、銃も横に置いているのは大丈夫なのだろうか。
俺は落ち着きなく、M40スナイパーライフルを両手で玩ぶ。
「鉄砲弄っとるヒマあんなら、ちゃんと粥作ってくれや」
スリングでM40を肩に掛けて鍋をかき混ぜる。
来ないかもしれないが、いつ来てもおかしくはないと考えると、どうしても力が入る。
しばらくそうしていると、お粥が食べられそうなくらいに煮えてきた。
「そろそろ食えっかな、飯にしよう、よそってくれよ」
エリックさんがそう言って木製のお椀を渡してくる。
俺はそのお椀を受け取ってお粥を入れようとする。
ガサガサ……
俺は草が擦れる音で反射的にM40ライフルを構えてそちらを警戒する。
ガサガサと明らかに畑の傍の背の高い草むらに何かいる気配がある。
「おい、粥をよそってくれや」
エリックさんは全く変わらない様子で話し掛けて来る。
「エリックさん……草むらに何かいます」
エリックさんの声に俺は不安を押し殺しながら答える。
「言う通りにせぇ、粥を盛れ」
強い口調で言われ、見ると、そこには熟練の猟師が鋭い眼光でこちらを睨みつけていた。
アルファは基本的に現金な奴です。




