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第91話 もう一度手を取り合おう①

 関元の車は、駅から程なく離れた駐車場にあった。見たところ状態は悪くない。砂埃でボディやフロントガラスが曇っているくらいだ。



「へぇこれがオッサンの車かぁ。高級車じゃん」



 凜花は満足げに言った。オレは車の事はわからないが、一般的に見て良いものらしい。


 関元がそこそこ冗長に語るウンチクも、ほとんど理解できなかった。とりあえずは、これがSUVという車種であることと。そして、脱出用にと考えて整備したので、まだ動くはずという事は聞き取れた。



「関元、早速だが借りるぞ」


「もちろんだとも。これは報酬としてアンタらに譲ったものだ。もうオレの手からは離れたと考えている」



 車のキーなら既に受け取っていた。それを凜花に手渡すと、全員で車に乗り込んだ。エンジンは問題なくかかり、発進も滑らか。放置された車とは思えないほど出発はスムーズだった。ひとまず試走がてらに公道へ出た。



「そんでワタル。こっからどうすんだ?」



 運転席から凜花が話しかけた。オレのポジションは隣の助手席だ。

  


「人を集めよう。真宿(しんじゅく)を再建するにしても、人手がなくちゃ始まらない」


「ふうん。具体的にはどうやって集める?」


「地道に説得する形になるかな」



 オレはスマホでマップ画面を開いた。生存者がマークアップされるのを期待して。こうして使うのもいつぶりかな、と思いつつ手に取ってみる。すると予期せぬ表示に両目を見開いてしまった。



「うわっ、なんだコレ!」オレがつい驚愕の言葉を漏らすと、凜花が急ブレーキを踏んで停車した。


「な、なに!? 敵でも見つけたのか!?」


「いやすまん、これを見て驚いたんだ」



 オレは助手席から凜花にスマホを見せつけた。それはチャットの通知で『99+』のバッジがついていた。実際に確認しようとすると、ほとんどが陰木からのもので、未読メッセージの山が築かれていた。



「なんだこの量、おっかねぇな。呪詛かなにかかよ」凜花がゴクリと唾を飲む。


「頼む。代わりに読んで要約してくれ」


「うむ断る」


「じゃあ衣織は……」


「あはは……。えっと、ワタルさんが読んだほうが喜んでもらえそうかな〜〜」


「仕方ないな。手が空いた時にでも一気に解消しよう」


「あっ、これ読まねぇやつだわ」



 再出発した車は、荒れ果てた真宿の道を行く。道路の状態は以前から変わらず、ガレキや遮蔽物がないので、広々とした印象を受けた。移動だけに限れば、実にスムーズなものだった。


 だが肝心な人集めは上手くいかない。



「おおい、敵は倒したぞ! あの殺人鬼ならもういない! だから今一度、皆で協力して生き延びよう!」



 パワーウインドを下ろしては、繰り返しに説得の言葉を投げかけた。しかし返答はなく、顔を覗かせる姿もない。スマホのマップをみれば、ところどころに生存者は確認できるものの、こちらに歩み寄る者など一向に現れなかった。



「どういう事だ。危機は去ったというのに」



 オレが呟くと「遺恨があるからだ」と関元が返した。確かに今日に至るまでの間、真宿の者たちは互いに争ってきた。同じエリアに住んでいても、仇(かたき)であるとか、何かしらの因縁があるそうだ。


 もしその話どおりであれば、団結する事は難しいかもしれない。



「衣織、何か感じるものはないか?」


「うぅん。姿が見えないので、ボヤッとしか分かりませんが……。恐怖か、あるいは困惑してるかなと」


「急に話を持ちかけても無理か……」



 思えば真宿を襲った殺人鬼は人を食った所があった。間違いなく殺戮を楽しんでいた。闇討ちや騙し討ちなどお手の物だったろう。


 だから、いかにオレが「戦いは終わった」と宣言したところで、効果は薄いかもしれない。信頼してもらう『何か』が必要だと感じる。しかし具体的にどうすれば良いかは分からなかった。



「まぁ、根気が必要だろうな。しばらく繰り返してみよう」



 オレ達を乗せた車は駅をぐるりと回りつつ、周辺の生存者にアピールし続けた。やはり反響はゼロ。皆が廃墟に引っ込んだままで、姿を現すことはなかった。


 業を煮やしたオレは関元に問いかけた。



「車の頭にスピーカーをつけてもいいか?」


「オレは構わんよ。さっきも言ったが、アンタらにくれてやったものだ」


「相手にちゃんと伝わってない可能性がある。だから物理的に声を大きくしてみようと思う。廃墟の奥までしっかり聞こえるようにな」



 オレはアニマでスピーカーを設置した。先端の丸いマイクは車内に置き、テストしてみる。小さなハウリングはあったものの、音質やボリュームは申し分なかった。



「じゃあ凜花。もう一度、駅周辺を走ってくれ」



 そう頼んだのち、オレはマイクをにぎって声を響かせた。



「生存者のみんな、聞こえるか。脅威は去ったぞ。もう襲われる心配もないんだ。ここはわだかまりを捨てて、もう一度みんなで団結しよう!」



 今度もゆっくりと駅付近を周回した。喉が涸れるほど訴えかけたものの反響ナシ。スマホのマップに変化は見られず、衣織も似たような見解を示した。



「なぁワタル。ちょっと堅苦しくない? もっとフランクというか、馴染みやすい方がいいだろ」



 凜花がオレにアドバイスすると、関元も続いた。「こちらの意図を正確に告げるより、まずは耳目を集める方がよいのでは」と言った。

 


「なるほど。つまりは、こういう事か」



 オレは二度三度と喉を鳴らし、再びマイクを握りしめた。そして吐息を鼻になじませるイメージで声を発した。



「真宿にお住まいのみなさま。隠れ住むのは不便ではありませんか。孤独に悩まれていませんか。私達は今、アナタの力を求めています。ぜひ一度、東口の駅前デパートまで足を運んでみてください。共に手を取り合い、輝かしい明日を実現しましょう」



 凜花がハンドルを握りながら吹き出した。



「おいワタル! なんだ今のは!?」


「不服か? なら別パターンでいくか」


「頼むよマジで。笑っちまうだろ」


「おほん。さぁ安いよ安いよ、今日は小玉スイカがお手頃だよ。そこの奥さん、おひとついかがです? 今ならサバ缶もサービスしちゃうよ」



 凜花が顔面をハンドルに打ち付けて、クラクションがププッと鳴った。



「真面目にやれよワタル! なんだよさっきから!」


「フランクにした。耳目を集める工夫もした。言うほど問題か?」


「ちよっと貸せ、アタシがやる」



 凜花はサイドブレーキをひいてはマイクを受け取った。そして咳払いののちに、やたら高い声を出した。



「真宿のみなさぁ〜〜ん。もう怖いことありませんよ、悪いヤツならブッ殺しましたからぁ。だから安心して、みんなコソコソしてないで。このまま隠れちゃってると面倒なんで、今のウチにでてきてくださいね〜〜」



 凜花がマイクを突き返しながら、顔だけで「どうよ」と言う。もちろん評価は散々だ。



「落第必須だな」「怖いよお姉ちゃん」「凜花さん今のはさすがに……」という酷評の嵐に「安い安いよりかはマシだろうが!」と吠えた。



「はい、じゃあ次は衣織ちゃんな」凜花が後部座席にマイクを回した。


「これ順番にやってく感じですか?」



 押し付けられて観念したのか、衣織の顔つきが変わる。そして両手持ちになりつつ、大きく息を吸い込んだ。



「真宿のみなさん、元気足りてますか! ご飯はどうですか! 腹一杯になりたきゃウチに来な、今ならライスが無料サービスだ! 東口デパートで待ってるぜ!」



 そこまで言い切るとマイクがオレに戻ってきた。本人はがんばったようだが「思ってたんと違う」「何キャラだよ今の」と、評価は今ひとつだった。


 それからはというと、何に触発されたのか、マイクの奪い合いになる。関元が「心をほぐすには歌が良い。カラオケブームでならした喉を披露する」と言えば、横で焔走が「面白いギャグを考えた」とマイクを奪おうとする。そこへ凜花が「納得いかねぇリベンジだ」と、身を乗り出してまでマイクに手を伸ばした。


 こうなるとカオス。車内は混戦にも似た様相となった。



「嬢ちゃんは遠慮しろ、さっきやったばかりだろう」


「うるせっ。恥ずかしくて死にそうなんだよ、名誉挽回させろや」


「ねぇねぇ聞いて聞いて、すっごく面白いの考えたんだけどさ〜〜」


「ともかく歌だ。古来より歌には人の関心をひく効果があるという。それを上手いこと利用してだな」関元がそう言うと、衣織までも参戦した。「あっ、私も歌いたい!」と挙手をする。


 こうなれば、もはや収拾がつかない。ワチャワチャという表現が似合う光景だった。


 どれくらい言い争いが続けられたか。右に左にとマイクが取り合いになる中、オレは騒ぎの外から話しかけた。



「なぁお前ら、ひとついいか?」全員が一斉にオレを見たので、言葉を続けた。


「その会話も筒抜けだからな。全部外にでてる」


「えっ!?」



 ミリ秒程度の静寂を挟んだ後、車内は一層白熱したようになった。



「おいワタル! それマジかよぉぉ!?」


「マイクをみてみろ。どこにもスイッチなんて無いだろ。ずっとオンの状態だぞ」


「うわぁ恥ずかしっ! 生活音ダダ漏れみたいでクッソ恥ずい!」



 それからは空気は一変して、気まずいムードに。あれだけの人気を誇ったマイク君も、今や誰も手を伸ばそうとしない。オレにグイと押し付けられて終いだった。



「ええと、声出しやりたい人ーー?」



 オレの問いかけにも反応はなかった。仕方なく、似たようなアナウンスを機械的に続けておいた。


 車も発進させて、駅周辺を巡ろうとした。凜花には徐行で頼むと伝えたのだが、なぜか先を急いでいた。メーターを見るに、時速30キロくらいは出ているようだった。



「収穫はゼロか……。根気がいる作業だな」



 オレたちは拠点のデパートに戻ってきた。車を大通りに停めて、裏側のガレキから中へ入ろうとした。するとその時だ。焼け焦げたトラックの物陰から、何者かが顔をのぞかせた。



「あのぅ……」


「うん? アンタはもしかして、さっきのアナウンスを聞いてやって来た?」


「はい。おっしゃる通りです」


「それは良かった。来てくれてありがとう、歓迎するぞ」



 オレがそう告げると、相手も胸をなでおろしたようだった。

 

 その人物は若い女だ。長い髪を後ろに縛り、痩せ気味な体つき。薄汚れたウインドブレーカーにズボンという格好だ。歳は凜花よりいくらか上だろうか。


 そんな観察をする間も、女は続けて語った。

  


「話を聞いても半信半疑でしたが、なにやら、楽しげな雰囲気でしたので。子どもの声も聞こえましたし。ひょっとしたら信用できるのかも……と」


「信じてくれてありがとう。みなで団結したいのは本心だ」オレが微笑むと、女も少しこわばった笑みを返してくれた。



「ところで拠点というのは、こちらでしょうか?」



 女が裏口を見上げて尋ねた。自販機、トラック、そしてガレキを登るという、入口はアスレチックな構造をしている。バリアフリーとは程遠いと言えた。



「拠点はまぁ、これから整えていく」



 オレの声は少しうわずった。せっかく頼ってくれた相手に、申し訳ないと思いつつ。 



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