1. 大金に釣られて、見知らぬ男と愛人契約
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短編「大金に釣られて愛人契約をした極貧聖女に、王太子の愛は重すぎる(旧タイトル:聖女様が身ぐるみ剥いだのは、塩対応の王太子です)」の連載版です。
※短編版とはお話の流れが異なります。
手札、良好。
――今日も大儲けだわ!
サンバルク神殿の『筆頭聖女』メイベル・アネスは、チャリンと加算された老後の資金に、今宵も笑いが止まらなかった。
建国当初から続く、由緒正しい侯爵家に生まれた長女メイベル。
さぞや贅沢な暮らしを送っているのだろうと思いきや、残念ながら極貧暮らし。
山奥のあばら家で自給自足をしていたところ、王命がくだり、突如『筆頭聖女』に指名されてしまった。
聖女の中でも『筆頭聖女』は最高位。
貴族令嬢にとっては垂涎ものの名誉職である。
誰もが憧れるシンデレラストーリー……と思いきや、実質は神殿に押し込められ、安い報酬でこき使われる、搾取され放題の罰ゲーム。
王命だから断れないし、内心ふざけんなとメイベルは怒り心頭である。
大激怒の末、やってられるかと週に一度こっそり神殿を抜け出しては、カジノで老後の資金を荒稼ぎしているのだ。
一晩で数千枚の金貨が動くこともある、王室非公認の闇カジノ。
その中でも限られた者しか入ることを許されない地下フロアのポーカーテーブルには、これでもかというほどの高額チップが山積みにされていた。
むせかえるような緊張感の中、メイベルは優雅に指先を滑らせ、さらに『レイズ』……倍額のチップを上乗せする。
差し向かいには先程ルーレットで桁違いの額を賭け、一人勝ちしていた美青年。
黄金色に輝く柔らかな前髪から窺うように、艶めく瞳を覗かせている。
「足りない分は、身に着けているもので結構よ?」
「……コール」
倍額を賭けたメイベルの勝負を受けて立つつもりらしい。
美青年はムキになってコール……同額を提示するため、持ち金どころか身に着けていたモノまでベットしてしまった。
見たこともないほどに積み上がったチップの山に、観客達は固唾を呑んで勝負の行方を見守っている。
駆け引きだらけの心理戦も、ついに終幕。
ショーダウンとなり、美青年は勝ち誇った笑みを浮かべながら手札をオープンにする。
――スペードの、『ストレートフラッシュ』。
滅多にお目にかかることができないその難易度は、ポーカーにおいてトップクラス……だが次の瞬間、咲き誇る薔薇のように赤々としたメイベルの唇が、艶めかしく弧を描いた。
オープンにされた手札は、――ハートの『ロイヤルストレートフラッシュ』。
二人を取り囲む観客達からワッと歓声が上がる。
「ありがとう、楽しかったわ」
文字通りメイベルに身ぐるみを剥がされ、呆然とする美青年の顎を人差し指でクイッと持ち上げた。
――また、今度ね。
挑発めいた笑みをこぼすなり踵を返し、メイベルは騒然とする場内を後にする。
チップの回収はカジノの支配人にお任せしているため、あとは地上階で待たせていた馬車乗るだけ。
護衛騎士の手を取り、乗り込もうとした次の瞬間、後ろからガシリと腕を掴まれた。
振り返るとそこには、――先程の美青年。
走って追いかけてきたのだろう、少し息が上がっている。
「待ってくれッ!!」
「悪いけど、遊んでいる暇はないの」
「……君に仕事を依頼したい」
見ず知らずの美青年からお仕事依頼など、怪しすぎる。
この人大丈夫かなと警戒しつつ護衛騎士へ目を向けると、多少なら差し支えないと頷いている。
危険はなく、話を聞く程度なら問題なさそうだ。
「カジノに来ていた週末の時間を買い上げたい」
メイベルが週に一回、カジノで荒稼ぎすることを知っていたらしい。
ポーカーをしていた時の横柄な態度が一変し、願う姿は真面目な青年そのもの。
「週に一度、夜だけでいい。どうしても君にお願いしたいんだ」
先程勝利した金額の、実に十倍という途方もない額を提示され……さすがのメイベルも固まっていると、たった三ヶ月でいいのだと懇願される。
夜だけの高額バイトだなんて、いかがわしい仕事じゃないでしょうね?
警戒心を露わに、メイベルは依頼主の次なる言葉を待った。
「余計な詮索はお互い禁止。俺の――」
一瞬言い淀み、それから迷いを振り切るように、まっすぐにメイベルを見つめる。
「俺の、愛人になって欲しい」
「…………ん?」
「愛人になって欲しい。形式的で構わない。対外的に認められればそれでいいんだ」
……やっぱりいかがわしかった。
だが身バレ不要で、表面上それっぽく見えれば構わない。
対外的な場でアピールできれば、実を伴う必要はないのだという。
なんで初対面の私に? と思わなくもないが、喉から手が出るほど欲しい老後の資金。
さらにだ。
引き受ければたった三ヶ月で、目標額に達してしまうのだ。
……なんて魅力的な高額バイト。
多少いかがわしくても、やる価値はある。
「やります!]
「ありがとう、とても助かる」
引き受けてもらえて安心したのだろう、捨てられた子犬を彷彿させる、追い縋るような瞳に安堵の色が浮かんだ。
「万が一だが契約中、もし君がどうしてもと希望するなら」
「そういうのいらないんで、お金だけください!!」
「…………分かった」
普通に考えれば「やる」、一択。
元気に承諾し、美青年の両手をガシリと掴んだメイベルの後ろで、随伴した護衛騎士が何かを言いかけ、――諦めたようにガクリと肩を落とした。