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千匹目の羊

作者: 杜木よよ

役     ()内は表記名

・ナレーション(N)

・一匹目の羊(一)

・百匹目の羊(百)

・千匹目の羊(千)





(N)

 眠れない夜、頭の中で羊を数えたことはありますか?

 羊が一匹……羊が二匹……羊が三匹……

 これは、そんな時にだけ出番が来る羊たちのお話です。


(一)

 お、また数え始めやがった。じゃ、いっちょ行ってくっかなぁ。


(百)

 行ってらっしゃいでーす……はぁ、今日こそ私の出番ありますかねぇ? 最近あのコ、50匹目ぐらいでいっつも寝ちゃうんですよ。


(N)

 不安そうな声で百匹目の羊が近くの羊たちにそう言うと、それを聞いていた千匹目の羊は、ただただ羨ましいと思いました。


(千)

 出番の可能性があるだけ良いよね……ボクなんか絶対に数えられないもん。千匹どころか、その半分の500だって数えられたことないのにさ。


(N)

 いじけるように言う千匹目の羊。

 それもそのはず。この頭の中の世界では、羊たちはニンゲンさんに数えられない限り何もすることがありません。

 だから千匹目の羊は、今日もぐーぐー寝るだけの退屈な日々を過ごしていました。


(千)

 うーん、むにゃむにゃ、すぅ……すぅ……


(一)

 おい千匹目っ、起きろ! 起きろってば! 出番、出番だぞ!


(千)

 えっ、嘘っ!? あ、わ、わぁっ、そんな、急に!? わ、わぁぁぁぁぁ!


(一)

 ……なーんちゃって。はは、びっくりしすぎだろぉ。もうニンゲンさんは起きてるよ。

 だいたい、一匹目の俺がここにいる時点でおかしいって気付けよ~


(千)

 寝起きでそんなこと言われたって……すごく嬉しかったのに。ようやくボクの出番だって思ったのに。


(一)

 ま、確かに数えられた向こうの世界に一度も行ったことが無いなんて可哀想だよなぁ。百匹目もそう思うだろ?


(百)

 そうですねぇ。あっちに呼ばれてからニンゲンさんが眠ると、夢の世界で遊べて最高ですもんねぇ……この前なんて。


(一)

 あ! あれ楽しかったよなぁ!

 ニンゲンさんも一緒にみんなでスキヤキしたやつだろ?

 美味かったぁ~また食いてぇ~!


(百)

 本来私たちは草しか食べられないのに、お肉を食べるなんて夢の世界ならではですもんねぇ。


(一)

 アッツアツの牛肉にトロットロの生卵を絡めて……パクリ。それで口の中に旨味がじゅわ~って。あぁぁ、もう草なんて食えねぇよ!


(百)

 次はどんな夢で遊べるんでしょうねぇ。最近空を飛んでないから、そろそろ飛びたいですよね。


(一)

 空飛ぶのもいいよな! あのフワっとしたキモチイイ感じ! あ!? 空飛びながらスキヤキ食ったら最高じゃねー!?


(百)

 それは……欲張りな気もしますが、きっと楽しくて美味しいでしょうねぇ。


(N)

 ……楽しそうな羊たちの会話にまったく付いていけない千匹目の羊。

 500より後の順番の羊は、誰も夢のように楽しい夢の世界を知りません。

 その中でも一番希望が無いのが最後尾の千匹目なのです。


(千)

 ボク、なんでここにいるんだろう。

 順番が前の羊たちの自慢話を聞いて羨ましがるだけなんて……

 そんなことになんの意味があるんだろう。

 悔しがって寝るだけのためにボクはいるの……?

 そんな、そんなのって……


(N)

 千匹目の羊は、いっそ消えてしまいたいと思うようになりました。

 生まれた時から順番で差がついていて、ずっとこんな気持ちを味わうぐらいなら、と。

 ……でも消えることは許されません。

 一度頭の中に作られた世界は、ニンゲンさんが死ぬか、完全に忘れるまでは続くのです。


(千)

 ボクが呼ばれることなんて、一生、ありはしないんだ。


(N)

 そんな千匹目の羊の絶望をよそに、この世界に段々と変化が訪れ始めていました。


(一)

 なぁ? なんか最近ニンゲンさんの奴、俺たちのこと滅多に数えてくれなくね?


(百)

 ヒマですよねぇ……どうしちゃったんでしょうか?


(一)

 まさか、数えて寝るのに飽きちまったなんて言わないよな……? おい、数えろ! 数えてくれぇ~!


(百)

 ……もしかしたらニンゲンさんも大人になって、気付いちゃったのかもしれません。


(一)

 え、何をだよ?


(百)

 羊なんて数えなくても眠れる……いや、むしろ羊を数えない方が眠れるってことに、ですよ。


(一)

 いやいや、眠れようが眠れまいが俺たちを作ったなら数えろよ!

 勝手すぎるって……もしかして、このまま二度と数えられないまま……?


(百)

 あり得ます……ね。


(一)

 そ、そんなのって……嫌、嫌だぁ!


(百)

 嫌でも受け入れるしか無いですよ……とにかく、することがないから寝るしかありません。では、おやすみなさい。


(一)

 あ、おい! ……くそっ、スキヤキ……もう食えねぇのかよ……いや、だなぁ……


(N)

 いつもは元気にお喋りしていた、一から百匹目ぐらいまでの羊たちが、そうやって寝てばかりになってしまうと、すっかりこの場所は静かになってしまいました。


(千)

 これでようやく何も考えずに眠れる……でも、どっちにしても、この寂しい気持ちだけは無くならない……

 このまま、みんな忘れられて消えちゃって、それで終わりなんだろうな。

 ボクは何のために存在してるんだろう。

 ボクは何のために存在してたんだろう。


(N)

 そして、もう二度と羊たちが数えられることは無いと誰もが思っていたある日のことでした。


(百)

 み、みんな起きてくださいっ! 大変なんです!


(N)

 何年ぶりかの騒ぐ声で皆は久々に目を覚ましました。


(百)

 ニンゲンさんっ、ニンゲンさんが羊を数えてるんです! しかも、もう90匹を超えて……97……98……99……あっ!?


(N)

 百匹目の羊はそう言い残して消えてしまいました。

 数えられてしまったからです。


(千)

 ニンゲンさん、羊を数えるなんて何十年ぶりだろ?

 でも、どうせボクまではいかないんでしょ?

 分かってるもん。盛り上がるのは前の方の羊だけで、ボクには関係無いってさ。


(N)

 千匹目の羊はそんな風に落ち着いていましたが、やがてドキドキした気分になってきます。

 羊が497匹……羊が498匹……羊が499匹……羊が……500匹!


(千)

 え!? 500まで羊が数えられるなんて初めてだよね!?

 な、なに、どうなってるの!?


(N)

 身体の真ん中あたりがどんどん熱くなっていきます。

 昔、一匹目の羊に騙された時なんかより、もっとすごいドキドキ。

 羊が797匹……羊が798匹……羊が799匹……羊が800匹!


(千)

 これ、ボクまで数えられちゃうんじゃないの!?

 ついに出番なんだ……!

 初めて行けるかもしれない、あっちの世界。

 自慢話で聞くだけだった、夢のように楽しい夢の世界。

 そんなところへ、ボクも……!


(N)

 そんなワクワクで胸をいっぱいにした千匹目の羊でしたが、数えられた羊が900匹目を超えたあたりで、あることに気付いてしまいました。


(千)

 これって……ニンゲンさん、こんなに数えても眠れない、ってことなんだよね……


(N)

 昔は長くても200匹もいかないうちに羊を数えるのは終わっていました。

 それが900匹を超えるなんて、ニンゲンさんの心は間違いなく何かしらの傷や不安でいっぱいに違いありません。


(千)

 ボク……数えられなくてもいいや。

 そっか……ようやく分かった。ボクの生まれてきた意味。

 なんで、ボクより後ろの1001匹目の羊はいないんだろうって、思ってた。

 頭の中の羊を千匹も数えるぐらい眠れなかったら、ニンゲンさんの心は壊れてしまう。

 ボクは……「数えられないために」ここにいたんだ。

 だからニンゲンさん。どうかボクを数えないで。

 ずっとここで、今までみたいに何もしないで眠っているから。


(N)

 しかし、そんな願いはニンゲンさんには届きませんでした。

 そしてついに……

 羊が998匹……羊が999匹……羊が……1000匹。


(千)

 う、わぁぁぁぁ!?


(N)

 千匹目の羊がその場から消えると、たどり着いた先は真っ暗な世界。

 他の羊も見当たらず、ただ、暗くて寂しくて、聞いていたような場所ではありませんでした。

 それもそのはず、ニンゲンさんは羊を千匹数えても眠れなかったのです。

 そこは夢のように楽しい夢の世界なんかじゃなくて、ただ、不安と絶望で埋め尽くされた現実の夜でした。


(千)

 ニンゲンさん……ボクの出番なんか来ない方が良かったのに。

 でも……呼んでくれてありがとう。

 初めて数えてくれてありがとう。

 感謝を伝えることしかできないけど、千匹目を数えてくれたことで、ボクはやっと自分の生まれた意味を知れたよ。

 どうか、ニンゲンさんの心が少しでも安らぐように願ってるね。


(N)

 ……そんな言葉が聞こえた気がして、私は羊を数えるのをやめた。

 羊をいくら数えて眠れない夜。

 最悪な夜。

 こんな風に考えれば少しは救われるんだろうか。

 ……そんなことを考えながら、私はもう一度頭の中の羊たちのことを空想するのだった。

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