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2. 自由で気ままな極貧令嬢


「メイベル、その寝ぐせをどうにかしなさい!」

「どうせお客様なんて来ないのに?」

「何言っているの! 身だしなみを整えるのは、生活の基本でしょう!?」


 台所で自ら朝食を作る母……アネス侯爵夫人に怒られ、メイベルは寝グセでピンとハネた頭頂部を隠すようにスカーフを巻いた。


「サラダに使いたいから、畑からニンジンを持ってきてちょうだい」

「はぁい」


 朝起きて顔を洗う。

 作業着に着替え、出掛けるまでの所要時間は、わずか十五分。


 アネス侯爵が事業に失敗し、多額の借金を負ったのは数年前。

 多くを売り払ってしまったため、現在は一家揃って慎ましく、山奥のあばら家で自給自足の生活を送っているのだが――。


 そんなメイベルにも、貴族令嬢らしく過ごしていた時代はあったのだ。

 由緒正しいアネス侯爵家に生まれ、大きな屋敷で沢山の侍女達に囲まれていた日々が。


 ――でも、そんなのはもう過去のこと。


「朝から畑仕事をしている貴族令嬢なんて、私くらいなものよね」


 侯爵領の大きな屋敷に住んでいた頃には、考えられないほどの極貧暮らし。


 可愛いドレスは買えないが、その代わり社交界への参加が免除される。

 おかげで婚約破棄だのなんだのと、王都でよくあるらしいドロドロの愛憎劇に巻き込まれる心配もない。


 自由で気まま、……最高過ぎるスローライフを楽しんでいた。


 畑でニンジンを収穫し、小さな麻袋に入れていく。

 そのうちの一本を井戸水で洗い、泥を落とすと、目に鮮やかなオレンジ色が食欲を誘った。


 行儀が悪いと怒られるため、台所の窓際にいる母から見えないようにしゃがみ込み、皮ごとニンジンにかぶりつく。


「美味しい!! だめもう最高!!」


 採れたての味に舌鼓を打ちながら、野菜本来の甘みを堪能していたメイベルだったが、ふと視線を感じて顔を上向けた。


「……こんな山奥にお客様なんて珍しい」


 旅の途中で道に迷ったのだろうか。

 山道に馬車を停め、一人の男性が身を乗り出すようにしてメイベルを見ている。


「ん――?」


 腕が、赤い?

 赤く腫れ上がっているのが気になって歩み寄り、ガシリと腕を掴んで確認した。


「ちょっと失礼」

「何だそれは……ッ!?」

「ドクダミの葉です。虫刺されに効くんですよ」


 分厚い前髪で顔が見えないその男性は、効能どころか、ドクダミ自体も知らないようだった。


「アブも蛇もいるのですから、山で不用心に肌を出すのは感心しません」

「!!」

「これ以上腫れると良くないので、触れないよう布を巻いておきますね」


 足元に生えていたドクダミの葉を千切って揉み、虫刺され部分に汁を塗り込んだ後、洗ったばかりの腰布を包帯代わりに男性の腕へ巻いていく。


 強い山風に煽られ、頭を覆っていたスカーフからプラチナブロンドの髪が一束零れ落ち、男性の頬をふわりと掠めた。


「……随分と、粗末な服を着ている」

「これで結構気に入っているんですよ? 今の私には充分です」


 畑仕事用の作業着なので、所々ほつれ、破けているが問題ない。

 動きやすく、メイベルお気に入りの服なのだ。


「ありがとう、もう大丈夫だ。先を急ぐから、これで失礼する」

「あ、じゃあこれをお土産にどうぞ。……あっ」


 折角なのでニンジンをプレゼントし、馬車に乗り込んだ男性を見送ろうとしたその時、――メイベルは昨夜、右側に続く登山道の斜面から小石が落ちてきたのを思い出した。


「……この先に、朱色の果実がなったカラスウリの木があります。道は左右に分岐し、右は砂利の多い登山道。左は険しい獣道……ですが右へ進んではいけません」

「!?」

「馬車を降り、獣道を進んでください。……神の、ご加護を」


 一つ二つならまだしも、連続して落ちてくる時は、崖崩れの予兆だったりするのだ。

 獣道を歩くのは大変だが、忠告しておくに越したことはない。


「メイベル、いつまで畑に出ているの!? もう八時過ぎてるわよ! 朝ごはんにするから、家に入りなさい!」


 遠ざかる馬車を見送った後、再度ニンジンを収穫していたメイベルに、母が声を掛ける。


「あら、お客様が来ていたの?」

「そうなんです、すぐにお帰りになってしまって。登山道を通った時に斜面から小石が落ちてきたので、念のため忠告はしたのですが……」

「まぁなるようにしかならないわね。ほら着替えて、席に着きなさい」


 はーいと返事し、のんびりとパンをかじったこの数分後、唸り声のような地響きとともに崖崩れが起こり、忠告した右側の登山道は土砂に埋もれた。


 ――そして半月後。

 王命によりメイベルは『筆頭聖女』として神殿に呼ばれる羽目になる。


 さらに王太子ロイドと対面し、目の下まである野暮ったい……見覚えのある前髪に、あの時の訪問者だと気付いたメイベルは、お前一体何てことしてくれたんだと小さく呟いたのであった――。







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